Episode 25 あなたはなぜわたしを殺すのか


 鈴木担当部長の予測通り、およそ二十秒後に葉月の待ち受ける地下二十一階第二十四会議室にデイバは現れた。見た目はあの美園利里となんの変わりもない。だからなのか、葉月は殆んど恐怖を感じていなかったわ。もう終わりかもしれない。もしかしたら生きながらえるかもしれない。そう、「かもしれない。」という想いは生きものが備えなければならない気概なの。

「さすがね。道に迷ことなくわたしのところまで辿り着いたようじゃない。わたしにはあなたに狙われることも、反撃することも出来ないことも分かっているわ。だから、最期にひとつだけ教えて頂戴。なぜ、わたしの命を消したいと思うのかしら。こんな存在が生き残ってもあなたにはなんの影響もないでしょう。使命というものなのかしら。それともあなたの望みなのかしら。」

 葉月の最期の仕事は可能な限りデイバをイーペルの充満したこの本部に閉じ込めること。しかし、質問は時間稼ぎの為だったわけではない。彼女は心底知りたかったのだ。デイバとはなんなのか。デイバと自分の関係とはなんなのか。自分の運命とはなんだったのか。

 利里はなにも応えなかった。だが、なにも感じていない、考えてもいないわけではなさそう。それは利里の顔色を見れば分かる。

 利里は黙って葉月に近付いた。その分、葉月も後退りした。まさか逃げられるとは思っていたわけではない。本能で動いたのだ。頭では利里を怖れていないと判断していても、本能はそうはいかない。

 利里はまるで瞬間移動でもしたかのようなスピードで葉月の目の前まで迫った。今度は後退りすることさえ許さない。そして両手で葉月の首を握ったわ。とても優しくね。葉月の力でも跳ね除けられるほど。

 利里は本当に少しずつ少しずつ手に力を込めた。葉月にとってはとても長い時間。


利里は葉月の問いにはまるで答えてくれなかった。葉月を殺したい理由。実は彼女はある答えを明確に持っていたわ。葉月にはそれを知る権利がないと考えていたのよ。あなたのせいでたくさんのみなもとが死んだのだ。たくさんのものが死んだのだ。最期はみな首を絞め合うという残酷な仕打ちでね。あなたは彼等に知る理由など伝えていなかったじゃない。みな死に際には、なぜ自分が生まれてきて、なぜここで死ななくてはならないのかと疑問に思うものよ。だけど、その答えを出せるものなどいない。人は己の能力や体力が劣っているから死んでいくものだと考えているものが多いわ。だが、実はそうじゃない。他人によって、己の限界を超えた仕事を与えられるから力を消耗して、やがて死に至るのだ。少なくとも葉月に関わったものはすべてそうであったのね。


葉月には他のものよりも無念を感じる必要がある。首の骨を折ってもこの女はすぐには死なないだろう。可能な限り時間をかけて苦しみを与えてから息の根を止める。女に恨みのあるすべてのものよ。よく見ていて。苦しみながら女が死んでいく様を。

 

利里がそっと葉月の首を絞め始めてから三分経つ頃に、ようやく葉月の身体は苦しみに反応するようになった。手足は痺れ、痙攣する。いよいよ葉月は己の首を絞め付ける利里の手を掴んだ。覚悟など済んでいたはずなのに。思い返せばみな最期は葉月と同じ行動をとった。みなもとも、ものでさえも。その仕草を見る度に葉月は醜いと罵っていたはずなのに、利里の手を首から引き剥がす動作を止めるわけにはいかない。醜いと思っていた行為が実は真に美しいものであるとはじめて女は知った。どんなに幼いこどもでも、立派なおとなでも、随分と長生きをした老人でも、多くの人を殺した狂人でも、自分の命が薄くなり死んでいくのを黙って受け容れることなど出来ないものなの。


 女の首は音も立てずにへし折られた。そして、切り落とされたわ。それでも女には意識がある。脳が生きているからだろうか。それとも身体が生きているからだろうか。あなたの想像通り利里は葉月の肉を喰い始めたわ。右腕を引きちぎり、骨が剥き出しになるまでしゃぶった。利里は気付かなかったが、部屋の壁から突き出ていたノズルから噴き出していたガスがいつの間にか止められていた。いつのまにかしぱしぱした目から涙が流れなくなっている。別に悲しくて泣いていたのではない。イーペルが沁みただけよね。ここから逃れる必要があるわ。利里は腐食している自分の身体を見てそう判断した。その場を離れる前にまだ意識のある葉月の頭蓋を蹴っ飛ばした。クリプティッドの神経がどのように繋がっているのかなんて知らないけど、葉月は「痛い」と言ったわ。


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