2話 生徒対抗戦

 午後の授業を乗り越えた後、僕は訓練所に出向いていた。

 大きな建物の中に、砂の敷き詰められた地面が広がっている。

 ここには魔剣を模した木の剣が何本か置かれている。

 それを使った訓練を行うことで魔剣士科の生徒は日々、技量を高めあっている。


 今日の空気は悪くない。程よく冷たくて、戦闘訓練をしばらくしていればきっと温かくなってくるだろう。

 僕は剣を一本手に取り、それを握る。木の硬い質感が手に馴染む感覚が心地よい。

 素振りをすると、空気が切れる心地いい音が耳に響いた。

 そのまま、藁で作り上げられた人形を相手に、僕は剣技の練習を始める。


 程なくして、訓練所のドアが開いた。

 見知った顔がその隙間から覗いている。


「一人で寂しく訓練かぁ?」

「コクリア。人聞きの悪いこと言うなよ」

「ははっごめんって!丁度俺もやりたかったところだからなぁ」

「……なら付き合ってくれ」

「いいぜぇ、かかってこいよ。最初から全力で行くからな」


 彼も木刀を持ち、僕と対面となり構える。

 2人しかいない訓練場に、ピリついた空気がピンと張られた。


 僕は深く深呼吸すると、足に力を込め地面を蹴り、前へと駆け出す。彼の眼前で膝を抜き、そのまますぐ右側に逃れる。コクリアがついて来れていないことを確認しつつ肉薄し、彼の肩に向けて剣を振り下ろした。

