Episode 7 とても有意義な対話

 対話。欠かせないもの。恋人同士でも、夫婦でも、友達でも。対話がなくても相手の気持ちが分かるというのは嘘。人と人の心は簡単には繋がらない。抱き合っても、長い時間一緒にいても他人の気持ちは分からない。じゃあ、どうしたらいいの。もっとお互いを知りたければどうしたらいいの。それは対話することでしか叶わない。言葉があなたの気持ちを相手に届けてくれるものではないわ。ふたり向き合って、表情を見つめながら会話をしなければ分かり合えない。ちょっとだけ嘘をついてもいい。顔を合わせて話すことが大切なの。もし、それが出来ない男女なら、親子なら分かれた方がいいわ。分かり合おうとする気持ちがなければふたりは繋がりを強くすることなど能わないから。誰とも分かり合いたくないというのなら、あなたはもう死んだ方がいいわ。人の世界に生きている意味がないから。


 智慧を高める会話。相手を知る為の会話。自分を知って貰う為の会話。今日はクリプジオンでジャナンのみなもとにとって大切な研修があるという。出席者はブラックを除く、三人のみなもと達。三人は会議室に集められて四角に並べられた机にそれぞれ離れて座った。葉月とケイコが入室する。一体なんの目的で集められたのだろうか。みな自分なりに研修の内容を想像したが、葉月達が用意した課題はそのどれにも当てはまらなかったようね。

葉月「これからあなた達にいくつか質問するわ。正直に答えて頂戴。そして、その答えに指摘がある者は遠慮なく意見して頂戴。これはあなた達の意識と智慧を高める為には欠かせない研修よ。」

 

思わぬ研修の内容ね。正好と翔にはおもしろいと思えた。利里だけが鬱陶しいと感じていたようね。今日の利里は機嫌が悪い。大事な日の二日目だから。協調性を示そうともしなかった。ただの捻くれた女のままその場に座っている。

葉月「あなた達はジャナンになって戦うことが愉しい?」

正好「愉しいわけがない。僕等はいつも命懸けなんですよ。万が一にも、ものに負けて殺されるかもしれないと思えば恐怖は感じます。ただ僕等には使命があります。人を守らなくてはいけないのです。その立場を誇りに思います。ジャナンとして戦うことは自分にとっても意味があることなのです。だから僕は「もの」を殲滅することに命を懸けている。」

翔「愉しいとは思いません。やっぱり戦うことは怖いです。でも、嬉しいと感じることもあります。人をひとり助けられたとき。人を助けることが僕等の仕事でしょう。仕事をやり遂げたという気持ちになれることが幸せ。人が悲しい想いをする必要がなくなったときです。」

利里「わたしは愉しいわ。ジャナンスーツを与えられたということはおとなに認められた証拠でしょう。認められ、期待されるということは悦ばしいことでしょう。目標を倒したとき、やるべきことをやったときはとても充実した気分になるわ。ジャナンにならないと味わえない優越感があるわ。だから、あたしはジャナンとして、ものと戦うことが愉しいわ。」

葉月「愉しくないふたりはなぜジャナンとして戦い続けるの?」

正好「ジャナンになってやらなければいけないことがあると思うから。目的がなければこんな戦いはしたくない。だけど、僕にはやらなければならないことがあるんだ。それに利里の言う通りやりがいはある。翔の言う通り義務も感じている。少しだけでも、「もの」の犠牲になる人を減らさなくてはいけない。それは僕の使命なんだ。利里のようにそれを愉しいとはとてもじゃないけど。言えないけれど。」

翔「これが僕の仕事だから。おとなもこどもも与えられた仕事をこなさないといけない。そして、それは命を懸けてやらなくてはいけないんだ。誰もが仕事をしなければならない。仕事の結果がそのまま人の評価に繋がるのだから。「もの」だって生きものだからね。それを殺すのはいい気はしない。だけど、人を守るというのは仕事なんだ。与えられた義務をこなした僕は胸を張っていいはずなんだ。」

