Episode 14 四百年越しの恋

人は誰かに思いを馳せることがある。なぜ。誰かに恋をしているからなの。そうじゃない。憎しみを持つものにも逢いたいと望むこともある。なにがしたくてなの。殺したいから。そうじゃない。憎しみと恋は裏表の関係。恋は憎しみに変わり、憎しみは恋にかわることがある。恋とは不思議なもの。強く相手を想っていれば必ず接触の機会が生まれる。だけど何年かかるか分からない。接触の機会に気が付かないこともなる。接触の機会を逃すこともある。なぜなら、憎しみがあるから。嫉妬があるから。恥じらいがあるから。見栄があるから。接触を望むのならそれらを捨てるしかない。ただ相手を想いやればよい。それが無理なら相手を強く憎しみ続けることが必要。人にはそっちの方が馴染んでいるかもしれない。あなたにもいるでしょう。愛するほど憎い人が。


 四百年ぶりの再会。クリプジオン本部に侵入したものを撃破した後、クロロはマヤと二人きりで話がしたいと葉月に願い出た。誰もいない、盗聴などもされていない部屋でクロロとマヤは対面する。クロロの方から切り出した。

「およそ四百年ぶりだね。相変わらず元気そうだ。」

マヤは未だに相手が誰なのか分かっていない。

「僕が誰だか分からないみたいだね。僕は君のことをよく知っている。かんえいの時代に君は般若と呼ばれていた。この国に災害をもたらしたり、飢餓をもたらしたのは君だろう。僕はその時代からずっと今まで生きているんだ。」

 そこまで言われればマヤにも心当たりがある。

「ああ、あなたはあの時代のみなもとの生き残りか。確か、ひとりだけ生き延びたみなもとがいたものね。今までまったく気が付かなかったわ。因果とは不思議なものね。四百年のときを超えてあなたに会えるなんて。」

「なにか惹かれあっているのだろうね。僕だって君の顔をもう一度見ることになるなんて思ってもいなかった。でも、なぜか君が愛しくて忘れることなどなかったよ。」

 そらが創り出したふたつのものは四百年前の寛永という時代に相まみえたことがあるのだ。敵同士として。クロロは少しだけ語調を強めた。

「あの頃の君は女の心を弄んでこの世を制圧しようとしたね。今も女を狙って悪さを考えているのかな。女に目を付けられるのは厄介なんだけどね。」

「人間の女ほど扱いやすいものはないからね。利用出来るものは大切に利用させて頂くわ。イエロースーツを纏うみなもとは女でしょう。彼女には利用価値があるわ。すぐに殺したりはしない。色々お世話になるつもりだわ。あの子は特別な女。敵であってもあの子から知りたいこともたくさんあるのよ。」

「やはり彼女に目を付けていたのだね。まあ、いいさ。僕は四百年前と同じようにこの世を守ってみせるさ。般若に負けない力と智慧を持っているつもりだよ。僕のお母さんにもみなもとは男である方が望ましいと進言している。イエローは今、研究材料であるのさ。ボクもお母さんも充分に彼女の扱いには気を配っている。確かにあの子は特別な女だよ。ボクのお母さんは賢い人。あの子をどう扱ってどう始末をつけるのかをよく分かっている。お母さんと僕が組んでいる限り、君の好きなようにはさせない。お母さんも君の存在を訝しく思っているだろう。今日の会話はすべてお母さんに報告しておくよ。」

「いいわ。あなたも総司令も必ず滅ぼしてあげる。かんえいの時代のわたしとは違うことを教えてあげる。お母さんによろしく伝えて頂戴。わたしもあなたのお母さんについて知りたいこともある。もう、知っていることもある。今はまだわたし達直接が争うことはないでしょう。お互いの悲願の為に協力しあう時間が続くでしょう。」

 そう言い遺してマヤは姿を消した。クロロにはマヤの言の葉を理解出来るものもあれば、分からないこともあった。とにかくすべてを葉月に伝えなくてはならない。そして、葉月以外の者には知られてはいけない。

