Episode 男の顔

 悲しみ。なければよいのか。そうじゃない。悲しみを感じなければ、人らしくない。悲しいときには泣けばいいの。だけど、利里にはもうそれすら能わない。悲しいという気持ちはもちろん持ち合わせている。だけど、それに浸れない。戦いに敗れた正好もクロロも敵を倒す力がなかっただけだと開き直ってしまう。少し前ならそんな冷静な自分を利里は嫌っただろう。(矛盾?)悲しければ、悔しければ泣けばよいと思ったはずだ。だけど、今はそんな情緒にならない。悲しいこと、悔しいことはヒトであっても捨てることは出来ないの。それならば、利里はそういう気持ちを抱え込んだ。悲しいことも悔しいことも生きていればたくさんある。ただ、それに囚われていても下らない。ならばいっそのこと開き直って前を向く努力をした方がいい。一番よくないのは悲しみや悔しさを無理に忘れようとしてしまうこと。一番よいのはそれを抱いたまま生きていくこと。利里は悩まず後者を選んだ。もう、取り返しのつかないことに拘っていても仕方ない。正好とクロロが得るはずだった幸せごと頂いてしまおう。それが、亡くなったふたりにとって幸せなことではないかしら。


ヒトの持つ熱。意識が朧なまま利里は穢れで満たされたラクササの毛細血管の中に沈められた。酒呑童子の穢れを大量に浴びたことが幸いだったかもしれないわ。そうでなければ、ここに連れ戻すことさえ出来なかったでしょう。ジャナンスーツの持つ力とラクササの毛細血管を浸す穢れの力はほぼ均等のはず。だけど、利里の入れられている器の穢れは少しずつ蒸発して、その量を減らしていく。これでは利里の持つ力の解析も出来やしないわ。

 利里の力が強すぎるのでしょうね。解析を進める為にも戯れを充分補給するよう葉月は部下に命じた。ここで穢れを使い切ってしまっても仕方がない。利里を安全な形で保管しておくことはそれほど重要なことなのよ。


 利里には微かに意識があった。正好のことを想い出す。クロロのことを想い出す。もう悲しみなど感じない。人が死ぬのは自然なこと。人を亡くして悲しみながら生きていくのか、忘れて生きていくのかは自分で決めること。多くの人はしばらくは悲しみに浸って、しばらくすると少しずつ悲しみを忘れて生きていくわ。

それは故人を忘れることとは違うの。悲しいと言う気持ちを忘れるだけ。悲しみはなにも生まないのか。そうじゃないわ。悲しみが人をおとなにし、いつしか心の平穏を生む。悲しむことは生きものとして当然の心の運動なのよ。


 利里は正好に想いを馳せる。正好はいつでも果敢だった。なぜあんなに強い気持ちで敵に立ち向かえたのだろうか。使命感を持っているようだったわ。(E7の設定を同じ?)「もの」に殺されてしまった弟の仇討の為に勇気を振り絞っていたのでしょう。使命感を持った男こそ一番強いのではないかと利里は思っていた。人とは自分の為だけに行動するのには限界があるからね。成功しなければそれでもいいやと投げやりになってしまうことだろう。誰かの為にと思うから実力以上の力を発揮できるのよ。その想いやりが人を強くする。だが、そういう男は目的達成をしたとき以外には自分に優しくしない。目的達成以外には興味がない。どこか脆いのよ。利里は正好の強さと脆さに疑問を抱いていたの。脆い正好は目的を成就出来ずに敵に負けてしまった。目的を達成出来なかった男にあまり魅力を感じないわ。利里は薄情ではない。強いと思っていた男が実は非力であったということは、正好が理想の男ではなかったということ。つまりは愛するに値しない男だったのね。


 利里はクロロに想いを馳せる。正好は果敢であったが、いつも懸命だった。クロロは冷めた言葉が多かったが、黙々と仕事をこなした。明らかに正好より能力の高い男だと感じたわ。憧れの存在だった。ただ、それを「愛している」と表現出来るほど利里はおとなではないのよね。

