第14話:夜明け

 漁船を港に戻した健太けんた達。

 港では先に脱出していた漁師達が石田を出迎えていた。

 無事を確認して歓喜する漁師達。

 その姿を見ながら、健太と香恋かれんは変身を解除する。


「さて……これからどうするかな」


 健太は頭を掻きながらそう呟く。

 流石にはっきりと変身した姿を見られた上に、この人数を口止めするのは難しい。

 今度こそ逃走再開になるだろう。

 その考えは香恋も同じであった。


「次、どこに行こっか?」

「そうだな……気ままに行くか」


 空虚な気持ちで次の旅路を考える健太と香恋。

 そんな二人から何かを察したのか、まだ変身中の五十嵐いがらしは漁師達に近づいた。

 そして突然、インジェクトソードを掲げる。


「少し眠ってもらうぞ」


 五十嵐がそう言うと、インジェクトソードから眩い光が放たれた。

 光は漁師達を照らし出し、その場で気絶させる。

 健太と香恋は一瞬何が起きたか分からなかった。

 しかし気絶した漁師を目にして、ようやく焦りを覚えた。


「おい五十嵐さん! 何したんだよ!」


 声を張り上げて詰め寄る健太。

 五十嵐は動じる事なく変身を解除して、質問に答えた。


「安心しろ、害したわけじゃない……二時間ほど記憶を消しただけだ」

「……は?」

「えっ、記憶を消せるんですか?」


 目を丸くして驚く健太と香恋。

 記憶に干渉できるプラグインは初めて知ったのだ。

 それはそうとして、五十嵐は語る。


「記憶が残っていると都合が悪いだろう? 特にキミ達二人は」

「それは……まぁ、そうだけど」

「キミ達はこの町に流れ着いた。俺はそれが意味するところを知っている」


 だから……と五十嵐が続けようとすると、気絶していた漁師達が目覚めた。


「あれ? 何でオレこんな場所で寝てんだ?」


 記憶が混濁しているのだろう、石田は現状をすぐに理解できていないようだ。

 それは他の漁師も同様。

 五十嵐は彼らに近づき、何があったのかを伝えた。


「貴方達はここで兵士級のシンに襲われそうになったんですよ」


 シンの名前を聞いた瞬間、漁師達は仰天する。

 だがそれは五十嵐の嘘だ。

 健太と香恋はそんな五十嵐の嘘を黙って見守る。


「シンは既にバスターズが倒した後です……それにしても貴方達は運が良かった。ここにいる健太と香恋が心配になって見に来なかったら、今頃シンの餌食でした」


 漁師達の視線が健太達に集中する。

 健太と香恋は何とも言えない表情になってしまう。


「二人が時間を稼いでくれたから助かったんです……ちゃんとお礼を言ってやってくださいね」


 記憶が消えたせいもあり、五十嵐の嘘を信じた漁師達。

 彼らはすぐに健太と香恋に感謝の言葉を伝えた。

 正直に言ってしまえば、手柄を押し付けられたような気分だったので、健太も香恋も複雑な気持ちである。

 しかし全ては五十嵐の思いやりから出た嘘だ。


(否定……できないなぁ……)


 感謝してくる漁師達に、健太は肯定も否定もしない。

 ただ何も言及しない。それが最適解だと思ったからだ。

 香恋も同様である。

 しかし、きっとこれで良いのだ。

 健太と香恋は一瞬だけ五十嵐の方を見ると、彼は小さく頷いていた。


(まぁ……無事に済んだから、これでいいか)


