Episode 12 人として

涙。悲しいときに出るもの。違う。悲しいと思わなければいけないときに出すべきもの。自然と流れるもの。違う。出さなきゃいけないもの。なぜ出さなきゃいけないの。悲しみや無念や後悔があったときに流さなくてはならないもの。泣くということ。人であることの証明になるもの。人間だけの権利。違う。猫も鼠も泣いている。ただ、瞳から溢れる涙の量が少ないだけ。涙。人は悲しいときに必ず流すもの。違う。悲しくても涙を流さないものもいる。彼等はなにかが壊れているの。違う。涙を流す人の涙をせき止める力が壊れているの。もしくはその機能がまだ目に備わっていない人もいる。だからこどもは泣くの。だからおとなは泣かないの。だから脆い女は泣くの。だから強い男は泣かないの。


涙を流すのはみっともないことなのかしら。違う。弱くて、脆いという人らしい為。強くて堅いのは人らしくない。泣いて、笑って、怒ったりする方が人らしい。だけど、あたしは生きているとき殆ど泣けなかった。思い切り泣いたのは愛おしいあの子が亡くなったときだけ。あたしは人らしくなかった。だから可愛くもなかった。


無念と後悔。そして嘘。正好をなくした晩の利里はと言えば寝床で枕を濡らしていた。あかりに続いてまた自分の非力のせいで大切な人を亡くしてしまった。あかりを亡くしたときに、利里はあかりがイエロースーツの中で亡くなったから悲しいのだと言い訳していた。自分が責任をとらなくてはいけないのに、それをあかりに押し付けてしまったから泣くのだと言っていた。しかし、正好が亡くなったことも同様に悲しい。利里は嘘をついていたのだ。人が亡くなったことが悲しいのではなく、己の代わりに人が亡くなったから悲しいなどと強いふりをしていたが、やはり仲間が殺されれば死に方に関わらず悲しいのだ。


利里はジャナンとは自己実現の為の道具であり、戦いには自己実現を叶えることしか求めない。誰かが死に至りそうになっても、助ける気もない。「もの」を倒すことしか頭にないと会議室で語っていた。

それも嘘。利里は己の非力のせいであかりと正好を亡くしたと震えながら後悔する。


本当にそうなのか。利里のせいなのか。あたしは違うと思う。正好が死んでしまったのは彼が愚かしかったからよ。自分の信念を貫く為なら死んでもよいと考えていた正好が悪いのよ。命とはその持ち主だけの持ち物ではない。あなたを生んだ人、支えてくれる人、愛してくれる人の為にあるものなのよ。こどもの頃は誰でもその当たり前を知っている。おとなになると脳が腐敗してそのことを忘れてしまう。正好は確かに利里から見てこどもっぽいおとなだった。  

彼が大事なものを見失っていたからでしょう。己が死ぬことで利里を泣かせることになるとは想像していなかったのでしょう。おとな、男はいつも勝手。人の気も知らずに命を乱雑に扱う。それこそが美徳なのだと愚かなことを言う。だけど、愚かなのは女も一緒。男を失ったことを自分のせいにする。利里にも同じことが言える。なぜこんなに多くの人を亡くして悲しまなくてはならないのか。なぜこんなに多くの人を悲しませなくてはならないのか。それは自分の非力のせい。自分が恨めしい。両親と別れることになったことも、あかりや正好が死んだこともすべて自分のせいなのだと悔やむのが愚かな女の習性。利里はしばらく前から強くなりたいと願っていた。これまでは失くしたものを取り戻す為に戦っていたが、大切なものをなくさない為に戦わなくてはならないと考えるようになった矢先の今日の出来事。今度こそはもう誰も死なせない。失わない。翔もクロロも。ケイコでさえも。探し物を見つけるのはみなを守りきってからでも構わない。初めて「もの」が憎いと思った。自らの悲願を達成する為の道具に過ぎなかったものを敵として認識したのはこの日からだったわ。


ただ、あたしは疑問に感じる。翔とクロロとケイコ。「もの」と一体なにが違うと言うのだろう。なぜ利里は「もの」が憎いのだろう。おそらく、あかりや正好を殺めたからなのだろうが、「もの」だってたくさんの仲間をジャナンに処分されている。彼等に仲間を慈しむ心がないと誰が決めたの?なぜ人と殺し合いをしなくてはならないの。傷ついているのは人だけではないはず。利里だって人として生きているから、あかりや正好の死を痛ましく思うのであって、自分の居場所を「もの」と同じだと感じていたなら、人に憎しみを持ち、「もの」を慈しむのではないだろうか。その疑問を解決してくれない限り、利里が絶対に正しいとはあたしには思えない。


監視。マヤが部屋の窓から利里の様子を覗いていた。利里に非常に興味を持っていたのね。自分の悲願を達成する為のキーになるものだとこの時点でもう気が付いていた。そうか、利里は立ち直ってしまったか。そのまま、すべてを諦めてくれた方がマヤにとっては有り難いのだが。マヤには女の思考を操作する能力が備わっている。その力を使えば利里を操ることなど簡単だと思っていたのだが、利里には念力が通用しない。なぜだろう。こんなことは初めて。マヤは不満や不穏を感じたが、もう念力だけには頼らない方がよいと判断したの。やはりマヤも賢い。利里を操る方法は他にもある。苦しめることも狂わすことも難しいことではない。時間をかけて利里を壊せばよい。マヤはまだ利里を甘く見ている。このときから策を張り巡らせておくべきだった。


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