12話 リアフェリス2

 道の真ん中で、師匠とマリアさんが剣を対峙させる。

 鋭く素早い剣と滑らかで豪快な剣がぶつかり、空気を震撼させる。


 師匠は離れ、すぐに上段へと剣を構え直した。


「あかん。埒があかへん」

「もっと、もっと!楽しくリズム踏めれば、最高に楽しいのにねぇ!」


 彼女はそう言いながら一定のリズムでステップを踏み、前のめりになりながら剣で舞う。

 履いた靴で硬い地面を踏みしめ、リズムを取りながら楽しそうに笑って戦っている。


 しかし、僕の視線を釘付けにしたのは手元にあった聖剣の方だった。あの聖剣は、確かエクスカリバーとかいう名前だったはずだ。

 両手剣とは思えないほどリーチは短いが、かと言って片手剣ほどの短さというわけでもない。

 まちまちな刃渡りのその剣は、まるで彼女の腕であるかのように滑らかにしなり、斬撃を放つ。その技量に僕は目を惹かれていた。


 その剣は一見軽そうに見える攻撃だが、あの重さを僕は知ってる。

 師匠は思わず剣先を聖剣の側面に叩きつけ、力の向きを変える。そのまま転がるように受け身を取り、剣を鞘に収めた。


 柄に手を当てたまま目を瞑り、深く息を吐く。

 僕は思わず目を見張る。その構えは一度も見たことがなかったから。


永真流奥義雷音


 その剣は音を置き去りにした。

 素早く抜かれた剣は僕には残像しか見えず。


 そのままマリアさんの手元へと吸い込まれるように進んで行く。

 だけどそこには彼女はおらず、背後から飛び出すように現れる。


「んなバカな!?」

「馬鹿みたいに常識を外れてんのが私たち原色なんだよねぇ。ほら!楽しく戦おうよ!」


 マリアさんは手に色素を固めると、それを床に投げ落とす。瞬間、それが炸裂して辺りが眩い光に包まれる。

 思わず目を背けた師匠の隙間を縫うように、彼女は指をパチンと鳴らす。すると、彼女がその地点から消え、師匠の目の前に飛んでいた。


「ワープ!?」

「んー、ちょっと違うかな。私の場合はポイントを決めて、そのポイントにある光に体を移してるだけ。まあ瞬間移動ってやつ?」

「同じやないか!」


 師匠は未だ眩しいのか、半分しか開いていない瞳で、マリアさんに向け剣を振る。


「戦いにくいなあ。リズム、テンポアップしてくよ!」


 彼女はヒラリとコートを脱ぐと、戦闘用衣装に身を包んだ姿をあらわにする。


 かなり誇張された胸元には黒い布のような物を巻き付けている。ベルトで止めたショートパンツの裾からは、太腿にある一文字の傷が見え隠れしている。腹元には何も付けておらず、クビレのある健康的な褐色の肌のお腹が見えていた。


