4話 仮面

 路地裏で、僕たちと悪党達が戦っていた。


「ヴェアルさん!火柱二本ください!」


 僕の声に呼応するかのように、地中から火柱が二本巻き上がる。僕はそれを剣で巻き取り刃渡りを長くすると、相手に向けて剣を振った。

 リーチの伸びた魔剣に驚いたのか、悪党達は情けない悲鳴をあげながら後ずさる。


 僕は炎を畝らせ、相手の足元に落とした。

 触れてないとはいえ、原色に近いヴェアルさんの炎は近くに当てられるだけで焼け付くような痛みを伴うのだろう。目の前のチンピラは顔を歪めていた。


「……死んじゃう」

「えっ?」

「わっ、私の色、当て続けると焦げちゃう……なの」

「そ、そっか」


 僕は慌てて炎を解く。


「とりあえず……僕はこの人を詰所に送ってく。ヴェアルさんはフィルエットさんのとこに戻りますか?」


 彼女はまた無言でこくこくと頷く。

 まだ完全に、彼女との関係を良く出来たわけでは無さそうだった。



             ***



 翌日、僕はランチの時間に、昨日の放課後のことについて話していた。


「へぇ。そんな事があったのね」

「大変だったなぁ」

「本当だよ。急にヴェアルさんとペア組んで戦うことになったんだけど、あの人の魔法色素、凄い強くて扱い辛かった。フィルエットさんが強いのはわかるんだけど、どうやって習得したのか……」

「あの子は昔っから努力型だったしね。努力しかないと思うわ」

「ってかよ、誰も触れてないから聞くけど、魔剣士学校にも通ってないやつが正式な魔剣持っているのっておかしくないか?」

「確かに。言われてみれば確かにおかしいわね」

「まあ違法魔剣の噂とかも出始めてるし、その類でしょ」

「確かにね……」

「それもそうだな!それよりそのウィンナーくれ」

「あげません」


 クリシュと僕とコクリアは魔剣の話を片付け、持ち寄った昼食を口にしていた。


「話が変わるのだけど、昨日の2人の戦い、すごく良かったわよ」

「ああ。お前達の試合だけ別格に見えたぜ」

「本当?嬉しいな。そういえば、コクリアがペア組んでたあの人、誰なの?」

「あーそれな?俺も記憶があやふやなんだよ。誰なのかな、あの美人。お近づきになりてぇな。色々大きかったし」

「なにそれ。サイテー」

「いや、ほんとなんだって!すげえの!」

「やめなよコクリア。みっともない」

「ちぇっ、なんだよ。本当に凄かったのによ」

「そうだ、レイ。私と手合わせしてくれない?」

「急に何?」

「えっとね、私も特訓したいけどいつも爺やじゃ成長できないし、ルミリスは……なんか、ね?」


 僕は彼女のその言葉で全てを理解する。きっと、ルミリスさんは戦闘用の魔法色素じゃないのだろう。

 僕は彼女の誘出を受け、休日に彼女の家へ赴く事にした。



             ***



 いつもの喫茶でくつろいでいると、背後から軽い足音が聞こえてきた。


「お待たせしたわ」

「あれ、コクリアは?」

「用事とのことよ。じゃ、行きましょう」

「うん」


 そう言って僕は彼女の後をついて城下町を歩く。彼女の家は王都内の貴族街の中でもかなり高地にあるお屋敷だ。城下町からは暫く歩くから、特訓前に疲れ切ってしまいそうだった。


