Episode 11 蝉の最期のように

蝉。-寿命がとても短いと言われている。だけど、それは違う。そらを飛べる時間が短いだけで、-土の中にいる時-間はと-ても長い。土の中に籠ってたくさん考えごと-をしているのでしょう。土の中に籠っている自分はなんなのかわかっているのかしら。土の中にいる時間も自分のことを蝉だと胸を張って言えるのだろうか。今の自分はなにものなのか。たくさん、たくさん考える。そしていつか答えを出す。土の中から這い出てそらを飛べるようになったら大声でそ-の答えを叫ぶのね。蝉と呼ばれるものはきっとみんなそんな気質なのでしょう。大声で叫ばずに静かにしていれば、もっと長くそらを飛べるのかもしれないけど、蝉はそんなことはしない。命が長続きしないのを知っていても全力で夏を生きる。夏が終わる頃にはみんな死んでしまう。長く生きることより自己主張をする方が大事なの。


-危険な戦い。命を捨てなければいけないほど。-ジャナン-のみなもと達にマヤから緊急連絡が入る。群馬県高崎市にて、もの-が発見されたとのことだ。それぞれ現場に急行するが、たまたまスーツの検査の為にクリプジオン本部に着ていた翔は現場に行く必要はないと葉月に命令されたわ。なんでもレッドスーツに重大な欠陥が見つかったので、戦える状態ではないと言うことらしい。しかし、それは翔を戦闘に参加させない為の嘘。葉月はこの戦いがひとつの節目になると予感して、モニターで戦いの様子を伺っていたわ。

 -

レッ---ドを除いた三体のジャナンがほぼ同時に、もののいる現場に到着する。ブラックが先頭を切って攻撃する。シルバーも続くがどうやらふたりの動きが読まれているようで触れることすら能わない。しかし、ブラックの攻撃が敵に届かないのは別の理由があるの。敵を倒そうという気迫が感じられない。それでいいと葉月はその後の展開に期待していた。

 

死を予感させられるくらい強力な能力。人 にはない特別な能力。三体同時に仕掛けることで、ものを惑わそうと試みたが上手くはいかない。まるで、三体の動きの癖を把握されているかのよう。ものは他にも独特な力を持っていて、念力でイエローとブラックの動きを封じ込めた。シルバーだけは身動きがとれる。どうやら、同時に念力が使えるのは二体までみたい。

 念力を使った状態でもこの敵は強い。シルバーよりも少しだけ強いのではないだろうか。


イエローのマザーシステムであるあかりはシルバーひとりで戦わせてはいけない。絶対にシルバーが負けることはあってはならないと叫ぶが、イエローの身体は動かない。利里だって必死なの。憧れの正好がひとりで危険な戦いに挑んでいる。助けなくてはならない。悪い予感がするのよ。葉月にも予感があった。それは葉月にとっては悪い予感ではない。望んだ通りの結末が待っているのだろうと焦がれていた。

 

シルバーはひた向きに戦い、ナイフで「もの」の頭部を突き刺すが敵もしぶとい。頭を刺されたままシルバーの首を絞めた。ジャナンにとって首は唯一の弱点。ジャナンのみなもとが殺されるだけではそのベルトはこの世に残されるが、首を捻られたり、切り取られてしまったときだけはみなもとと一緒にベルトも消滅してしまうという特性があったのよ。 


徐々にシルバーの力は抜けていき、ナイフから己の手を離して首を絞めるものの手を振り払おうとするが、ものの力が僅かに上回っている。正好の最大の武器は「正義感」と「覚悟」。そのふたつがバランスよく彼の心を支配していればよいのだが、今は「覚悟」の念の方が圧倒的に強いのね。例え自分の命を失っても敵を倒すことだけを考えていた。

シルバースーツの中にアラート音が鳴り、目の前に「DANGER」の文字が浮かぶ。シルバーはクリプジオン本部に指示を求めるが、葉月の答えは、

「相打ちしなさい。攻撃を続けて、そして死になさい。」

という非情なものだった。

 葉月の瞳と髪はいつも以上に輝いていた。赤い炎より、蒼い炎の方が熱いことをあなたは知っているかしら。まさに彼女は焦がれていた。期待していた。ジャナンが死ぬことを。なぜ。それは彼女の大切な玩具ではなかったのか。そう。玩具だから遊ぶことに飽きたら捨ててしまえばいい。そうしないとおもちゃ箱がいっぱいになってしまうから。葉月のおもちゃ箱はもう溢れそうだった。だから、使い古したシルバースーツはもういらないと判断されたの。


これまでシルバースーツのマザーシステムが起動することはなかったが、このときだけは動き出して、正好に語りかけた。その声は忘れもしない正好の弟、正則の声。

「おにいちゃん。死んではダメだよ。敵を倒すことなんて後回しにしよう。今はおにいちゃんが助かることだけを考えようよ。」

 しかし、正好は「もの」に一矢報いることしか思い浮かばない。マザーシステムというものをよく理解していないから。それが、本物の弟の声だとは信じていなかった。本物の弟はきっと、目の前のものを滅することを期待しているのだと勘違いしていたの。

「おにいちゃん。お願いだから逃げよう。まだ、そのくらいの力は残っているじゃないか。どんな目標よりも、目的よりも自分の命の方が優先されるはずだよ。生きてさえいれば、もう一度やり直すことが出来るじゃない。いくらおにいちゃんが強くたっていつも勝ち続けるなんて無理だよ。一度負けてもいいじゃないか。一度、この場を引いて改めて出直そうよ。」

