第19話

「うっ、」


 下方から聞こえる呻き声に、わたしの意識は急激に浮上しました。


「っ!!」


 血に彩られた手がぴくっと震えて、わたしは多分今、………信じられないものを見たかのような表情をしていると思います。


「だん、なさま………?」


 わたしの震える声に、霜の降った漆黒のまつ毛を上げた旦那さまは、緩慢な仕草で起き上がると、わたしの凍りついた身体を躊躇いなくぎゅっと抱きしめました。


「ーーー大丈夫か?鈴春」


 ゆっくりと頭を、背中を撫でられ、安堵させるような仕草で角の付け根に触れられます。

 その優しさに埋もれるようなのにべとっと血のつく撫で方に、声に、わたしはやってしまったことの大きさを理解する。


「やっ、」


 ぐっと旦那さまのお身体から離れようとするのに、上手に拒絶できません。

 震える手は言うことを聞いてくれなくて、それどこらか耳鳴りが聞こえ始めてしまいます。キーンという不愉快極まりない音は、やがて幻聴のようにお父さまやお母さま、お兄さまのお声に変化して、わたしを責め立てる。

 ぎゅっと耳を引っ掻くように握りしめたわたしの手を優しく外した手が、頭を撫でる。


「………だいじょうぶだ」


 耳元にやけに大きく響いた音を最後に、わたしの耳鳴りは消え失せました。

 代わりに響くのはお父さまとお母さま、お兄さま、そして旦那さまの穏やかで優しい声でした。

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