「ここよ」


 彼女に連れられて来た屋敷は、思ったより広かった。

 煉瓦仕立ての洋風な建築を取り囲む林と、広大なグラウンド。本当に広くて、その場所はまるで迷路のようだった。


「とりあえず私の部屋に荷物置いていいから、剣だけ持ってグラウンドに来てちょうだい。案内するわ」


 クリシュに言われ、また僕は後ろをついて行った。すると、彼女の目の前からメイド服の女性が顔を見せる。


「お嬢様ぁ!?私というものが居ながら、貴方様はそんな男と!不埒ですわ!!あなたらしくない!!」

「あの、何言ってるか分からないんだけど……」

「私とはお遊びだったっていうんですね!?」

「そもそもそんな関係になって無いわよ。爺やを呼んでくれない?剣技の練習をしたいの」

「その後に必ず構ってくださいね!」

「分かったわ」


 メイドの姿が見えなくなると、クリシュは大きなため息をついて僕のほうへと振り返った。


「ごめんなさいね、個性的なメイドで」

「いや、想像以上にルミリスで驚いたけど大丈夫。もう慣れたよ」

「ならよし」


 そのまま彼女は、僕を屋敷の奥へと招いた。


「とりあえず歩き疲れたでしょう?お茶の時間にするから、そのあと訓練しましょ」

「ありがとう……」


 僕は淹れられた紅茶の香りを堪能し、一口含む。茶葉の香りが口の中へと広がるのを感じる。そのまま奥深い味わいを堪能した。

 クッキーを食べ、また紅茶を嗜む。

 すると、ドアから男性の声が聞こえた。


「失礼します、お嬢様はいらっしゃいますか?」

「爺や!私ならここよ」

「おや、お嬢様。おかえりなさいませ。こちらはご友人ですか?」

「そうよ。レイ=マーシャライトって言うの」

「ありがとうございます。レイ様、ようこそ私達の屋敷へ。私は執事のジュピア=ハインダードと申します。クリシュお嬢様からは、愛称で爺やと呼ばれております。レイ様も好きなようにお呼びください」

「わ、分かりました」


 僕がそう返事すると、ジュピアさんは朗らかに笑って、カールした髭を撫でた。


「あ、ジュピアさん」

「はい、なんでございますか?」

「魔剣の密売についてご存知でしょうか?」

「魔剣の……密売ですか。はて、何故そのようなことを?」

「いえ、昨日僕が悪党に襲われた時、彼らは魔剣士学科を卒業してない筈なのに魔剣のようなものを手にしていたんです」

「なるほど……。では、私達の方で調べておきましょう。後日、お伝え致しますので少々お待ちください」

「感謝します」


 ジュピアさんと話した後、僕らはグラウンドに移り、剣技の練習ををしていた。どうやらクリシュの家には白魔法色素使いが居るようで、怪我をしても平気という事だった。


「太刀筋は凄く面白いぞ!だけど、僕の動きを読めないと攻めきれないままだよ」

「分かってるわよ!」


 僕は彼女の剣撃のすべてを見ることはできなかった。わざと基本から外してくるのだ。だけど、予測することはできる。

 あと、ずらすことを意識しすぎているか、隙も見えていた。


「そこ!」


 僕は彼女の手元を軽く叩く。手先に痛みが伝わり、彼女は剣を落としてしまった。


「勝負アリ。僕の勝ちだね」

「強いわね……レイ」

「だろ?僕、実はこう見えて強いからな!」


 僕は少し恥ずかしくなった。


「そうだ。レイ、爺やと手合わせしてみない?」

「えっ!?いいの?」

「いいわよ。というか、貴方本当はそのつもりだったでしょ」

「ば、バレてた?」

「バレバレよ。全く、本当に剣バカなんだから」

「もしかして、レイ様はイプリル様のお弟子か何かですか?」


 彼から師匠の名が出て、僕は心底驚いた。


「知ってるんですか!?」

「えぇ。彼の剣技は私の目指す先ですからね。彼が私の憧れです。あと、私で良ければ手合わせ致しますよ」


 にこりと微笑んだジュピアさんは地面に置いていた模擬剣を拾った。


「……お願いします!」


 僕は剣を真正面に構え、深呼吸をする。


 意識を集中させる。短い静寂が場を支配した。

 地面を強く踏み、砂利と靴が擦れる音が聞こえた。


 そのまま強く地面を蹴って跳ねるように前へと体を押し出した。僕はジュピアさんの目の前で膝を抜き、コクリア相手にいつもやっているように動いた。

 しかし、彼はそれを易々と見抜き、後ろへ飛んで交わした。僕は剣を振り下ろした後すぐに体勢を整え、もう一度駆け出す。

 剣を振るうたび、ジュピアさんが剣で守る。鋼同士がぶつかる甲高い音が響き渡っていた。僕は一度下がると、剣を振る予備動作を見せ、ジュピアさんに突撃していく。先程と同じように、ジュピアさんが剣を正面に構えるのを見て、僕は体を傾けながら膝を抜き、そのまま背後に回り込む。流石のジュピアさんもこれには反応しきれず、僕は1勝をあげた。


