色彩世界の無色魔剣士

アサマ3

第1章 学園編

1話 Boy Meets Girl

 街のいたるところに馬車があって、人が止まらない。

 列車から響く蒸気機関のクランクとポンプの駆動音が街を深く揺らす。

 豪華絢爛な貴族街と、賑わい豊かな一般街が大部分を締め、貧民街が影にひっそりと潜む。

 その中央に建てられた城からは、歴史の重みと哀愁を感じさせた。

 それがこの国、リトヴィア王国の王都である。

 このリトヴィアは、聖国ディクネリジェと同盟を結んでいる。その為か、今日も王国の正面玄関とも言える巨大な凱旋門から、聖国の治癒隊が出入りしていた。

 

 そしてその王都の正面玄関から進んで行き、中央のエリアから少し離れた貴族街と一般街の間。大きな敷地で囲まれたエリアに建物がある。それこそが、僕たち魔剣士や魔法使いが一流を目指して勉学に励む場所。そう、リトヴィア魔導学園だ。


             ***


 突然ですが、質問です。あなたの心は何色ですか?

 情熱的な赤色?澄んだような青色?それとも、元気な黄色?

 どうやら僕はどれにも当てはまらないようです。


 子供の頃はそんなことを考えずに済んでいたのに。

知ってからはこうして日々悩み続けてしまう。


 僕の心は無色だった。


 そんな中、僕は一つの道を貰った。剣の道だ。

『剣を持て、少年』

 あの日、師匠がいなかったら僕は……。


「おーい、起きろ。レイ=マーシャライト少年」

「はい!今起きました!」


 先生の声に驚き、盛大に机から顔を起こす。

周りから笑い声が聞こえた気がした。


「はははっ」


 いや思いっきり笑っていた。隣の席のコクリア=ガレイスだ。

 僕は彼をギロッと見つめる。するとコクリアはぷいっと顔を僕から背けた。絶対わかってやっているなあいつ……。

 先生が授業を再開した。今やっている授業は魔法色素の相性だ。


 この世界では色が魔法を決める。

 それは明確に目に見えるものではなく、そこにぼんやりと、日常生活に組み込まれるようなものだ。

 このリトヴィアがある大陸。その名もフィリアト。

 この大陸に住む人の大半が、第二次成長期を迎えるとともに魔法色素に目覚める。

 だけど、僕みたいに色がわからない人もいれば、そもそも目覚めないという人もいる。

 僕は前者になる。自分の色がわからなかったのだ。


「わかっていると思うが、お前たちには色がない。例外として、自身の色を視認できていないだけの者もいるが、大半はそうだ。だが、色を知っておかないと戦うこともできない。しっかり聞いておけ!」


 先生の熱い声が響き渡る。

 このクラスは魔剣士のクラスだ。しかし、僕みたいに魔剣士になろうとしている人には色が無かったり、色が分からない。形はどうあれ、色を自覚していない人は魔法が使えないのだ。


