Episode 母とこどもと

 緊急連絡。ふたりのジャナンベルトの呼び出し音がなった。連絡はケイコから。新たな「もの」が発見されたという。場所はふたりのいる水族館から二十分くらいのところだ。 


ふたりは急いで水族館を飛び出した。ケイコの話では、現れたものは人間の女が少し変形したような風貌をしていて、人間の女ばかりを狙い、対象を体内に吸収するらしい。その日は、葉月は日本防衛省に出かけていた為、副指令の佐々木ケイコが指揮を執ると言う。変身した後の利里は少しいつもと調子が違うと感じていた。あかりの声が聴こえない。しかし、気にしている場合ではないわ。もう目の前にものが迫っているのだもの。


怒りの捌け口。利里はいつも以上に必死である。殲滅することだけが目的ではない。あかりや正好の無念を晴らすよう異常なまでに、ものを痛めつけた。攻勢だった利里が一発だけものに殴打される。大丈夫。たいしたダメージではない。しかし、危険を知らせるアラート音が鳴り響く。それ以外には特に異常は感じない。痛みもない。アラート音を無視して攻撃態勢をとる。そのときあかりではない別の女の声が聴こえたの。

「今は行ってはダメ。ものはあなたを吸収する準備をしているわ。」

 助言。命令。利里は直感でその声に従うべきだと感じた。次の瞬間、ものが激しく発光して、大きな爆風が起きた。風がおさまったとき、「もの」は弱った様子でその場に立ち尽くしている。

「今が攻撃のチャンスよ。思い切って攻め込みなさい。目標の首を絞めて殺すのよ。」

 誰のものだか分からない声。従わなくてはいけないだろう声。言われた通りに利里は目標の首を両手で思い切り握り潰そうとしたわ。目標は抵抗するが、力が入らないようだ。先程の爆発を起こすことに殆どの力を費やしたのでしょう。利里は遂に目標の首を捻じ切った。穢れを身体に浴びて利里の意識は遠のいていく。あかりの声に変わって聞こえた声は母のものだったと確信していた。母とは毎晩ベッドの中で会話をしていたの。おそらくこんな優しい声なのだろうと想像して通りの声色だ。間違いはない。利里はその場で気持ちよく気を失って、クリプジオンに回収された。

 

 父と母の過去。父と母の軌跡。母との再会は利里がなにより願っていたこと。ジャナンのみなもとになることも両親に自分の存在を知って貰いたかったからなのよ。

なぜあかりではなく母の声が聴こえるようになったのかとケイコに問うた。利里の母親は娘を生んだ

直後に夫をものに殺され、仇を討つ為にジャナンのみ

なもとになることを志願してイエロースーツを纏っ

ていたのだと明かした。穢れに浸けられた母の身体が

示す値は、みなもととして適した値ではなかったらし

いが、熱意に免じてイエロースーツを与えられたらし

いわ。


しかし、四体目の「もの」との戦闘によって無念の

死を遂げたの。ただ、強い念と意思がスーツに吸収された。それが、マザーシステムという形で利里に語りかけてきたのだろう。そうケイコは説明したわ。それは概ね嘘ではないのだが、マザーシステムを操作し

て母なるものを切り替えたのは他でもない葉月とケ

イコなのよね。なぜ、自分の母もイエローを纏ってい

たなんて大事なことをもっと早く伝えてくれなかっ

たのでしょうね。

利里がそれを知れば戦意を失うことを葉月もケイコも分かっていたようだ。


悦び。葉月とケイコはマザーシステムをリセットしただけ。まさか利里の実の母がマザーになるとは予想していなかったみたいね。利里はすんなりと自分の父と母がもう死んでいるのだと納得したわ。もっと悲しむことを想像していたのだけど。絶望を得るものだと思い込んでいたのに。しかし、そうはならなかった。実はそうではないかもしれないと感じていたから。ジャナンのみなもとである限り母の声が聞けるのなら随分と救われる。それで満足なのね。もうジャナンスーツを手放すことは出来ない。これはもう戦いの道具ではなく唯一の母との繋がりであるのだから。


 殺人の道筋。創りだした数少ない「もの」がやられてしまってもマヤは満足そうだった。利里を狂わせる見通しがついたからだ。別にジャナンを全滅させる役割は「もの」以外でも構わないの。利里を狂わせるためには、他の女の力を借りればよい。

 

ジャナンスーツは生きもの。イエロースーツの性別は女であり、利里に最も影響を与える利里の母なの。女の生きものである限りイエロースーツを操ることもマヤには可能だろう。それを利用することが利里を狂わせるひとつの効果的な方法だわ。イエローを殺すか、狂わせてしまえばマヤの目標を叶える大きな力となる。マヤも葉月と同じようにイエロースーツが大きな力を持っていることを知っていた。一番厄介なジャナンはブラックだと認識しているがイエローを意のままに扱えればブラックを潰す大きな役割を果たすだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る