「テンポアップ!タンゴのリズム響かせてくよ!」


 彼女はそういうと、靴を鳴らすリズムを変え、地面を強く踏み締めた。曲が変わったのだろう。

 ダンダンと、濁音がついたかのようなリズムが周囲に轟いた。聖剣の扱いも、段々軽やかになり、攻撃のペースも倍以上になっている。


「しゃらくせぇ!」

「そんな怒らないで?怒ってるとせっかく作った譜面にノイズが走っちゃう」


 マリアは聖剣エクスカリバーを振り下ろす。師匠はそれを上手く剣で逸らすが、続く2連撃目で強く剣を押され、地面を長く転がる。


「くそっ!」

「いいね、いいねぇ!」


 すぐさま師匠は鞘に剣を納め、腰を落とす。

 そのまま灰色の魔填筒を差し込み、柄に手を当てたまま目を瞑る。


 マリアも追撃を止め、ステップが激しくなる。彼女の感情に合わせ、魔力が吹き出し聖剣に吸われていく。

 その聖剣の輝きは大きくなっていた。


 師匠の気迫と魔力の波動に圧され、僕は思わず後退りする。

 その緊迫感に僕は寒気と恐怖を覚えた。


「魔力全解放、永真流奥義|裂罅《れっか》」

「ぶっとべー!」


 師匠が剣を抜いたのがわかった時には、エクスカリバーが振り抜かれていた。

 上段から片手で叩きつけられた聖剣と、下段から抜き両手で支えた片刃の剣から生まれる衝撃波が地面を抉り周囲に被害を与える。

 そのまま押され、止まらなかった刃が彼の肩を深く抉った。


「うっし。手応えあり」

「師匠!」

「来るな!」


 僕が走り駆け出すと師匠は叫んだ。

 師匠は大きく顔を歪ませたまま、すぐにマリアに振り返る。


「ひっさびさや。こんなに痛いんは。楽しなってきたなぁ!?原色ゥ!」

「マリアって呼んでくれない?」

「阿呆か。友達でも何でもないアンタを何で俺が名前呼びせにゃならんのや。言っとくけど、俺はアンタの仲良しになる気なんてのはねぇ。アンタを切り伏せて倒して、俺の強さを証明したいだけや!」


 その瞬間、マリアは表情を変えて聖剣を下ろしていた。

 彼女の音が止まる。


 ステップは完全に止まっていた。


「何それ。萎え」


 その言葉を残し、彼女は天に突き刺すように、聖剣エクスカリバーを上に掲げた。

 僕たちは思わずそれに視線が釣られる。


「楽しそうだから戦ってみたけど、何だ。つまんないね、案外」


 聖剣の魔力が膨れ上がる。それは先程の、いや今までとは比にならないぐらい圧縮されていて。

 その魔力が剣先から溢れ、剣全体に纏わりつくように収束していく。

 魔力の波動が空気を歪める。


 そして光が集まった。


「もういいや。吹っ飛べ」


 彼女の言葉が、はっきりと聞こえた。


 その光は天に昇るように伸びていく。そのまま周囲一帯を薙ぎ払うように振られた。

 思わずしゃがんだ僕たちの頭の上を掠め、剣は周囲の建物を切り裂く。そして建物が大量に崩れていった。

 そのまま上段に構え直す。


「ひぃぃっ!」


 その瞬間、声が響いた。すぐに振り返ると、そこには白いワンピースを着た女の子が怪我をしてうずくまっていた。


「っ!このクソガキが……っ」


 師匠は駆け出す。そして、その女の子を抱き抱えると、低姿勢のまま転がるように僕の方へと向かってくる。その途中で、彼の背を大きな瓦礫が襲ったが、苦悶の音も漏らさず駆け抜けてきた。


「師匠……」

「ガキ、お前のせいで背中が痛くてしょうがないわ。本当なら、こんなとこに一人お前を置いてった親を怒りたいとこやけどな、大目に見てそれはなしにしちゃる。ここは危ねえからよ、分かったんならはよ帰れ」


 女の子はコクコクと頷き、踵を返して走り去っていく。

 マリアの剣は既に収まっていた。


 師匠は剣を持とうとして悪態を吐く。

 彼の肩と背中には深い裂傷が起きていた。


「レイ、あとはお前がやれ」

「……無理です」

「俺が以前お前に教えた剣技、まだ使えるんか?」

「えぇ。一応、付け焼き刃ではありますけど……」

「ならできるやろ」


 師匠はそう言った後、すぐに横を向き、遠くを見つめた。

 その顔に歪んだ笑顔が生まれる。


「ったく、女子会にうつつを抜かしすぎや。遅いったらありゃしない」


 僕も釣られ奥を眺めると、向こう側にルピカとアグニさんの影が見えた。


「師匠!」

「アグニィ!そこの女はお前が辿り着きたい席のやつや!気ィつけて挑めよ!」


 アグニさんは足を止めると、マリアさんの正面に立ち塞がった。ルピカも臨戦体制をとる。


「舞え」


 アグニさんはそう言って、指笛を鳴らした。

 辺りに灰が巻き上がる。これが、灰色……。

 その灰は白と黒に分かれ、黒はアグニさんへ、白は師匠の方へと飛んでいった。

 僕はマリアに警戒しつつ、師匠を庇いながらルピカ達の方へと移動する。


「アグニは、灰の色素を持ってるって言ったよな」

「言ってましたね」

「灰色ってのは黒と白の混色にあたる。だけど、あいつの中には黒と白が半分こで入ってんのや。白はお前らにも聞き馴染み深いだろうけど、こうやって傷を治すのに長けてる色や。お陰様で、俺の傷は段々と治りつつあるわけ」