利里「義務だからやらなければならないなんておかしいじゃない。仕事を投げ出しても命までは奪われないはずよ。あなたはもっと別の理由でジャナンになっているんじゃないの。それを口にしたくないから、もっともらしい言葉を並べているだけじゃないの。ジャナンになることを押し付けられたと思うならここから逃げ出せばいいじゃない。」

翔「逃げ出したいさ。だけど、仕事に命を懸けることがおとなになる為の条件なのだろう。おとなはみんなそうやって生きていることを知っている。やるべきことから逃げ出すのはこどものすることなのだろう。僕だっていつかはこの壁を乗り越えておとなにならなくちゃいけないんだ。やりたくないことから目を逸らしていたのではおとなになれないじゃないか。」

正好「ジャナンになって戦うことが悦びでも、義務でもどちらでもいいんじゃないか。

目標を達成することが肝腎なんだよ。僕等のするべきことは一体でも多くの「もの」を殲滅することなんじゃないかな。」

翔「そりゃ僕だって目標を倒すことが一番重要なことだと分かっている。だけどその為に死んでもいいなんて思っていない。必ず生きて帰りたい。まだ愉しいことはなにも経験してはいないんだ。愉しかったと思える人生をおくれるまで死にたくなんてないよ。」

利里「わたしはまったく逆ね。毎回死んでもいいと思っているわ。

別に死にたいと思っているわけではない。だけど、その程度の覚悟

がないと敵を倒すことが難しいと分かっているからね。あなたはち

ょっと意識が低いんじゃないの。必ず生きて帰れると思っているだ

なんて。死ぬ気で取り組もうという気概がないのよ。」

葉月「あなた達は他のみなもとのことを大切に想っている?」

正好「想っていますよ。利里や翔が危険に晒されるよりは自分がそうなりたいと願います。僕がやらなくてはならないことは人類の命を守ることなんだ。利里や翔やブラックももちろん守らなくてはいけない。僕はもう大切なものを亡くしたんだ。だから命を懸けるのは惜しくない。他の三人の仲間を失ってまた悲しい思いをするのは嫌だからね。」

翔「想っていますよ。僕の命より大事だと思っています。だって助けられたり、助けることが仲間の証でしょう。僕等は影の存在でしょう。誰からも救われることはない。せめて仲間だけは大切にしたいです。」

利里「わたしはあまり興味がないわ。わたしは敵を倒す為に戦場に出るのだもの。仲間を助けるのか、敵を倒すのか選択を迫られたら迷わず敵を倒すことを優先するわ。別に他人のことが嫌いなわけでも無関心なわけでもない。ただ、一番大事な使命を忘れたくないだけ。わたしが死にそうになっても助けて欲しいとは思わない。それぞれの目標の達成を優先するべきだと思うわ。だから、わたしが他のジャナンを見殺しにしても恨まないで頂戴ね。」

葉月「あなたにとってジャナンとはなに?」

正好「力を与えてくれる存在。ひとりではなにも出来なくても僕を支えてくれる存在。正義を貫くための武器。信頼するもの。僕の理想の姿を体現してくれるものだと思っている。ジャナンスーツを纏っているときの自分が理想の自分なのだと思っています。」

翔「運命の出会い。今となってはそれのない生活など考えられない。それを纏っているときが一番心が落ち着くし、勇気が出る。そのときこそが僕の本当の姿なんじゃないかと思える。裸でいるときの僕はきっと仮の姿なんだ。ジャナンスーツのない人生なんてもう考えられない。僕の身体の一部なんだと思う。」

利里「道具。わたしの目標を達成する為に与えられた道具に過ぎないわ。思い入れなんてなにもない。わたしの為にあるもの。世界の為にあるものではないわ。あれはわたしのもの。わたしは目標を叶える為にあれを使いこなしているの。」

 不審であり訝しい。それぞれの声があまりに違った為、みな意識を統一出来たとは思えない。三人は議論を交わしたが一体この研修がなんの役に立ったのかは分からないみたいね。

 

ただ、葉月とケイコは再認識した。正好と翔はジャナンとして適した性格と意識を持っている。利里は危険な思想を持っている。だから、次にものに殺されるのは利里で間違いないだろうと信じていた。

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