「今日はわかりやすく説明するために色相環を持ってきた!まずは……そうだな。それぞれの色について答えよ。クリシュ=カリス!」

「わかりました。えっと、情熱の赤について説明します」


 魔法は心を写す。いずれ、僕の心も……。

 ばたん。


「せんせぇーレイ君がまた寝てまーす」



             ***



「さっきは酷い目にあった!」

「はははっ!ごめんなぁレイ。だが寝ているお前が悪りぃんだぞ?」


 ぐうの音も出ないとはこのことだろう。机に突っ伏している僕に彼はにっこりと笑いかけてきた。とてもいい顔だった。


「あ、ちょっとトイレ」


 彼から逃げるように僕は教室から出た。特に意味はない。

 だがその逃避行は数秒で終わってしまった。

 廊下の角を曲がったところで、額に重たい衝撃を食らう。


「いたぁっ⁉」


 そのまま尻もちをついた僕の目の前に、ダンゴムシのように蹲る女性の姿が見えた、


「あ、あの。だっ、大丈夫ですか?」


 僕がそう聞くと、目の前の女性はうんと言って僕の顔を凝視した。


 綺麗なレモン色の瞳に見られ、僕は思わず仰け反った。

 ぼさぼさのロングヘアの奥に、桃のように薄く色ついた頬が見えた。

 少し緩んで谷間の見える制服の胸元から、スカートを通って足先を見る。

 衝撃で折れてないかと心配になるぐらい細く、白い彼女の四肢が覗いていた。


「大丈夫……。頭割れてない?」

「えっ、はい。割れてないです!」


 緊張からか、僕は少し大きめの声で返事をすると、立ち上がって彼女に手を差し出した。

 少しガサガサした手の彼女を起こすと、彼女はスカートを軽く叩いた。


「あの、すみま!?」


 突然、彼女は倒れこむように僕を軽く抱擁した。

 僕の腰を抱く彼女の手の動きがとても気になって。

 首筋に近い彼女の鼻がスンスンと動く度に、何だか変な気持ちになっていく。


 彼女はひとしきり堪能したのか、僕の体に回した手を放して顔を遠ざけた。


「君、少しへんてこな匂いする。独特な調合スパイスみたいな、そんな嗅いだことの無いような匂い」

「す、すぱ?」

「そう。アタシ、この君から香る匂いを知らない」

「な、なんか臭います?」

「ううん。赤みたいに、辛めのスパイスみたいな臭いはしない。でも、私の青?みたいないい匂いもしない」

「その赤とか青って、魔法色素のことですか?」


 それを聞くと、彼女はさっと身を引いた。さっきまでの距離が嘘だったかのように離れていく。

 彼女はしーっという仕草をさせた後、そっと呟いた


「続きは縁があったら、ね」



             ***



「変な人だったなあ」

「変なのは君じゃないのかい?レイ」


 にこにこと、とてもいい顔で彼は言う。

 昼休み。僕はいつもの3人と一緒に食堂にいた。

 僕が抗議しようとすると、後ろの席から凛とした声が響いた。


「そこまでにしておきなさい、コクリア」

「はーい」

「アンタもアンタよ。なんかあったの?」

「いや、別に」

「そう。ならいいのだけれど」


 そっけない返事で応対し、この話は終わる。

 それより僕たちは、そそくさとランチの準備を始めた。

 メニューを貰う。


 僕はいつものパンと牛乳を選んだ。

 剣で選ばれた特待生とはいえ、食事までの補助はない。

 入学のために、数少ない賃金を使って僕のわがままを聞いてくれた両親には大変感謝している。


「アンタ、今日もそれだけ?」

「あんまりご飯にお金かけられなくて」

「ご飯はちゃんと食えよ」

「わかってるってば」

「しょうがないわね……。私のクッキー、分けてあげる。きちんと食べないとダメなんだからね」


 呆れた顔で、クリシュは僕の皿の上にクッキーを二つ置いた。

 ありがとうといい、僕はそれを頂いた。

 よく焼けたクッキーの触感と、豊かなバターの風味が僕の口の中を満たした。


「美味しいな、これ。ルミリスさんが?」

「ううん、今日はママ。昨日はルミリスが……」


 彼女がそう言うと、廊下のほうからドタドタと音が響いた。

 その音の主は僕たちの教室の前で止まると同時に、ドアを開いて満面の笑みで言う。


「お呼びですか!?姫様!」

「呼んでないわ。何しに来たのよ」

「姫様に『ルミリス』と呼ばれた気がしたのですが……」

「呼んでないし、呼んでいたとしてもなんで一個上の階から聞こえるのよ。キモっ」


 クリシュがそう言うと、ルミリスさんはぴくぴくと震えだす。それから直ぐにルミリスさんはうっとりとしながら言った。


「はぁ……。なんて甘美なお言葉。興奮してしまいます……」

「な、なんか、ルミリス今日凄いわね」

「凄い?」

「いつもより、暴れているなあって」

「そ、そうでしょうか?」

「はしたない」

「はっ、はあっ、ははっ、はっ」

「あ、壊れた」


 ルミリスさんを、まるで壊れたおもちゃで遊ぶようにガンガンと殴るクリシュを尻目に、僕は教室から出た。

コクリアはいつの間にか退散していた。


             ***


 教室に戻った後、私は午後授業を受けていた。

 (レイ君のにおい、まだ残っている……)

 私は彼の腰に回していた手首のにおいを確認する。

 やはり、なんだか独特な匂いをしていた。


「ねえルピカちゃんだっけ」


 唐突に甘ったるい匂いが鼻腔を侵した。


「な、なに?」

「ノート、見して」

「う、うん」


 耐え難い甘ったるさに、私の鼻はねじ曲がってしまいそうだった。

 私は顔をしかめ、必死に手首を隠していた。

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