 師匠はそこで言葉を切ると立ち止まり、煙草を一本咥えた。火をつけ、それを吸い込み一服する。そして声を潜めた。


「黒はな、呪いみたいなもんや」

「呪い、ですか?」

「そう。黒は、相手の魔法色素を吸い込むことができるみたいなんや。アイツは他者の魔法色素を食って、それで他の誰にも真似できない芸当を身につけた。アイツはセンスが高くてな、俺の言ったこともすぐに飲み込んじまう。本当に、お前と違って手のかからん弟子や」


 皮肉を混ぜながらそう言った師匠は、煙草を咥えたまま僕に移動を促す。

 その間、ルピカ達は膠着状態に陥っていた。


「白、癒やせ」


 近くに来た瞬間、アグニさんはそう言って師匠の方へ指を向けて鳴らす。瞬間的に集まった白い灰は、師匠の傷口から中に入り、その部分を先程よりも早く治癒していた。


「ったく、お前の能力は命令を持たせると働き者になるなぁ?」

「私の色素は、私のことが好きなんでしょうか?」

「俺が知るかよ」


 キョトンとした顔を浮かべ、首を傾げたアグニさんに対し、師匠は嫌なものを見たような顔を浮かべ答える。

 その返答に思わずアグニさんは振り返り、ぷくりと頬を膨らませた。


「黒、吸え」


 そのまま黒い灰にも指示を出すと、ルピカの方へと伸びていく。黒い灰は集まり腕のような太い物体になり、ルピカの手を掴む。


「んお?」


 ルピカの手に触れた箇所から、灰が段々と青色に染まっていく。彼女の魔法色素を吸っているのだろうか。

 ひとしきり吸い終えた後、灰はアグニさんの中へ戻っていく。アグニさんは目を見開く。その目は、青く変色していた。


 すると、それまで静寂を保っていたマリアさんが聖剣を鞘に収めた。


「なんか、リズム変わったね君」

「リズム?」

「うん。楽しかったリズムから一転、落ち着いちゃってる。楽しいリズムとやるのはいいけど、落ち着いた戦いはなんかなぁ……。あーあ、なんか飽きちゃった。帰るね。また今度やろっか。ははっ」


 マリアさんはそう乾いたように笑って姿を消した。

 その目は何処か、寂しそうに見えた。



 領兵が来る前に、僕たちはその劇的な惨状となった広場から離れ、もう一度散策していた。

 しかし、先程までの出来事に街は混乱と怒号で騒ぎ返っていた。


「なんもないねぇ。というかこの惨状で探すのも無理ってもんだけどー」

「そもそも僕達がガセネタ掴まされただけ……とか無いですかね?」

「どうなんでしょうか……。その、狂蒼っていうのは、そんなに隠れたりが上手いんですか?師匠」


 アグニが師匠の怪我を労りながら尋ねる。まだ傷が全回復してないのだ。

 腰にある新しい魔剣の違和感に目をやりつつも、師匠は答えてくれる。


「バケモンや。それに関しては。奴らは一般人のように息を顰め、四足獣のように素早く喉笛に噛み付いて任務を遂行する。奴らは、仕事が出来るだけやない。今ああやって隣を通ったお姉ちゃんだって、もしかしたらや」


 その時、一羽の鳥が僕らの元へと飛んできた。今の時代には珍しい生き物の便だ。その足には、手紙がガサツに括り付けられていた。


『にげろ』


 殴り書きで書かれたその手紙には、地下の、あの嫌な匂いが付着していた。


「師匠!」

「分かってる!フクロウが危ない。さっさ帰るぞ!最悪、聖剣を使って何かが起こる!」

「そういえば、その聖剣ってのはなんなんですか?フクロウさんからはあらまししか聞いてなくて……」

「走りながら教えちゃる!いいか、聖剣ってのは……」


 