 

 遭遇。クロロが姿を消そうとしたそのとき、翔がその部屋に入ってきた。クロロにも翔にも都合のよいタイミングであったわ。翔が入ってくるのがあと数十秒遅ければ、クロロはベルトだけになった姿で見つかって翔になにかを怪しまれてしまったでしょう。そうなれば、翔はクロロという仲間の存在に疑問を持ったことでしょう。

「何故クロロは僕等の前で仮面を外してくれないの?」

 ブラックスーツをクロロと呼ぶものは限られている。翔に名前を呼ばれるとは思っていなかったのでクロロは少しだけ驚いた。クロロが返答するより先に翔が続けた。

「僕達は戦場でしか顔を合わせない存在かもしれない。いつかは敵を倒す為に誰かを犠牲にすることがあるかもしれない。でも僕は顔を知らなくてもクロロを死なせたくはない。これまで命懸けでお互いを助け合って生き延びてきた同士なのだから。顔を見せてくれというわけじゃない。君がなにを考えているのかを知りたいんだ。」

クロロは微笑み、そして答えた。

「ボクは君の前で実体を見せることは出来ない。だけど、話ならいくらでもしよう。ボク等は君の言う通り仲間だからね。戦いのパートナーとしてではなく、心の奥まで知り合いたい友なのだからね。」

 クロロは部屋の真ん中で胡座を組んだ。まるで修行僧のような雰囲気を漂わせているわ。

その只ならぬ雰囲気は翔にも通じたみたいね。

「ボクには知りたいことがたくさんあるんだ。人とはなにか。「もの」とはなにか。男とはなにか、女とはなにかを知りたい。ボクは男だから男のことは少々分かっているつもりだけど、女というものに興味が尽きない。女は度々ボクの予想を超えた行動をとるし、結果を出したりする。もっと知りたいんだ。女というものを。」

 翔にはまだクロロの口舌の意味が分からない。

「女の人のことを知りたいなら戦うことよりも、別の道を選ぶものじゃないかな。例えば学校とか。僕等のいる戦いの世界は男が中心の世界だよ。」

「いいんだ。僕が知りたいのは戦う女のことだから。欲や希望の強い女のことなんだ。」

「それって利里のことを言っているの?」

 翔の指摘が正しかったのでしょうね。クロロは翔と話をするのが愉しいと感じたらしい。翔はクロロの心をしっかりと受け止めてくれているようだったから。

「彼女はとても興味深い。刺激的だね。傍にいると。とても強いときもあれば弱いときもある。明るいときもあれば暗いときもある。君だって彼女に興味があるんじゃないのかい。君は彼女のことになるととても興奮しているように感じられる。」

 翔もクロロと言葉を交わすのが心地よかったみたい。翔の心理を読み取ってくれるから。

「うん。僕も利里にとても興味がある。君の言う通り、あの子は明るく振る舞っているけど、本当は寂しがり屋なんじゃないかなと感じるんだ。僕とどこか似ている。そして誰よりも僕のお父さんに似ているような気がするんだ。強がっていても実は弱々しい性根であるところなんかがね。」

 翔の父親。クロロが知らないはずがない。自分の息子であるのだから。父親としての役割などまったく果たしていなかったが、息子の成長は見届けていた。強い精神力を持ち、己の信じる思想を声高らかに主張する力強い息子であった。クロロにとって誇らしい息子だったの。ただ、確かに息子は臆病だった。だからこそ大きな声で咆えたのだ。本当の自信家はそんなことはしない。まさしくクロロのように落ち着いているものだ。息子はいつか己の声が誰にも届かなくなるのではないかと震えていたことをクロロは知っている。確かに翔の言う通り息子と利里は似ているのかもしれない。利里も臆病だし、大きな声で咆える。相手が誰であろうと関係ない。咆える程自分の立場が悪くなろうと主張すべきことがあれば大きな声を出すところはよく似ている。

