Episode こころの住人

 人は人の心を読み解くことが出来るのか。出来ない。自分の心も他人の心も整理して理解することなど出来ない。あなたはまだそんなことを知らないの。自分の心を他人に読み取って貰わないと困ることはいくらでもある。好きだという気持ちを伝えたいとき。あなたはあなたの心を知らない。だから相手にそれを読み取ってくれと願う。だけど、そんなことは叶わない。どうしてあなたの心が理解出来ないの。自分の心でしょう。他人ならまだしも、自分でさえもそれを知ることが出来ないとはどういうことなの。

 だけど、実はそれは当たり前のこと。自分のことは自分が一番分かっているなんて嘘。なぜ。あなたは自分の心に期待しているから。優しいはず。愛おしいはず。素直なはず。

冷たいはず。怖いはず。どれも的外れなのに。


 自分の心を知るより他人の心を知る方がずっと簡単なはず。なぜ。期待もしているけど、冷めた目で見ることが出来るから。優しいはず。愛おしいはず。素直なはず。期待もするけど、裏切られるのも当然だと知っているから。だから自分の心は他人に覗いて貰った方がよい。利里の心は翔が見てくれているし、クロロの心は利里がよく見ている。おとな。そんなものにこどもの心が見えるはずがない。なぜならこどもに過剰な期待を寄せているのだから。


 集められたみなもとの使い道。葉月はジャナンを操る三人のみなもとをクリプジオン本部に集めた。目的はスーツの解析と洗浄である。スーツの洗浄という儀式は翔とクロロは何度か経験しているが利里には初めてのこと。

 

 ケイコがレッドとイエローのベルトを受け取る。ブラックのベルトは既に回収済みなのだって。翔は以前から気になっていることを思い切って葉月に問うた。なぜ、ブラックのみなもとは自分達の前に姿を現さないのか。ブラックのみなもとは常に「もの」との殺し合いに備えて修行しているのだと葉月は説明した。断食や呼吸の制御を行い肉体的苦痛を得たり、欲求に打ち勝つ智慧を養い、意思の鍛錬をしているのだと。それに集中する為にこのような場にも顔を出さないし、学校にも行っていない。彼の戦闘能力がとても高いのは日々の鍛錬の積み重ねの成果。だから、葉月も修行を最優先させると言い訳した。もちろん半分真実で、半分は嘘。


 ジャナンスーツの洗浄には、みなもとは立ち会えないので翔と利里は暇つぶしに公園に出掛けることにしたわ。クリプジオンの玄関をふたりが出るときに四人のこどものみなもとと、小暮ミキとすれ違った。また、なにかの実験に使われるみなもとなのだろうか。利里は不思議そうに彼等の背中を見つめていたが、翔に強引に手を引かれて表に出た。翔は、悲しそうなやり切れなさそうな顔をしている。翔はあの子達の血がジャナンスーツの洗浄に使われることを知っていたからね。


 疑問。好きな男。あの日水族館に行ったきり、ふたりの仲はなにも変わりはなかった。利里はともかく翔もすすんで話をしようとはしない。先日、父の偽物を殺したときから少し翔の様子は変わっていた。

翔は沈黙が苦手だ。なんだか話をしているときよりずっと自分の心の中を探られているような気がするから。

「好きな男はいるの?」

「分からない。」

利里はそう答える。白木正好に抱いていた憧れ。クロロに感じる好奇心。そして翔に感じる激情。一体どれが恋心なのか自分でも整理がつかない。利里は翔が自分に好意を持っていることを知っている。だから、あなたといると素直になれると告げた。ついこの間までは鬱陶しいとさえ感じていたのに。母から、人に愛されることは素晴らしいと教えられたのね。なぜ、こんな自分を好いてくれるのかは分からないから鬱陶しかったのだが、好意とはそういう理屈で捉えられるものではないと母から学んだ。自分では見えない自分の魅力や力を見抜いてくれる人を大切にしなさいと母が教えてくれたのよ。


 それでも、自分の気持ちのすべてを翔に明かしたくはない。強がるわたしならいくらでも見せてあげるけど、この男に弱い自分など見せたくないから。励まされるのなんてまっぴらだ。


 欲求の拡大。欲求の抑制。翔は現状に満足していなかった。もっと利里が自分に憧れて欲しいと願っていた。だけど、今はこの関係で丁度よいのだと自分に言い聞かせる。無理に迫って、利里が感じている激情まで失くしてしまうことに怯えるからね。つまらない己に激しく抵抗されたり、怒りをぶつけられるのは、まだ有難いことなのよ。感情を見せてくれるからね。悲しいのは冷められてしまったとき。それは翔に興味がなくなるということ。

本音を隠したままのふたりの恋愛が成就するわけはない。ふたりの習性上これ以上の進展は難しいのよ。

 

 成長。クリプジオンの解析室で行われた検査の結果、レッドとブラックスーツには大きな変化が見られなかった。問題があったのはイエロースーツ。すべての戦闘能力が大幅に上がっていたわ。どれも異常な数値であったがイエロースーツの能力が上がるのであれば、もう少し利里を使って様子を見てよいだろうと葉月は判断した。あと何体のものが現れるのかは分からないが、デイバを倒す前にジャナンが全滅することがあってはならない。もしも、デイバを倒した後に複数のジャナンが生き残っていればクロロに始末させればよい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る