  ***



 薄暗い建物の中で、1人の女性が疲れたような声をあげながら入室する

 

「ふぃぃ……」

「おかえりNo.002。いや、サフォス=キリシア隊員」

「ただいまぁ」


 リトヴィア魔導学園を襲撃した直後、私は閣下と共にこの拠点へ帰ってきていた。

 羽織っていた軍服のコートを脱ぎ、ワイシャツ姿になる。帽子掛けにコートをかけ、黄色いラインの入った軍帽を叩きつけるように机に置き、そのままドスンと椅子に座る。

 新しく入った新聞を開いていると、先程私に声をかけたNo.001のイチリア=カヴィニス隊長が珈琲を差し入れてくれる。

 私は礼を言い、それを一口含んだ。


「それで新人教育はどう?」

「うーん。No.007はそもそも心身の調和が時折安定してないから武闘派にはなれない。でも、なんだか色素量だけは以上に高いんだよなぁ。それに比べて、No.006は強くなろう、伸びようって意欲があるから強くなるよ。きっと、No.005以上にね」

「そっか。楽しみだな。僕がNo.002になる日がいつ来るんだろうね」

「え?下がりたいの?」

「違うよ。僕は、変わらない事に飽きてきちゃってさ。変だよね、こんな理由で下がりたいだなんて」


 イチリアは苦笑を浮かべた。私は頭を抱える。彼はとても賢い人間だ。もし彼が降格しても、その代わりなんているはずがない。

 もし下がるとしても、もう少し重い理由をつけて欲しいものだ。いや下がらせないが。


「そういえば他の二人は?」

「わかんない」


 私はため息を吐き、珈琲を口に含ませる。

 イチリアは自身の顎に片手を当て、少し唸る。


「閣下はともかく、二人が自由に動くなんて珍しいね。なんか、楽しい遊び見つけたのかな」

「分かんない。もしかしたら、閣下の聖剣磨きとか?」


 聖剣。それは原色専用の武器のことで、世界に数本しかない剣だ。聖剣は適正の原色を持っていれば、手に持つだけで魔力が吸われていく。その聖剣に満たした魔力の量で、行使できる聖剣固有能力の効力が変わる。

 原色者以外、剣自体に魔法色素を装填する事こそ出来ないが、それ以上の効力を得ることが出来るあの剣は、まさしく神が産み落とした産物と言えるだろう。


 聖剣の力はどれも強力だ。

 しかし、聖剣にはまだ見ぬ謎が隠されていると、閣下は仰ってた。そこに何があるのか分からない。でもあるとすれば……。


 ふとイチリアの方を見ると、彼はブツブツと言って固まっていた。先程の聖剣磨き発言を深く考察しているのだろう。


 私が冗談よと苦笑しながら否定すると、何かを思い出したかのように再起動した。


「それにしても原色かぁ……。閣下も遠いところにいるよね」

「そうかい?僕は割とすぐ辿り着けそうだけどね。過信でしかないと思われるだろうけど」

「いや、イチリアなら確かに直ぐ辿り着きそう。だって、ウチの隊の中で二番目の色の濃さしてるんだし」

「そう……だね。元気にやってるかな、No.005」

「さぁね。でもアンタらの命で出かけたんでしょ?なら、平気でしょ。しかも、アイツは普通に体術もきっちり出来る。何とかなるでしょ」

「それもそうだね。土産話を楽しみに待てばいいか」

「そうそう。私達は、いつだって動けるんだから。急ぐ必要なんてないんだよ」


 私がそういうと、イチリアは自分の分の珈琲を飲み干す。


「そういえば聖国への工作の詳細聞いてる?」

「三日と十二時間後。だよね。閣下はいつも細々と時間決めてるよね。几帳面なセイカクってやつ?」

「かもね。僕は本当はもっと後がいいと思うんだけど、何か細かい理由を聞いてないかな」

「さぁね。とりあえず、私は予定通り今からNo.006を迎えに行ってくるよ。じゃ、また後でね。珈琲美味しかった」


 私はそう言って立ち上がり、軍帽を被ってコートを羽織る。そのまま軽く手を振りながら、基地の外へ出て行った。

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