Episode 5 異常者

 力のないもの程役に立つ世界。未熟なものが受け容れられる世界。ジャナンの中。おとなには入れない世界。幼いこどもだけが踏み込める世界。こどもは成長する為にジャナンの中に入る。経験と成果を積んでおとなになればそこには入れなくなる。矛盾した世界。

 頭と腰の位置が逆になったような気分。頭は使い物にならずに子宮でものごとを判断するしかない世界。だけど、あたしは憧れた。利里も憧れた。あたし達はジャナンのなんなのか。脳なのか。子宮なのか。自分が自分でなくなる感じ。あたしはその感覚が好き。多分、みんな好き。脳は機能しない。腰を振っているだけでいい。あなたのお父さんもお母さんも腰を振って生きてきたの。


 つまらない嘘。不思議な嘘。解析室に向かう途中、葉月はこれから見せるものは他のみなもと達には知らせていないことだから決して口外しないようにと釘を刺した。しかし、これは嘘であり翔も正好も解析室には連れられているの。それぞれに利里と同じ様に決して口外しないようにと命じられている。なぜおとなはつまらないことで嘘をつくのでしょうね。


ものの強さを示す数値。生きものとしての能力を示す数値。ラクササの毛細血管の中には穢れが充たされており、シルバースーツが浮いている。ジャナンスーツの性能を表示するモニターにはスーツの能力、状態を示す数値が並んでいるが、それは利里が予想していた物理的、科学的なものではなかった。「力強さ」「素直さ」「勢い」「優しさ」など、まるで人間の性格や特徴を示す様な値ばかり。あたしには見慣れたものだったけど、利里は驚いた顔をしている。利里は疑わしいもの、納得の出来ないものを見たときは大きな目を細くするのが癖なのね。疑わしいものを受け容れるのが嫌いだったみたい。今もとても険しい目付きをしていた。そして隣にいる葉月にも聞き取れないような小声で言った。

「バカみたい。」


利里はジャナンスーツの性能が人の性格や特徴を示す様な値であったことが嫌いだったみたい。人の性格や特徴なんて人にも分からない。それが機械に判断出来るはずがない。そんなことを忘れてしまっている、もしくは知らない葉月がバカみたいだと思ったのだ。



葉月の説明よるとジャナンスーツとは命のある生命体なのだという。経験を積めば成長もするし、性格も変わるのだって。その性能を高める一番効果的な方法はスーツを身に纏っている人間の魂を吸収したとき。すなわちみなもとが絶命したときだという。だからこそクリプジオンは常に被験者を探し出し、能力の高い者を操縦者して利用し、運悪く絶命したとしてもジャナンスーツの性能を上げる為に役立ったみなもととして見送るという。   

すなわち町田あかりはジャナンスーツの性能を上げる為の「もの」だったのね。さらに付け加えるとジャナンスーツの性能を引き出すのは精神的に未成熟なものらしいわ。みなもとに少年少女が選ばれるのはそういう理由なの。

「それはわたし達がおとなの生贄だと言うことじゃない。」

 また、小声で利里は呟いたが今度は葉月の耳にも届いたらしい。

「みなもとだけではなくジャナンスーツでさえもわたしにとっては生贄なのよ。もう何百年もかけてジャナンスーツはそうして成長してきたの。」

 利里はイエロースーツの解析結果を見せてくれと要求した。その結果は「欲」と「希望」の値がとても高かった。これはどういう意味なのか。どんな特徴を持ったスーツなのかと利里は問うが、それは説明不可能だと言われてしまう。しかし、それも嘘。「欲」の強いジャナンは攻撃的な性格となる。欲しいものはすべて手に入れたくなるし、望むことをすべて叶えようとする性格であるの。

「希望」の強いジャナンは前向きな性格になる。願いはいつか叶うものだと信じている。そのふたつの特徴を持つジャナンは真に貪欲な性格になるのよ。

 

葉月はさらに利里の知らなかったことを教えてくれた。すべてのジャナンスーツにはマザーシステムが搭載されており、スーツに吸収された魂のひとつがスーツの人格を作っているのだって。それがジャナンスーツの主な性格となるらしい。それはジャナンスーツを身に纏うものに語りかける。戦闘の手助けをする為だけのシステムではない。みなもとに寄り添い、互いの幸せを願う母のようなシステムなのだ。イエロースーツのマザーシステムは現在、町田あかりが務めている。イエロースーツを纏っている間は常にあかりと一緒なのだ。

 


あたしは利里が好きだったからイエロースーツのマザーになりたいと思った。だけど、それは能わない。マザーになれるのはあくまでそのスーツを着て絶命した者だけなのだから。あたしはイエローを身に付けたことがない。だからレッドスーツの中から抜け出せないのよ。翔より利里に興味があったのだけどこればかりはどうしようもないわね。


 イエロースーツが多くのみなもとを犠牲にして存在しているという事実に利里は強いプレッシャーを感じた。今日まで圧力を感じたことなどなかった。自分の目的だけを意識して他人の望みなど気にかけている暇はなかったのだ。

人とは自分と違うもの。関係のないものと思っていた利里には負担が大きい。これまでにイエロースーツはどれほどの人間の魂を吸収していたのかと葉月に問うが、あまりに膨大な数の人間がみなもととして差し出された為、その数は把握していないのだって。そして、それを知る必要はないと言われたわ。

これまで、イエロースーツを纏ってきたすべてのみなもとが、自らこそが適合者だと思っていて生贄になるつもりなどなかった。何十人もの人々の無念がイエロースーツには込められている。その無念を晴らす為にも利里は生き続けなければならないし、例え死ぬのであってもジャナンの肥やしとなるように成長していなければならないと言い付けられた。それだけが吸収されていった者へ敬意を表すことになるのだって。


 ジャナンスーツを身に纏う為には条件があるの。人類を守るという意識があること、サトバとして正常な精神状態であること、「もの」に対して敵意を持つということ。だが、実は利里はすべての条件をクリアしていたわけではない。

利里は人類の平和や平穏というものにさほど興味を抱いていない。葉月や神谷啓、岩城ダイスケのような信念も思想もない。サトバとして正常な精神状態ではないのだ。自己実現にしか興味がない。生きることにも死ぬことにさえも無関心である。両親と再会したいと言う気持ちは間違いない。それが最も優先されるべきことだとも自覚している。ただ、それを果たす前に死んでしまっても仕方がない。自分が死ぬようなことがあれば、その先にある世界にきっと両親もいるということなのだろう。だから命に関心がないのだ。 

それは自分の命に限ったことではない。他人の命にも同じことが言える。町田あかりが死んで悔しい思いをしたのは、あかりがイエロースーツを纏って死んだからだ。自分の身代わりになったからこそ悲しいのだ。もしも、あかりが違う色のスーツを纏って死んだのならこんなに無念にはならなかっただろう。気の毒だった、それくらいしか感じなかっただろう。


そして利里は「もの」に対して敵意を持たない。敵意があれば「もの」の全滅を願うことでしょうね。しかし、利里は両親と再会するまでジャナンとして活動する状況を維持しておきたいので、それを達成するまでは「もの」が現れることは歓迎することなのだ。「もの」がどれだけ多くの人を傷付けようが、殺そうが知ったことではない。ジャナンスーツも「もの」も利里の悲願を達成させるものにすぎないということを覚えておいた方がいいわ。

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