3話 転校生と無口な子

 僕とルピカは校庭の戦闘エリアへ向かう。


「どれがいい?」

「芝」

「分かった」


 芝のエリアを選び、手になじむ魔剣を手に取って中へと入った。

 この学校は校庭にある戦闘エリアのフィールドが特殊で、丸石、煉瓦、土、芝などから選ぶことが出来る。


「これがいいなぁ」


 フィルエットさんはかなり大きな剣を取り出した。彼女の身の丈ほどある刃渡りに、小さな持ち手のついた大剣を取ると、彼女はその柄に小瓶を差し込んで色素を装填していく。


「そっちが準備よければやるけど?」

「大丈夫です。ルピカ、やれる?」

「よゆーっす」

「じゃ、いきましょう!」


 僕は軽く叫び、エリアの中央へと足を運んだ


 程なくして、ゴルアム先生から視線の合図が送られてくる。先生は頷き、手を挙げた。


「はじめ!」


 試合開始だ。


「ルピカ!爪!」


 先程のように彼女は指から爪を出し、姿勢を低くして駆け出していく。僕がその後ろから剣を振って水を送り出す。

 ルピカは爪を膨張させ水風船のように炸裂させると、僕の送り出した水を次々と圧縮してぶつけていった。しかし、フィルエットさんはそれを全て大剣の剣身で受け流してしまった。


「っかぁ!派手だねぇ!」

「そりゃどうも!」


 僕はもう一度剣を振るう。ルピカは一旦後ろに下がった後、小さな弾のようなサイズに凝縮して加速させた。しかし、フィルエットさんはそれをすべて切り伏せた。


「次はこっちの番ね。ヴェアル、丸めて!」


 ヴェアルさんは静かに頷くと、手から炎を噴き出し、それを球体状に纏め上げた。その横でフィルエットさんが大剣を振るうと、その刃には炎が纏われた。


「熱いから、火傷したらごめんね?」


 彼女はそう言って地面を蹴って突撃してくる。大剣を持っているとは思えないような身軽さだ。

 両手でしっかり持ち手を握った彼女は、軽いものを振るかのように横にスイングした。

 僕はバックステップでそれを避けたが、避ける直前に刃渡りが伸びる。僕の胴体は業火に包まれた。


「レイくん!」


 包まれた瞬間にルピカが僕に冷水を浴びせたおかげで、何とか致命傷は避けられた。しかし、驚くのはヴェアルさんの色素操作力だ。

 足元に色素を固めた球体があり続けているのに、どうしてこんなに正確に剣の色素を動かすことも出来るのだろう。


 疑問で思考が逸れたが、僕は何とか火傷の痛みで戦闘に引き戻される。そして、同時に理解した。彼女は僕を殺す気で挑んできていることに。

 聖国の白魔法色素使いの回復能力は確かに一級品だ。死んでなければ何だって回復させられる。とはいえ、痛いことに変わりはない。

 傷を極力減らして戦いたいところだが、それが叶わないとわかるぐらい彼女の攻撃は凄まじかった。悠長に避ける隙を与えないような攻撃が、一手のミスで死に繋がると感じさせる。


「ヴェアル!蹴って」


 こくりと頷いたヴェアルさんはボールを蹴り上げた。熱せられた球体が進むたび、空気も揺れて蜃気楼が生まれ、ボールの挙動がうまく読めなくなる。弾んで、直進して、加速する。

 このボールの性質が理解できない以上、僕らに勝ち目はないと理解させられた。


「ヴェアル!穿て!」


 フィルエットさんの指示で、彼女は手に炎を集める。そのまま、弓のような形状に変化させると、その炎で生まれた矢を放った。しかし、標的は僕ではなくてルピカだった。

 避けることの出来ないその高速の矢に要られ、火傷を負ったルピカは苦痛の声を漏らす。

 ルピカは肩に刺さった矢を引き抜くと、ふらつきながら自分の水を肩にかけた。

 それと同時に、彼女は膝から崩れ倒れた。


「ルピカ!?」

「ごめんねレイ君。ヴェアルの炎はかなり温度が高くて、刺さった相手の魔法色素を蒸発させるの。魔法色素は色相環の逆位相に近づくにつれ相対の相性は良いのは知っているよね?赤と青はほぼ真逆だから、彼女の魔法色素が一気に削られちゃったんだろうね」


