Episode 23 この世はおとなの思う通りにすすむわけがない
マヤは葉月のエネルギー反応が極端に小さくなったのを察知した。デイバによって殺されそうになったのは間違いない。まず、自分のとるべき行動とはなんだろう。賢いマヤはすぐに答えを出した。デイバとコンタクトをとらなければならない。葉月の遺体の一部を北の枕まで運んで貰わなくてはならない。ただし、デイバが無条件でマヤの指示に従うわけがないじゃない。交換条件を提示しなければならないのだが、デイバが興味を示し、尚且つ魅力を感じるものとはなんだろう。自分の命と引き換えではどうか。無駄だわ。わざわざ差し出されなくてもデイバはマヤの居場所を察して、追い詰めて殺すことなど簡単だもの。では、今後デイバの腹を満たす為のみなもとを与え続けるという提案はどうだろう。それこそデイバにとって価値はない。そもそもデイバとは自分の欲求をすべて叶える力を持っているからデイバなのだ。
結局、本当のことを話すしかない。葉月の遺体の一部があればこの世は地獄と化すのだとね。おそらくデイバにとって住みやすい世界になるだろう。それに、地獄というものがどんなものだか見たくはないかと持ちかけるしかない。
マヤはサナランに向かいながらデイバとの交信を試みた。デイバの声は聞こえないが、お互いの思考が繋がっているのを感じる。
「デイバ。あなた、わたしの命を狙っているのでしょう。わたしの命なんかくれてあげる。その代わり約束をして欲しいの。あなたが殺した葉月ナミの遺体の一部を持ってあたしのいるところまで届けて欲しい。わたしはそれを使って儀式を行いたいの。あなたに不利益になる儀式ではないわ。今の世界よりもっと刺激のある世界にする為の儀式なの。退屈は苦痛よ。この世界はあなたにとって苦痛な世界。わたしがもっと住みよい世界にしてから、わたしはあなたの餌となるわ。」
デイバからの返事はなかった。デイバのことはもう運に任せるしかない。マヤは急いでサナランに向かった。
もし、葉月がマヤの地獄化の発動条件に北の枕が関係していると知っていれば、北の枕に自爆装置くらいはつけておいただろう。そうしなかったのは葉月の失策である。
般若は笑っている。こんなに心が踊ったことがなかった。胸は期待と希望と不安でいっぱい。期待と希望だけではこんなに興奮はしない。その中に不安があるから濡れるくらい興奮する。実は期待と希望より不安の方が大きい。いつものマヤならその不安に押し潰されてしまいそうになる。その不安を打ち消すくらいの期待と希望があるからこんなに興奮するの。人が一番心を躍らせるのは明るい未来が待っているからではない。不安を解消出来るかもしれないから笑う。
不安とは自分の未来への期待が裏切られてしまうのではないかという恐怖。希望とは自分の未来が明るいものであるのではないかという期待。恐怖が大きい程期待に対して真剣に向き合える。期待が大きすぎると大切なことを見落とす。期待というものは人の心を曇らせる。あなたにもあるでしょう。浮かれすぎて痛い目にあったこと。不安や疑いこそが幸せに導いてくれる。期待はあなたの心を気持ちよくさせるだけで成功には繋がらない。だけど、恐怖や疑いを抱えているのは非常に辛い。それがあると夜もろくに眠れない。だから人は過程で苦しむか、結果を嘆くかのどちらかしか選択出来ない。
悪い予感。最後の仕事。小暮ミキはなにが起こったのかマヤに尋ねる暇も与えられずに百八人のみなもとを差し出した。そして彼等をジェット機に乗せて北の枕まで向かうのを見送った。
「あの子達は生贄になるわ。我々の目的を果たす最後の生贄。」
小暮ミキはもちろんこの世の浄土化も地獄化についてはなにも知らないが、こども達が世界を変える為のみなもとであることは知っていたの。
ジェット機はデイバより先に北の枕に到着。全員が大広間に整列させられたわ。間違いない。ちゃんと百八のみなもとを用意した。後は葉月の死体さえあればこの世はマヤの望む地獄と化すのよ。デイバから葉月の死体を受け取ったとして、その後に自分はデイバに喰われてしまうのだろう。地獄と化したこの世をその目で確認することは能わないかもしれないがそんなことはどうでもよかった。この世の生命体はすべて罰を受け、浄化される。いつか転生して再びこの世に生まれたときに浄化された世界に立てれば満足なのよ。
デイバがマヤの元に辿り着いた。約束の葉月の死体を抱えてね。それをそっとマヤに手渡した。マヤは語りかける。
「きっと今すぐにでもわたしのことを喰いたいのでしょうね。でも、もう少しだけ時間を頂戴。わたしには最期にやらなければならないことがあるの。」
利里は頷きもしなかったが、マヤに襲いかかりもしない。見てみたいと思ったのよ。多くの人と、ものの命を注ぎ込んだ葉月とマヤが目指したものがなんだったのかをね。
マヤは葉月の死体を北の枕の祭壇に捧げた。そして、そらに呼びかけた。
「ジャナンをすべて滅ぼし、百八のみなもとの命と葉月ナミの遺体を納めるわ。さあ、そらよ。わたしの悲願を叶えてこの世を地獄化して頂戴。」
一分経っても、三分経っても、なんの変化も起こらない。さすがにマヤは焦った。なぜなの。そらの指定したものはすべて揃っているのに。マヤがいくらそらに呼びかけても返事はなかったわ。
利里は待ちきれなくなったのだろうか。マヤが嘘をついていると判断したのだろうか。並べられている幼いみなもとを三人ほど殺した。
「やめて頂戴。それはそらへの大切な捧げものなの。」
利里にだってそらの声は聞こえる。しかも、マヤよりずっと密に。利里はそらに問い掛け、その答えに納得した。そらの声が聞こえないマヤが哀れだ。あなたはもうそらの寵愛を受けてはいないのよ。
マヤは殺されたみなもとを見てなにかに気が付いた。死体から流れる赤い血を指につけてそれを舐めてみたわ。
「これは。穢れ?この子達は穢れていると言うの?人間のこどもではないの?」
確かに利里が殺したものは幼いみなもとの姿をしている。いや、それで間違いないのが、マヤの失策は、幼いみなもとの一部は穢れを持っていることを知らなかったことね。
ここに連れてこられたもの達の実に過半数が穢れている。おそらく葉月もこの事実を知らなかったのだろう。マヤは己の無知、無力を笑うしかない。絶望の淵に立ったマヤは利里に申し出た。
「わたしの計画は上手くいかなかったわ。どうやらわたしは甘かったみたい。もういいわ。わたしの身体を好きにして頂戴。」
利里はマヤに手を差し伸べて、マヤはその手を握った。それは一瞬の出来事。利里が思い切りマヤの手を引っ張るのでマヤの腕は千切れた。生命力の高いクリプティッドであるマヤは少しずつ自分の身体が喰われているのを見ながらゆっくりと死んでいった。自分の身体が喰われている様を見ることはクリプティッドだけの特権なのか。そうではない。実は多くのサトバは最期をそうやって迎えるのだ。捕食されるとはそういうもの。加工された肉しか食ったことのない人にはピンと来ないかもしれないけどね。
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