Episode ふたつの橋

 友達。いくらでも増やせる。男。好きなだけ増やせる。母。どこを探してもひとりしかいない。あなたが母をどれだけ愛そうが、避けようがあなたの母はひとりしかいない。マザーシステムも同じこと。色々なマザーと出会うのだけど、あなたのマザーになるべき人はひとりしかいない。母とマザーは同じ人だとは限らない。死んだものしかマザーになることは出来ないのだもの。そして、マザーは気に入ったこどもにしか可愛がらないのだもの。母にとって姉妹が何人いようが、すべてのこどもが唯一無二の我が子のはず。だけど、マザーにとってはそうではない。マザーは気分次第でこどもを捨てる。そして違うマザーがあなたを我が子のように愛す。それをなんども繰り返すうちにこどもは真のマザーと出会う。利里にとっては実の母親であり、クロロにとっては葉月であり、そして翔にとってはあたしが真のマザーなの。マザーは母と同じで強い。おそらく父親よりも強い。そんなに強いマザーに見守られているこども達は強く育つの。


 弄ばれるマザー。利里からジャナンイエローのベルトを預かって葉月とケイコにはやらなければいけないことがあった。マザーシステムの切り替え。イエローのマザーが利里の母親になってから、利里を思い通りに動かすことが難しくなっているわ。利里はなによりも母親との穏やかな時間を求めている。マザーを指定することは出来ないが、マザーをランダムに切り替えるだけの技術をケイコは持っている。そのはずなのだが、イエローのマザーを切り替えることが能わない。試しにレッドのマザーを切り替えてみるがそれは思い通りにいくのよ。あたしが一時的に他の誰かと変わればよいだけだから。何日かすればまたそのマザーを追い出してあたしと変わってくれればいい。あたしには翔と一緒にいることが心地よいのだから簡単にここを失うわけにはいかない。


母に依存する危険性。なぜ、イエローのマザーを更新することが出来ないのかケイコにも葉月にも見当もつかない。このことは実は葉月にとって大変なリスクなの。理由はふたつ。ひとつはみなもととマザーが融合してしまう可能性がある。もうひとつはマヤによってイエローのマザーを操られる可能性がある。利里はマザーにとても従順。マザーシステムを乗っ取られるようなことがあっては、利里は葉月達の敵にもなりかねない。だから、マザーシステムを更新する為に試行錯誤するのだが、それは結局骨折り損に終わったわ。


 悪い予感というのは的中しやすいもの。マヤはイエローのマザーが利里の母親であることを知っている。マザーを操って利里を傀儡にしようと狙っていた。

 

マヤは定期的にジャナンを操るみなもと達の様子をクリプジオンに報告する義務を与えられている。クリプジオン本部で佐々木ケイコと面談するが、ケイコはもう充分にマヤの魔力に侵されていたわ。機密事項である建設中の北の枕についてもマヤに漏らしてしまった。

北の枕はこの世の地獄化を願うマヤにとって必要なもの。マヤは心からその計画が上手くいくことを願っている。そうか。もうすぐ北の枕は完成するのか。マヤの念力によりケイコはイエロースーツの保管している解析室までマヤを案内させられた。マヤの目的はただひとつ。イエローのマザーと交信して念力でそれを操ること。ケイコの立ち会う中でマヤは堂々とイエローのマザーと交信を始めた。

 

マヤの狙い通りにはならなかったわ。マヤと利里の母は間違いなく交信はした。マヤの声に母は反応する。マヤがいつも人の女にやっているように指示を出したが、母はそれには応じられないと返答する。もちろんなことね。マヤが人の女を意のままに動かすことが出来るのは、女に肉体や神経が備わっているからで、それを支配していたからなのだもの。利里の母には念と意思しかない。そんなものはマヤには支配出来るはずがない。


ケイコと共に解析室に入ったマヤを葉月は監視していた。ケイコはもうマヤの手中にあることも予測していた。傀儡となってしまったケイコに銃口を向けて引き金を引いた。これが生涯をジャナンやものというそらの造りしものに人生を懸けた女の哀れな最期。

 葉月はケイコの遺体の頭部を蹴っ飛ばした。なぜ、そんなことをするのかしら。死んでいることを確かめる為。違うわ。遺体を蹴飛ばされると言うことが人にとって最も屈辱的なことだからよ。

葉月はマヤに問いかけた。

「あなたはいったいなんの為にジャナンのみなもと達に近付くの?」

 マヤはしらを切り通そうと思ったが、葉月はマヤがクリプティッドであり、「もの」と大きく関係しているのだと気が付いている。 

マヤはこれ以上正体を隠すことは無理だと思ったし、無意味だと思ったので真実を語ったわ。

「わたしはジャナンのみなもと達を監視するのが役目のクリプティッド。ジャナンの弱みを見つけ出すのが仕事なの。わたしにはたいした戦闘能力はないわ。ただ、この世に送り出すおにの性質を決めて、いつこの世に降り立つのかを決める権限があるわ。随分時間がかかったけど、わたしの目的を達成する目途が立ったから告白するのよ。」

「そのあなたの目的とは一体なんなの。」

「この世を地獄化させること。ある程度想像ついていたでしょう。わたしもあなたの目的はおおよそ知っている。おにを殲滅することだけがあなたの目的ではないでしょう。この世を誤った方向に導こうとしているのでしょう。それくらいは予想が容易いわ。」

「お互いの目的を明らかにして、それに向かって協力し合うことは出来ないのかしら。」

「それは無理な相談ね。お互いの目的は相反するものだから。わたしはそらと交信している。おそらくあなたより多くのことを知っている。わたし達は似ているようでも同じ立場ではないのよ。」

「それについては問題はないわ。わたしもそらと交信しているのだから。」

「そらがあなたごときに真実を語っているとは思えないわ。あなたはあと何体のおにがこの世に送られるか知っているのかしら。」

 葉月は答えられない。もしかしたらマヤは自分よりそらと親しく付き合っているのかもしれない。

「あなたはそんなことすら知らないのでしょう。わたしは当然知っている。わたしから情報を仕入れたいのならもっとわたしにとって有益なものを与えて貰わなくてはいけないわ。わたしの知っていることを教える代わりに羅刹の身柄を開放するというのはどうかしら。」

 ラクササはジャナンスーツの状態管理や解析に必要なものだ。それ以上の使い道さえあり得るのだ。だから葉月はその交換条件は呑めないと断ったわ。

そもそもなぜ今になってもマヤがラクササに拘るのか分からない。どれだけのリスクを負うのかも分からない交渉に乗るわけにはいかない。葉月もお互い譲り合うことはないと判断した。葉月は銃でマヤを撃ったがマヤが姿を消す方が少しだけ速かった。


 女の目的。葉月はこの世を浄土化し、マヤは地獄化させようとしている。目指す形はまったく別のものであるがその最終目的は一緒なのだ。だから、お互いをよく理解し合えれば手を取り合って目的に向かうことは理屈の上では可能かもしれない。しかし、それは絶対に能わないのだ。なぜならふたりのクリプティッドは対立する為にそらに創られたもの同士なのだから。目的を達成する為には、ふたりが争うことが義務付けられているのだもの。真に皮肉なことね。すべてはそらの仕組んだ筋書き。生きものというのは実に不自由な運命で繋がっている。

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