第18話



 わたしの周囲の温度が下がり、息が白く染まる。

 食道と肺が氷に凍てつかされるような感覚を覚えた次の瞬間には、朝比奈拓人さま、いいえ、人間の醜い男が拳銃と呼ばれる人間の武器を構えて激しい爆音を響かせ始めました。


「………うるさい」


 耳につく発砲音に眉を顰めて、悴み真っ赤に染まった指を男の方に向けるとパキンという小気味の良い音が響いて、拳銃が彼の手からこぼれ落ちました。


「は?………ーーーあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 目を見開き痛みに彼の顔は不愉快で、気持ち悪くて、醜悪で、わたしは右手を振り上げ、そして彼の左の胸に向かって、


「やめろ」


 耳元で響く声にぴたっと手をとめたわたしは、おそらくこの場の誰よりも淀んだ瞳をしているでしょう。

 かわいた氷に触れたことによってありとあらゆる皮がベリベリと剥がれ、赤い皮膚を見せる痛みによって目の前で絶叫を上げながらのたうち回る醜く汚い男よりも、わたしを後ろから優しく抱きしめ、懇願するような声を出す男性よりも、………わたしはもっともっと醜くて、醜悪です。


 だってこんなにも、………こんなにもニンゲンを傷つけることが楽しい。


「離してください」


 思っていたよりもずっとずっと冷え冷えとした声が出ました。


「離さない。………こんなののために、鈴春が手を汚す必要なんてない」

「そうですか?」


 濁った瞳で世界を見るわたしの方が、余程汚いと思うのに、旦那さまの言葉は不思議と耳に響きます。


 でも、わたしは止まれない。


 風が、氷が、雹が吹き荒れ、わたしと旦那さまの周りを吹き荒れる。

 何度もゴッという鈍い音が響いていて、ブリザードの中には真紅の花弁が舞っている。


(あぁ、美しい………)


 旦那さまのわたしを抱きしめる力がふっと弱くなり、一瞬首を傾げたわたしの目の前に、血を纏った旦那さまが現れました。

 雹をだんだんと大きくし、あの憎い男を殺そうとしていたわたしは、慌ててひゅっと手を引きました。

 大きくなった雹がガツンという鈍い音を立てて、氷に包まれた部屋の中に落ちる。

 氷にヒビが入り、ひゅっと飲み込んだ冷たい空気に涙が出てきて身体が震え上がるくらいに咳き込む。


(無理をし過ぎたようですね)


 口元を抑えていた紅葉みたいな手には、真っ赤な鮮血がべっとりと塗られています。


 片角にしてはものすごく頑張ったのではないでしょうか。

 自らの敵を薙ぎ払うことに失敗したとしても、わたしは十分に満足しています。だって、あの男はわたしに怯えた視線を向けているから。この世の怖いもの全てを煮詰めて作り上げたお薬を見たかのようなあの表情を見られたら、それで満足です。

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