 健太は心の中でそう呟く。

 今日はこれ以上シンが出ない事を祈ろう。

 そして健太と香恋にとって、初めての消灯の日は終わりを告げるのであった。





 翌朝。

 午前六時を過ぎた頃、真積まつみアパートの部屋から五十嵐は一人静かに出ていた。

 幸いにして昨夜はあれ以上シンは発生しなかった。

 これで今回の五十嵐の役目は終わったのだ。

 ギターケースにインジェクトソードを隠し入れ、彼はアパートを去ろうとする。

 そんな彼を呼び止める声が一つ。


「おや? もう行くのかい?」


 大きな本を片手にした、金髪の女性。

 ヒカリ先生だ。

 五十嵐は振り返って答える。


「こう見えても忙しい身なんでな」

「寂しい事を言うねぇ。せっかく帰って来たんだから、お酒くらい付き合ってくれても良いじゃない」

「つまらない冗談だな。アルコールで酔わなければ、そもそも味覚すら無いのに」

「分からないかい? こういうのは雰囲気が大切なのさ」


 飄々とした感じで喋るヒカリ先生。

 五十嵐からすれば、それはいつも通りの彼女であった。

 昔から何も変わらない、掴みどころがない性格の女性。

 だからこそ分からない事があった。

 五十嵐はどうしても聞きたい事があった。


「……あの子達に何を期待している」

「なんの事かな?」

「とぼけるな。何故今になって健太と香恋を引き込んだ」


 睨むような目つきで五十嵐はヒカリ先生を問う。


「十年前、俺に力を与えたように、あの子達にも何かを与える気なのか?」

「それこそ物語の展開次第さ」

「その物語が、新たな罪と苦しみを生み出すのならば……俺はお前を許さない」

「……そうだね……キミならそう言うわね」


 ヒカリ先生は空を仰ぎ見る。


「長い長い時間が経った……外でシンが人を襲うのも、この町が守られているのも全て偶然の産物。色んな物語を見てきたけど、ワタシもそろそろ決着をつけたいのよ」

「そのために二人を引き込んだのか」

「二人だけじゃない。きっとここから増える……最後くらい楽しい物語を描きたいじゃない」


 薄く微笑むヒカリ先生を、五十嵐は無言で見つめる。


「つまり、お前の望みは」

「……物語の結末。それだけよ」


 ヒカリ先生の意図を理解した五十嵐は、困ったように頭を掻く。

 恐らく彼女の願いを叶えるには、自分一人ではどうにもならない。

 それを五十嵐は理解していた。

 だからこそ願う、健太と香恋、そしてこれから増えるであろう者達。

 彼らが壮大な物語に決着をつける存在になる事を。


「……もう一度言うぞ、あの子達が苦しむような事はするな」

「疑り深いなぁ、長い付き合いなのに」

「自分の性質を顧みて喋れ、ヒカリ先生…………いや、原初のシンが一柱……光のイヴ」


 シンという正体を突きつけられも、ヒカリ先生の態度は変わらない。

 ただニコニコと笑み浮かべて、目の前にいる人間を愛しむだけだ。

 二人がアパート前で対峙していると、扉が開いて健太と香恋が出てきた。


「おはようございます……あれ、五十嵐さんもう出るのか?」

「おはよう健太。消灯の日が終わったら長居する理由もないからね」

「あの……次はどこに行くんですか?」


 香恋が五十嵐に問う。

 どこに帰るとは聞かない。短い交流の中で直感的に香恋は、五十嵐も自分達と似たような存在なのだと思っていた。

 それは健太も同じ。五十嵐始という戦士の旅路が少し気になっていた。

 質問された五十嵐は少し考えて……


「さぁな、風にでも聞いてくれ」


 と答えるのだった。

 きっと普通の者が聞けば首を傾げる答え。

 しかし健太と香恋は不思議と強い納得をしていた。


 五十嵐はアパートに背を向けて去ろうとする。

 だが、ふと何かを思い出したように、健太達の方へと振り返った。


「健太、香恋。前に人間とはどんな存在かと聞いたな」


 それは昨日に朝の事だ。

 健太と香恋にぶつけられた問いかけ。

 二人は無言という答えを返していた。

 五十嵐はそれを思い返しながら言葉を続ける。


「確かに人間は醜いかもしれない。欲や妄信に飲み込まれて、視界を失った者も数えきれないだろう。そしてキミ達は、そういう人間に傷つけられた存在じゃないか?」


 五十嵐の言葉に香恋は戸惑う。

 だが健太は小さく頷き、肯定した。


「健太、香恋……人間は醜い心を持つ。だが人間には光もある。キミ達はこの光里町でそれに触れたのじゃないか?」

「……はい」


 小さな声だが、確かな意思の元、香恋は答えた。

 健太も頷いて肯定する。

 それを見た五十嵐は、どこか満足そうに口元に笑みを浮かべた。


「人間の光を信じろ。その光を信じる限り俺達は明日に進めるんだ」


 だから……と五十嵐は続ける。


「だからどうか、生きてくれ。それが俺のただ一つの願いだ」


 生きるという願い。

 そんなささやかな願いを二人の若者に託して、五十嵐はアパートを去るのであった。

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世界を救えない俺達の幸福論 鴨山兄助 @kudo2121

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