 コクリアはそれを体を崩しながら左足を軸にすることで回転し、剣を振って弾く。と同時に、バックステップで僕から距離を取った。


「お前はネズミかよ!?」

「全力って言ったのはそっちだろ。だから僕も手は抜かない。骨折とかしたらごめんな」

「少しは自重してくれよなぁ!」

「わかってるって」


 僕は再度前に駆け出すと、彼の首元に向かって剣を突きつける。それを軽く避けた後、コクリアは僕の胴体に剣を振り下ろした。

 しかし、そんな予備動作がバレバレな一撃が当たるわけもなく、僕は背中を軽く反らすことで滑らかに回避する。そのまま軽く距離を取った。


「やるじゃん、コクリア」

「その上から目線腹立つなぁ」

「仕方ないよ。僕のほうが上だしね」


 僕はニヒルな笑みを浮かべる。それから剣を右手に持ち、そのまま全力で走った。

 走り出したのを確認したコクリアは、両手で剣を構える。互いの剣が交わる寸前、僕は剣先を傾け、力を受け流した。

 その切り返しで、体勢を崩した彼の剣を弾き飛ばす。そのままコクリアを押し倒すと、僕は彼の首元に剣を突き立てニヤリと笑った。


「はい。僕の勝ちね」

「負けたぁ!これで何勝何敗だ?」

「僕が……えっと何勝だったっけ?多すぎて覚えてないや」

「俺、そんなに負けていたか?」

「動きが単調なんだよ。もっと動きを磨け」

「んん~!ムカつくなぁ!その言い方!!そうだ、明日の朝一限前なら校庭使えたよな?」

「確かな」

「じゃ、そこで再戦させてくれ」

「わかった」


 僕がそう言って彼に手を伸ばすと、彼はしっかりと手を握り返した。


 翌日、僕は約束通りにコクリアと一緒に、朝の校庭で剣技の練習をしていた。彼は昨日より動きが良くなっていて、足取りも幾分か軽やかになっている。


「なんかしたのか?」

「昨日から新しい筋トレをちょっとやってみたんだ」

「一日でこんな効果出ることないだろ」

「そうか?俺は努力型だしな」

「なら余計に一日で出ないじゃん!」


 僕が叫ぶと、彼は「るせェ!」と叫び返し、勢いよく僕の足元に木刀を投げつけた。回避で視線を離した隙に、彼は左足の回転蹴りを僕にくらわせた。


「ラストォ!」


 彼がそう言って振り下ろそうとした拳を、武術担当のゴルアム先生が止める。


「はーい、ストップストップ。辞め辞め。いくらお前らに校庭の使用を許可したとはいえ、そこまでの乱闘は許可してないぞ」

「「はーい」」


 僕たちは頷くと、ゴルアム先生と共に奥から現れた生徒達の列に紛れた。ちょっと恥ずかしい。

 鐘の音が鳴る。


「では授業を始めるぞ」


 ゴルアム先生はそういうと、大量の魔剣を鞄から取り出した。


「今日は、魔法科の奴らと合同に練習を行う。各々ペアを組んで、それから二人でこの刃のない魔剣を使って訓練してもらう。片方が魔力を込めて、もう片方が剣を使い攻撃する。まぁ、よくあるやつだ。今回は怪我をしても平気なように、聖国ディクネリジェの方から白魔法色素の治癒隊の方々にお越しいただいた。しっかり感謝しろよ?あと、怪我をしろとは言わないが、応急処置は出来るので皆手を抜かず戦うように!」

『はい!』

「あと、昨日転校してきたルピカ=シャンティアだ。自己紹介したまえ」

「えっとぉ。アタシ、ルピカって言いますぅ。仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いしまぁす」

「よし。じゃ、お前らペアを作れ」


 僕達は早速ペアを作り始めた。

 縁があったらと言っていたが、まさか転校生だとは思わなかった。不思議な気分だ。

 それより僕は、今日のペアを探さないと。

 クリシュは仲のいいルミリスさんと一緒にペアを組んでいる。コクリアは……誰だろ?あの子。

 僕も必死に相方を探していると、ゴルアム先生から声がかかった。


「おい、レイ」

「はい」

「ルピカが昨日来たばっかだと言うのに、お前と組みたいって指名してきたんだ。やってやれるか?まあ、他にペア組んでなければの話だが」

「いいですよ。よろしくお願いします」

「よろしくねぇレイくん」

「じゃあ任せたぞー」


 先生は軽く手を振りながら、ルピカを置いて去って行った。


「えっと、ルピカさんって……」

「あー待って。アタシ達タメでしょ?アタシ17。そっちは?」

「17です」

「じゃあ敬語辞めよ?そっちのほうが楽だし、ねぇ?」


 彼女の檸檬色の瞳に見つめられると、やはり少しドキドキしてしまう。それが何か、僕には分からなかった。


「えっ……と、わかった」

「うんうん。やっぱその方がいいや」


 ルピカはそう言うと、小さな筒状の瓶を取り出し、子指と親指で挟んでグッと握りしめる。

 すると、中の透明な液体部分を綺麗な青色の魔力が染めていった。


「はい、これ私の魔法色素。魔剣士は剣の柄にこれを差し込んで魔剣を動かすんでしょ?」

「うん。ありがとう」


 僕はそれをルピカから受け取り、魔剣の柄に差し込む。中身が剣に流れ、刃の部分が青に薄く光った。水のエンチャントだ。

 僕は剣を振るう。刃からは水が弾け飛び、先端からポタポタと雫が落ちていく。

 更に剣を振るい、飛んでいった雫をルピカさんが魔力で押し出し加速させる。速度を無理やり上げられた水滴はさながら流鏑馬のように飛び、藁で作られた訓練人形に穴を開けた。


「こう言う連携できるのいいねぇ」

「だね。割と水って扱いやすいし」

「でも、なんかクラクラする……」

「魔法色素を急に絞り出したからじゃない?このまま使う分にはまあなんとかなるけど」

「いつも靴から水を出してるからかな。割とこんな使い方したことなかったかも」

「靴?」


 僕は彼女の足元を見る。そこには特殊な形状の靴があった。


「このブーツはねぇ、特注製なんだ。靴の滑り止めゴムの上の部分に左右三つずつ開けられている穴飾りあるでしょ?これの役割はね、素足の裏側から水を発生させて外にこぼすって言うだけなの。だけど、そこからスパイクトラップみたいにして飛ばすの」