 

クロロまで失ってしまった。まさか自分より先に死ぬとは思っていなかったのに。強さの象徴だった。智慧の象徴であった。人間の象徴だった。生きものの象徴であった。理想の生きものとはクロロのことだと信じていたのに。クロロは利里にとっても特別な存在であったが、世界にも必要な存在だったはず。そのクロロを助けられなかった。もう誰も死なせないと心に決めていたのに。クロロが最期に感じたのと一緒で悲しかった。マザーがあなたのせいではないと声をかけてくれるが利里の耳には入らない。母は娘の気持ちを充分に理解していたわ。同じ経験をしたことがあるのだから。利里の歩む地獄への道は過去に母が通った道でもある。母はその地獄の先に娘を見たのだ。利里の進む道にも何者かがいるかもしれない。母もそれを願った。ふたりの理想が重なり合ったことがヒト化の原因のひとつなの。


 利里は翔に想いを馳せる。弱々しい。頼りない。だけど、戦いでは多くの結果を残している。戦闘中に何度も彼に助けられた。力の問題ではないのでしょう。肝腎なところで必ず勇気を振り絞った。力の強いものより心の強いものの方が逞しいわ。利里の不安を取り除いてくれるから。最後の一歩を勇気を持って飛び出す「もの」より、最初の一歩を勇気を出すものの方が強いのだろう。

 では、なぜ正好やクロロを助けてくれなかったのだろうか。保身の為には勇気を振り絞ることが出来ても他人の為にはそれが出来ない男なのだろう。その心は強いけど優しさはないし、どこか卑しい。

 翔は利里のことを愛していると言ってくれる。しかし、きっと利里のことも見殺しにするのだろう。卑しい男はもうたくさんなのよ。


 葉月ナミは利里を見て感じる。怖い。これからなにが起こるのか。これまではなにが起きても想像や予測の範疇だったから涼しい顔をしてこられたの。利里は想像を超えた行動をとりかねない。予測を超えた結果を出すかもしれない。なによりも浄土化の妨げにならないだろうか。もし、そうなるのであれば早めに対策をとらなければいけないが、その方法が分からない。利里はもうジャナンではなくなってしまったのか。それとも、見た目は変わってもジャナンであるのか。いずれにしろ、翔が最後まで生き残りデイバを倒すことが望ましいわ。ただ、翔が利里に勝てるとは思えない。ならば、「もの」に利里を処分して貰うしかないだろう。果たして、利里を殺す程

の「もの」に翔が勝てるかどうかも分からないけどね。

 そして最後は翔に自決して貰うしかないわ。その為には今のうちから翔になにかしらの仕掛けをうっておかなければならない。この世を浄土化するのに肝腎なのは力の問題ではなく心の問題。



 マヤは利里を見て感じる。怖い。なにを起こすのか。なにが起こるのか。これまではなにが起きても想像や予測の範疇だったから落ち着いた顔をしてこられたの。利里は想像を超えた行動をとりかねない。なによりもこの世の地獄化の妨げにはならないだろうか。もし、そうであれば早めに対策をとらなければならない。その方法はより強力なおにを造り出すしかないわ。しかし、これまでもジャナンを殲滅する為の出来得る限りの策をうってきたのよ。残るおにはデイバをいれてもあと二体。ジャナンも二体残っており、そのうち一体はヒト化している。はたして勝算はあるのだろうか。デイバの仕様はそらに任せるしかないのだけど、自分の意思で造れるおには、どのようなものにしたらよいのか。相当悩んだ。次の「おに」で少なくともジャナンを一体殲滅させなければならない。マヤは強い意思でこの世を地獄にしたいと考える。妙案が浮かんだのか、マヤはそらに声をかけて最後の祈りを捧げる。

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