Episode お母さん

 レッドのマザーシステムはあたしが務めている。あたしのことが誰だかは当然翔には分からなかったし、あたしも殆ど翔に干渉しなかったわ。この子はマザーなんかなくても強いのよ。利里もクロロもマザーと交信するから強い力を発揮する。翔はひとりで考えて行動するという習性が備わっているから。


 ブラックのマザーシステムは葉月が担っていた。葉月も昔はブラックスーツを身に纏った経験があるのだ。意識的にブラックスーツに自分の魂の一部を残してマザーシステムとしてブラックスーツに残った。それは、デイバを殲滅した後、そのときのみなもとが自死することを否定しない為の工作であったの。クロロがブラックスーツを身に纏うのであればその心配はないのだけれどね。


 お母さん。葉月が魂を少し削ってブラックのマザーシステムとなってからクロロは彼女を、お母さんと呼ぶようになった。ふたりは強い信頼関係を結んだ。葉月にはこの世を浄土化する為に、最後に供えなければならないジャナンとしてクロロを大切にしてきた。クロロももちろんお母さんを大切にするのだが、なんの得が、目的があって大切にするのだろうか。葉月はそれを随分疑っていたようだ。


 実はクロロはお母さんになにも求めていない。お母さんが自分を求めてくれるのだ。それこそが歓びなの。だから、クロロのするべきことはお母さんの期待に応えること。それを為し遂げればお母さんは笑ってくれる。こどもにとってお母さんの笑顔というものは特別なものなの。なによりも悦ぶべきものなの。こどもはそれを見る為に力を振り絞っているわ。お母さんに笑って欲しい。ただ、それだけがクロロの生きていく目的ではないかしら。


 お母さんにはそのことが分かっていないわ。こどもはこどもの為に頑張っていると思っている。成長する為、成功する為に力を注いでいると勘違いしている。全部、あなたの為なのよ。おとなはこどもが笑えば悦ぶが、こどもが一番笑顔になるのはお母さんを悦ばせることが叶ったときなの。

 

 葉月は非常に賢い生きものだが、その賢さを支えているのは疑うということなのだ。どんな未来でも予想と反する結果になることがあり得る。常に未来を疑っていれば、予想外の結果になったときも迅速に対応が可能。もちろん疑うのは未来だけではない。すべてを疑うの。人の言葉でさえも。常に言葉の裏を読み取ろうとする。お蔭で危険を回避することが多かった。葉月とみなもと達との大きな違いはそこにあるのね。みなもと達はみな素直なのだ。少なくとも人を疑うことはない。みなもと同士であれば尚更だ。

 ただ、利里は自分の未来と運命を疑い出した。無意識のうちにみなもとから葉月のような性質に変わろうとしていたわ。

 つまり、すべてを疑うような心の持ち主になってしまったということ。


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