「これはこれは。流石イプリル様の弟子ですね。彼の剣を自分のものにするだけでなく、磨き上げて昇華させているとは。驚きましたよ」

「ありがとうございます」

「しばしお持ちいただけますか」


 そういうと、彼はジャケットを脱いでメイドに手渡しした後、剣を置いてファイティングポーズを取る。


「しかし、君もイプリル様から教わったのは剣術だけではないでしょう?」

「……体術訓練って、事ですか?」

「ええ。この老耄、まだ体術の方には分があると思いましてね。ほほほ」


 僕も剣を置き、ファイティングポーズを取ると、ジュピアさんの目が笑ったような気がした。


 その瞬間、お互いに拳を握り相手へと向かっていた。


 僕は地面を蹴って飛び上がると同時に、体を捻ってジュピアさんの右側頭部へ蹴りを飛ばす。しかし彼はこれをガードすると同時に僕の足を掴み、遠方へ投げ飛ばした。空中で無理やり受け身をとり、転がりながら着地する。僕は砂を払いもう一度駆け出す。そしてそのまま彼に鋭い拳を振り抜き続けていた。

 しかし、それを紙一重でジュピアさんは避け、受け流し続ける。


「ほほほっ。鋭いパンチですな。だが、鋭いだけではよろしくない」


 彼は体制を低くし、その勢いで速度の凄まじい拳を僕の腹に打ち込んだ。重い衝撃が体を貫く。


「拳というのは、鋭く、重く、正確でなければなりません。相手の一撃を避け切り、隙をつく。そして、弱点の腹部や鳩尾に叩き込んでこそ、戦いで有効な拳は生まれます。もちろん、顎などを狙うのも脳神経を揺さぶり気絶させる上で効果的ですよ」


 彼は僕にそう言ってグラウンドから出て行こうとする。一撃が重すぎて、暫く僕は膝の震えを止めることすらままならなかった。


「まだ……やれます!」


 しかし、唐突に襲って来た疲労感に、僕は力無く崩れ落ちた。呼吸がしにくい。酸素を貪り食らう僕の頭の上で、ジュピアさんはあっと言った。


「私は、緑の魔法色素の使い手でして。私は体全体に魔力を澄み渡らせて、体を強化していたんです。でなければ、こんな老耄は貴方の蹴りを受け止めた段階でぽっくりですよ」


 ごめんなさいねと笑っていう彼の手を取り、立ち上がって言う。


「本日はありがとうございました!」


 荷物をクリシュの部屋から取って彼女の屋敷を出る。


「爺やがごめんね」

「いいよ、自分から望んだことだし。むしろ師匠のこと知っている人がいて光栄だった」

「そう言ってくれてうれしいわ。また明日、学校でね」


 手を振る彼女に軽く手を振り返し、ぼくは帰路を歩んだ。また、ジュピアさんに稽古つけてもらおう。

 そんなことを考えながら、僕は次に会った時の戦法を模索していた。



***



 その日の夜。私はレイさんに聞かれたことを調べていた。私の思っていた通り、違法魔剣には『あの組織』が関わっていた。


「だとしてもなぜ……」


 分からなかった。その国が、その組織が。何故そんなことに肩入れするのか。

 利益がないのだ。得がない。意味のあることにしか介入しない筈なのに、どうしてなのだろうか。私は隠れ家の椅子の背もたれに背中を預けながら考えていた。


 唐突、窓が開けられる。


「どちら様ですか?」


 私の前に現れた仮面をつけた黒装束の者は直ぐに私に2本のダガーを投げつけた。予備動作のないその攻撃を私は避け切ることもできず、肩と腕に一本ずつ受けてしまった。


「こんな老耄一人殺しただけで、お前たちの計画が成功するとでもいうのか?」

「……」

「だんまりですか。しかし、私も一筋縄ではいかないぞ」


 その者からは少し苛立ちを感じた。


 やらなければここで死んでしまうだろう。

 私は彼女の形見である剣を取り出し、剣身を撫で自身の魔法色素をその魔剣に注入した。


「エリナ、私に力を貸してくれ」


 その者は水を放出し、剣のように鋭くする。私はそれを振るわれる直前に、剣を振って蔦を生成した。その蔦で水の起動を反らし、私は形勢を逆転できる……筈だった。


「つかめ……ない?」


 蔦が当たる寸前、水の強度を落としたのだ。はじけた水をそのまま鋭く尖った雫へと変化させ、私の上から幾度となく降り注いだ。

 剣が折れる音が耳を揺らした。風の切れる音が鳴る。それと同時に、私の命がぶつりと途切れた気がした。


「……エリナ」


 私はその言葉を最後に、意識を手放した。


 血の海の中、薬指にはまった指輪だけが月の光を反射させていた。

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