「君は実にお父さんを尊敬しているのだね。君のお父さんは立派な思想家だったとボクも知っている。人は健康的に生きていく為には他の動物を喰うという必要があるというお父さんの思想にはボクも賛成さ。現代の人は動物を喰ってはいけないという思想は生きものがすべて縁で繋がっているという考えが根本にあるからそう信じているのだろう。だけど、縁で繋がっているからこそ、喰わなくてはいけないというのが本当に正しい道理だ。その心を失えばいつか人は人を喰ってしまうかもしれない。それは絶対にあってはならないことなのさ。それは契約だからね。人は人を喰ってしまえば人ではなくなってしまう。君のお父さんも分かっていたはずだ。だから健康的な食の連鎖を訴えた。そして、覚えておいた方がよい。人は絶対にものを喰ってはいけないんだ。それをしてしまったら、やはり人は人でいられなくなってしまうのだからね。」

「君は真にお父さんに会ったことがあるみたいに言うんだね。確かにお父さんは言っていた。歪んだ食物連鎖を続けていけば人が人を喰らうという地獄のような世界が待ち受けているのだって。それをしてしまえば人は尊厳を失ってしまうのだって。お父さんの思想を広めるためには、僕のような臆病者ではなく、クロロのように賢くて強い男が相応しいのだろうね。僕はダメだ。大きな声で主張することが不得意だ。大きな声が出ないんだよ。言葉にして表すことが苦手なんだよ。これじゃあいけないとは分かっている。神谷啓の息子としてやらなくちゃいけないことはたくさんあるとは知っている。だけど、出来ないんだ。強くなれないんだ。弱虫なんだ。」

 翔はクロロに抱き締められた。とてもやんわりと。初めての経験だ。男の身体とはもっとゴツゴツとしたものだと思っていたのだけど。

「君のお父さんの意思を継ぐ者は君しかいない。人はどれだけ強い意思を持っていても、それを貫くことは難しいんだ。最後はお父さんの血を引くものにしかそれは叶わないのだ。君のお父さんの本当の声を知るのは君だけなんだ。だから君が語り継がなければならない。ボクはいつまでも陰ながら応援しているよ。君と君のお父さんを。」

「嬉しいよ。お父さんは自分の思想を広めたいと願っていたんだ。それが君にも届いているなら悦ばしいよ。有難う。お父さんのことを知っていてくれて。」

 クロロから見れば翔は自分の孫にあたるのだ。孫の方がこどもより可愛いと思うのはクロロだって同じだ。

 クロロが翔をから離れた直後にケイコが部屋に入ってきた為、翔はクロロに軽く頭を下げて退室した。クロロと他のみなもとが接触することはおとなにとって好ましいことではない。ケイコも翔もその理由は知らなかったが葉月からの命令であるので逆らうことは許されない。

「レッドのみなもととなにを話していたの?」

 ケイコはふたりが会って話をしていたことを葉月に報告しなければならないから問うたのだ。

「人は決してものを喰ってはいけないという話さ。君だってそれを知っていても、みなもと達に伝えてはいないだろう。もしかしたら、そのことでなにが起きるのか確認したいと思っているから、みなもとに説明をしていないのかな。」

「ジャナンがものを喰うなんて有り得ないことでしょう。「もの」は死んでしまえば空気に溶け込んでしまう。死体を喰う隙なんてないわ。それが禁じられているなんて総司令から伺ったこともないわ。」

 それはケイコの本音である。ケイコが知っていてクロロが知らないこともたくさんあるが、クロロが知っていてケイコが知らないこともあるのよ。クロロの知るすべてをケイコに話す必要はない。彼女はジャナンに対して思い入れが強すぎる。真実を知ればそれを試してみたくもなるだろう。翔や利里を危険に晒すこともあり得ないことではない。クロロはそんなことは望まないので、ケイコとは必要最低限の会話しかしない。

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