 僕はその言葉を聞いた後、剣に残った色素の残量を見た。四割じゃ戦えない。あんな魔法色素に愛されたとでもいうかのような自由度を持つ人間に、相棒なしで四割の魔法色素じゃ勝てない。


「降参する」


「勝者! フィルエット!」


 僕がそういうと、ゴルアム先生は判定を叫んだ。


「いい戦いだったね。ありがとう。お礼に一つ教えてあげる。聞きたい?」

「お願いします」

「ヴェアルね、実は原色にかなり近いんだ」

「原色!?」


 原色。それは言葉通り色の大元の事だ。

 魔法使いは、色素が濃くなればなるほど威力も練度も色素量も上がっていく。原色となると、逆位相の原色じゃないと太刀打ちできないと言われるほどだ。

 そんな原色に、ヴェアルさんが近いという。僕はそれを聞いたとき、心の底から勝てなくて当然だなと思ってしまった。


 一通り対抗戦が終わり、みんな疲労困憊で幕を閉じた。

 僕はその後、疲れ切って動けない体のまま何とか放課後まで耐え切ると、教室から帰ろうとしていた。すると、ドアの向こうに見知った人影を見た。


「やっほ」

「ルピカ、大丈夫?」

「うん、何とか平気」

「そっか。ならよかった」

「今から帰るの?」

「うん。ちょっと寄りたいとこ行って帰るかな」

「じゃ、私にここの近辺を案内してよ。来たばっかでわかんない事だらけだからさー」

「分かった。どっか行きたいところある?」

「テキトーにぶらぶらしてカフェ行きたい」

「ならおすすめの店があるよ」


 僕は荷物を持った後、彼女と一緒に教室を出ていった。


「ここが市場だね。なんか買いたくなったらここ来るのが一番いいと思う。ここには諸々売ってるから多分探せば何でもあるはず。この通りを抜けてあっちの道を行った先あるのが剣とか杖が売ってある武具屋だね。装備の整備もここでやるといいよ。それからこの通りの奥には古着屋とかブランド品の服屋とかもあって、まぁ買い物には困らないかな」