 弟の声を聞いて正好は少しだけ笑った。自分の命を案じてくれる少年の優しさが嬉しくて。そして、己の為すべきことを再確認して。そうだ。正義を貫かなくてはならないのだ。正義とは悪の反意語ではない。人の道にかなう行動をとらねばならない。正好とって人の道とは逃げないことであり、真正面で敵を受け容れることなのだ。

 

なぜ、今になって弟の声が聞こえるようになったのか。おそらくまだ「覚悟」が足りないからだと正好は受け止めた。実は「覚悟」が強いのは正好の本質ではない。弟の仇を討つ為に新しく追加された性能なのだ。本当は正好も痛い思いをしたくはない。逃げ出したい。覚悟を与えてくれた弟が正好のことを気にかけて逃げようと言ってくれているのだ。弟が逃げろと言っているならそれに従えばいいのに。兄とは弟の前では格好つける生きものなのね。逃げることより目の前のものを処分することがさらに理想的だと弟も望んでいるに違いない。逃げ出すというのは消極策なのだ。大丈夫だよ、弟よ。僕は逃げずに必ず目の前のものを殲滅してみせると強がった。ああ。なぜ、男というものはこんなにバカなのだろう。素直に弟の声を聞けばいいのに。


不安。寒心。ものを失いたくないという願い。クリプジオン本部では葉月の作戦が無謀なものだと全員が思っている。もちろん佐々木ケイコも同じだ。非難をする者もいるが葉月は改めない。


シルバーは必死で「もの」に抵抗したわ。自分の頭部をものの頭部に思い切り打ちつけた。激しく何度もね。しかし、それが災いしたの。ものの額が割れてそこから勢いよく穢れが噴き出した。それを浴びてしまったシルバーは脱力した。頭部を振ることも出来ない。首を絞め付けるものの手を振る解くことも出来なくなってしまったの。


やがて、葉月の指示と自分の正義と覚悟を貫いたシルバーの首は捻じ切られて地面に叩きつけられた。手足と羽をバタバタと動かし悶えて息絶えたの。まるで地面に堕ちた死に際の蝉のよう。正好の身体もシルバーのベルトも空気に溶け込んで消えてしまった。


超越。力の解放。怒りが頂点に達したイエロースーツは、「もの」の念力を振り解いて活動を再開し、シルバーがされたのと同じように、ものの首を捻じ切ろうとした。それはとても危険を伴う攻撃。利里の手が敵の首に届くということは、その逆もあり得ることだからね。だけど、この敵だけは首を撥ねないと気が済まない。正好が感じた苦しみと痛みそして辛さを与えて殺さないといけないの。利里の握力はいつもよりずっと強かった。やがてものの首を折って殲滅したわ。


シルバースーツを失ったこと、イエローの狂気じみた行動を目の当たりにしたクリプジオンの職員は息をのんだが、葉月だけは小さく微笑んでいた。

 

葉月の真の目的。想像を超えた計画。「もの」の殲滅は計画の一部分でしか過ぎない。正好の死を見届けた後、佐々木ケイコは激しく葉月を責めた。明らかに作戦ミスであるとね。シルバーを失ったことは大きな痛手だもの。この時初めて葉月は、この世を浄土化するという自分の真の目的をケイコに伝えた。ケイコは大変驚いて声も出ないわ。「もの」を殲滅する以外にこんなにも壮大な計画があったのか。クリプティッドの存在しない世界は望ましい世界であるかも知れないが、葉月自身はどうなってしまうのかというケイコの問いに、自分もクリプティッドではなくなり人間として生きていくと葉月は嘘をつく。本当は四体の仏を生み終わってしまえば、葉月はこの世からなくなってしまうのに。四体のこどもはもちろん己はクリプティッドであり、ジャナンに変身する能力を持つこと。サトバの操るジャナンにはいつもリスクが伴うが、完璧な生命体であるこどもが変身するジャナンはサトバの利益の為だけに行動すること。四人にこの世の神となり理想の世界を造って貰うことが葉月の本当の望みなのだとケイコは初めて知らされて震えた。


 クリプティッドとは人間よりずっと優れた存在であるが、いつも必ず正しい答えを導き出すとは限らない。そもそもこの世に完璧な生命体など存在しないのだ。故に特定のクリプティッドがすべてのサトバを幸せにすることなど有り得ないの。葉月はあまりに賢い為にその事実に気付いていない。葉月にはマヤと違って人を操る能力などない。それでもケイコは蒼い瞳に吸い込まれたよう。葉月に従わなくてはならないと思い込んだ。冷たい風の流れ込む扉を急に開いたように身震いがした。開けてはいけない扉。人よりもずっと関心を抱くクリプティッドが四人も同時に生まれるのだ。それを上手に操りたい。異常者は葉月とはまったく違う理由で未来に焦がれた。


 カニバリズム。クリプジオンの目標は「もの」の殲滅であることには間違いないのだが、結成当初に掲げたサトバ同士の共食いはよくないというディージアの意思を継いでいる。葉月はその昔はディージア、岩城ダイスケの思想などつまらないものだと感じていた。しかし、時間が経つ程に人が食物連鎖の頂上に立つことがおもしろくないと考えるようになる。戦闘能力もない、脆弱な生きものがなぜ一番上にいるのか。動植物を飼い殺し、それを喰らう人間が気持ち悪いと感じていた。

 葉月は一度だけダイスケと交わったことがある。それは女として必要なお仕事なの。男の信頼を得るには心からの奉仕だけでは物足りない。身体を捧げることが必要なの。


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