Episode 8 命の繋がらない母と

 絆。あたしと誰かを繋いでくれる糸。細くて脆いもの。頼りないけど、あたし達はそれがないと生きていけない。目には見えないもの。手では触れられないもの。だけど、きっとそこにあるもの。細くて長いもの。それの先にはなにがあるのか、誰と繋がっているか分からないもの。手繰り寄せてその先になにかがあって、人がいると分かると安心する。ちゃんと誰かと繋がっているのだって。気が付けば切れていることもしばしば。だけど、悲しくはない。一本の糸が切れていても他にも糸はたくさんあるのだから。きっとその中の一本くらいはどこかに、誰かに繋がっているはずだから。そう期待しないと悲しすぎるでしょう。だからあなたも自信を持って頂戴。あなたと誰かは必ず繋がっていると。


 目に見ない敵。姿が見えないと敵なのか味方なのかも分からない。栃木県宇都宮市にものが現れた。シルバーとイエローはすぐに宇都宮市に辿り着く。クリプジオンのレーダーに表示される場所に、ものの姿は見当たらない。しかし、無数の人や動物の死体が転がっているわ。近くにいるのは間違いないのだがその姿を確認出来ないだけ。それもそのはず。現れた「もの」は無色透明なの。やがて、ものがジャナンの存在に気が付き攻撃を仕掛けてくる。ものはまずはイエローに狙いを定めたようだわ。おそらく利里と「もの」は見えない糸で繋がっていたのでしょう。姿を認識出来ない利里は攻撃どころか身を守ることすら出来るはずがないわ。身体中傷だらけ、血だらけのイエローの姿をクリプジオン本部のモニターで見ていた葉月はケイコに言ったわ。

「これでまたイエローの能力は高くなるわ。もっと貪欲な性格になるでしょう。次のみなもとには見当はついているの?」

ケイコは頷いた。ふたりはもう利里が生贄になると思っているの。そして、それはそれでよいと思っているのよね。


 人の声の持つ力。声を聞くだけでみなもとは英気を増す。瀕死の利里の耳に小さな声が響く。どこかで聞いたような声だけど意識が朦朧としていて想い出すことが出来ない。その声は右だ、左だと指示を出すの。それに従って利里はナイフを振り回す。それが見事にものに命中する。それだけではなく声は利里を励まし、叱咤し、支え続ける。なによりその声色を聞くだけで希望が湧いたわ。クリプジオンで把握しているイエローの稼働限界はすでに超えている。ただ、利里は攻撃があたること、謎の声に励まされることで意思を強く維持し続けたの。諦めたりはしない。

ああ。想い出した。これはあかりの声だ。なるほど、これがマザーシステムというものか。遂には利里の攻撃がものの急所を捉えて殲滅に成功した。

 

利里は「もの」から噴き出す透明な血をたくさん浴びた。だんだん意識が薄れていく。身体を動かすことも困難。だが、心は清々しい。眠るように意識をなくしてその場に倒れ込んでしまった。

 クリプジオン本部でその様子を見ていた葉月はケイコに言った。

「随分とマザーシステムに愛されているようね。」

ケイコは答える。

「珍しいわ。あんなにマザーシステムの声が聴こえるみなもとは。もしかしたらあの子が新しいいのちになるかもしれないわね。」

葉月はイエローの戦闘能力が高くなりすぎていることが気掛かりだったようだわ。今日の戦闘での経験を糧にしてさらに強くなるのだろう。それは決して悦ばしいだけではないの。葉月はケイコに問うた。

「マザーシステムの人格を変える計画は進んでいるの?」

「概ね良好ね。どの人格をマザーにするのかは決められないけど、マザーの設定をリセットするくらいは可能になったわ。」

「そう。近いうちにその技術が必要になるかもしれないわね。あの子は母に依存しすぎる傾向にある。」


離れ離れになりたくない。もっと一緒にいたい。愛ある言の葉が聞こえるから。


利里はクリプジオンのジェット機に乗せられて東京まで帰る。職員が、ジャナンベルトのスイッチを押して利里を元の姿に戻そうとするが利里はそれを拒んだ。今の姿でなければあかりの声を聞くことは出来ないのだから。あかりは利里を労い、優しい言葉をかけ続けてくれる。戦いに勝ったことを褒めてくれるのではない。命を守ったことを称えてくれるのだ。死ななくてよかった。よく生き続けてくれたと喜んでくれる。利里にとってとても有難い言の葉。生きているだけで悦ばれるとは初めてのことではないだろうか。自分の存在を肯定して貰えたような気がする。この世に必要な存在だと認められた気がする。それはとてもとても幸福なことなのではないかしら。

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