「楽しそうだね、それ」

「でしょ」


 コケティッシュに笑った彼女の顔に、やっぱり少し、僕の心は惹かれていた。


「お前ら二人、どうだ?仲良くやれているか?」

「やれてまーす。ね?レイくん」

「う、うん。やれています」

「そうかそうか。ならそろそろやってみるか?」

「対人戦ですか?」

「ああ。ただ、ルピカは来たばっかりだから、俺も彼女の実力を知らない。だからまずは……そうだな。手加減はするから、俺にかかって来い」


 ゴルアム先生はそう言うと、ジャージを脱いだ。Tシャツの上からでもわかる筋骨隆々な肉体に、首に走った幾つもの傷。それはまるで、歴戦の猛者の体のようだった。


「ほら、どっからでもかかって来い。相手してやるから。手加減はしなくていいぞ」


 勝てる予感はしなかった。

 でも、なんだか不思議に、僕と彼女ならやれる。そう思った。


「ルピカ。いい?一緒にやろう」

「うん。まだ魔法色素残ってる?」

「八割ぐらい」

「なら平気そうだね。やろっか」


 僕はもう一度剣を振り、先端から雫を滴らせる。

 朝の寒い空気を吸い込み、頭が冷やすことで思考を冴え渡せる。

 彼女の魔法色素が剣を通して僕の体に伝わっているような気がした。息を整え、剣を垂直に向ける。


 僕とルピカは同時に駆け出した。


「ルピカ!」


 僕は剣を振るい、水を飛ばす。先ほどと同じ技量でそれを加速させ、ルピカはゴルアム先生目掛けて射出した。

 威力を弱め眼前で破裂さることで目眩にしたのを見つつ、僕は指示を飛ばす。


「靴から水を!」


 その指示通りに彼女は足から水を溢すと、ボレーシュートのように足を振るって水を飛ばした。更にルピカは、その水を小さな弾のようなサイズに凝縮して加速させる。


「少しごめん!」


 そのまま僕は、彼女を抱きしめると地面を踏みしめ上空に飛び逃げた。

 直後に先生の剛剣が地面を叩きつけた。


「手から水出して攻撃できる?」

「できる」

「じゃあ任せた」


 僕たちは小声で言葉を交わしながら先生の背を蹴り、後方へと回る。

 着地してすぐ、左右に分かれ駆け出す。


「ルピカ!今だ!」


 僕の合図で水の爪を出したルピカは先生の顔へ爪を伸ばす。と同時に、僕は上段から剣を振り下ろした。

 しかし、その爪が届く直前で彼女の腕は掴まれ、僕の剣は先生の剣に弾かれた。


「ハイストップ。惜しかったなぁ、ルピカもレイも。お前らいいコンビだな。成長が楽しみだよ」

「「ありがとう……ございます」」


 僕らは少し荒い息を繰り返しながら、言葉をひねり出した。

 ゴルアム先生はニヤリと笑い、口笛を鳴らして生徒を集めた。


「いいかお前ら。今からペアで対抗戦してもらう。安全のために先生が決めるから、それで当たったところとやるんだぞ」


 ゴルアム先生はそう言うと、少し悩むふりをしながらペアの名前が読み上げていく。

 しばらくして、僕たちの名前も上がった。


「ルピカ&レイペア!対戦相手は……ヴェアル&フィルエットペア!」


 僕は目を凝らし、名前を呼ばれたペアの前まで歩いていく。


「レイ=マーシャライトです。よろしく」

「ルピカ=シャンティアでーす」

「フィルエット=リコリスだよ~。こっちがペアのヴェアル=シュトーレス」


 僕はヴェアルさんに手を差し出す。しかし、彼女は微動だにしないまま、顔だけ動かして僕の手を見て、それからまたフィルエットさんを見つめた。


「あぁ、この子。私にしか口きかないんだ。気を悪くしたらごめんね~。あ、ちょっと待っててね」


 すると、フィルエットさんはヴェアルさんに顔を近づけた。顔がくっつきそう。

 ヴェアルさんは首に巻いた大きなマフラーの位置を調整すると、小さな声で答えた。


「五割程度かなあ」


 ヴェアルさんはフィルエットさんのその答えに対して頷き、ちょうど半分ほど瓶に赤色の魔力を注入した。


「さぁ。お互い実りある試合をしましょ。ね、レイ君。ルピカちゃん」


 フィルエットさんはニカリと笑うと、僕達と一緒に校庭に作られた実践エリアへ足を運んだ。


 初めてのペアの試合に、僕とルピカは、心を躍らせていく……。

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