「ほぇー。流石王都。色んなものがあるねぇ」

「おうレイ!デートかい?」

「茶化さないでよウィル爺!」

「すんげえ別嬪さんだなぁ!」


 そうだ、確かにルピカは美人だ。だけど、お互いまだ恋心なんか、そんな、男女の中になんて、発展してない……はず。


「ふぅん、レイくん顔が赤いよ?」


 僕は全力で顔を背けた。


「また来いよ!あ、そうだ嬢ちゃん!この先にあるカフェのブドウジュースがこれまた美味えんだ!」

「そうなんですかぁ。行ってみますね」


 ルピカは不愉快にならない程度の愛想笑いを浮かべると、僕の方を振り向いた。


「ここがさっき言われてたカフェ」

「雰囲気あるね」

「結構長い方なのかな」


 僕はそう言って店内に入ると、窓辺の席に座り、ブドウジュースを二つ頼んだ。

 しばらく駄弁っていると、ウェイトレスが僕たちのテーブルにふたつジュースを置いた。

 ストローで内容物を吸い上げる。口の中にぶどうの甘みと冷たさ、それから軽い酸味が広がった。歩き疲れた疲労が抜ける感覚と、熱った体を覚ます感覚が心地よかった。


「さっきは可愛かったね」

「ぶはっ」

「あははっ」

「……そういえば前々から聞きたかったんだけどさ、匂いって何?」

「あぁ。この前のこと?」

「そう。僕たちは何となく色素を色で認識してるけど、何でルピカは匂いって言ったのかなって」

「あーやっぱりそこまでわかっちゃったか。なら全部説明するね。……実はアタシ、匂いで色素が分かるんです」

「ふんふん」

「種類によって匂いもまばら何だけどさ、赤は辛めのスパイスで、青はミント。黄は柑橘系っぽくて、白は無臭に匂うの。混色は匂いが混ざってるように感じて苦手かな」

「ほへぇ」


 僕がジュースを飲みながら返事をすると、彼女はその後も色の匂いについて話をしてくれた。


「……って感じで、まあ色々匂いはあるんだよね。でも、何でレイくんだけはどれにも該当しないんだろ」

「それ、僕に聞かれてもわからないよ」

「確かにそうだね。はぁ〜、美味しかった。また来ようかな。」

「そろそろ出る?」

「そうだね」


 僕は代金を支払ってカフェを出た。

 

「じゃあ、アタシここで」

「うん。また明日ね」


 ルピカのいい笑顔が脳裏に焼き付いた。


 僕はルピカと別れた後、一人帰路を歩んだ。行きたかったお店は多分まだやっているだろう。少し寄り道して帰ろう。


 しばらく歩いていると、どこからかとてもきれいな歌声が響いてきた。その声は、どこか高く凛としていて、とても心地よい歌声だった。

 僕がその声の主を探して歩いていると、その主は目の前の路地から顔を出した。


「え、ヴェアルさん?」

「んにゃぁぁぁ!?」


 急に僕に声をかけられ驚いたのだろうか。

 マフラーで抑えられているとはいえ中々の大声が彼女から出た。すぐに顔を赤く染め、僕の方を睨み付けてくる。相変わらず無言だから、何を伝えたいのか全くわからない。


「え、えっと……」

「……」


 だめだ、話が進まない。僕が彼女に近づいて、彼女が僕から一歩下がる。そんなことをしばらく続けていた。


「あ、あの!」


 流石に焦れったくなって声をかけた瞬間、僕たちの目の前にダガーが刺さった。

 物陰から大きな男が出てくる。


「ヴェアル=シュトーレスだな?」

「……」

「俺ァよぉ、貴族?上流階級?の人間ってのが大っ嫌いでなぁ……」

「……」

「だんまりかよ、つまんねぇな。苦痛に歪んだら、泣き喚いてくれんのか?」


 下卑た笑いを浮かべ、男は剣を取り出した。

 それを合図にしたのか、ぞろぞろと他のやつらも集まってくる。


 危険を察知した僕は、すかさずベルトに吊り下げた実剣を抜き、ヴェアルさんの前に立つ。


「ヴェアルさん。話せないのに事情があるのは分かっています。だけど、フィルエットさんを呼ぶ時間もない。ここは僕を信じてもらえませんか?」


 ヴェアルさんは少し迷った後、腰のポーチから赤色の液体の入った筒を取り出し僕に投げ渡した。魔填筒だ。その目は真っ直ぐ僕をみていた。


 きっと、覚悟は決まったのだろう。

 僕は柄にそれを詰め込むと、瓶を抜き取って投げ捨てた。

 剣を振るうと、いつものルピカの水よりもはるかに激しい勢いで炎がとぐろを巻く。手が炎で少し炙られ、僕は顔を顰める。

 制御が効かない。これが、心を通わせ合っているあの人たちとの違いなのか?

 どうすれば良いか分からないまま僕が立ち尽くしていると、ヴェアルさんは横に立って肩に手をおいた。


「だっ、大丈夫。今は私、貴方のパートナーだから。君の動きにあわせるっ。だから今だけは、わ、私が貴方の力になるからっ」


 その手は震えていた。怖いのだろう。勇気を振り絞って、僕に声をかけてくれたのだろう。しかしその声は、どこか高く凛としていて、とても心地よい声だった。


「ありがとうございます。じゃあ、息を合わせて行きましょう」

「う、うん。行こうっ」


 彼女はそういうと、相手の方へと向き直った。

 僕も剣を持ち直し、相手の動きを見直す。数は六人程度。やれる、彼女の力なら。きっとやれる。


 彼女は色素を動かし僕の剣先に炎を纏わせた。

 僕は剣を振るい、更に力を高めていく。


 そしてその勢いのまま、地面を蹴って相手の懐へ潜り込むのだった。

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