Episode 4 命。「かけるもの」。

一歩。小さな一歩。前に進んでいるか分からない。後ろに向かって歩いているのかもしれない。それでも、みんな一歩は踏み出さなくてはならない。方向は関係ない。

 

優しさ。持っている人は持っていて、持っていない人は持っていない。歩き出す為に力を与えてくれるもの。歩き出すのに邪魔にもなるもの。あたしは持っていない。利里や他の少年少女は持っている。だから進める。だから、その場で蹲る。

 

能力。自分では計り知れないもの。他人にしか認められないもの。持っていると他人が悦ぶもの。だけど、本人にはなんの役に立つのか分からない。なにかの役に立つのかも分からない。なくても困らないもの。あればあるだけ他人に尽くさなくてはならない。邪魔なもの。あたしにはいらないもの。


みなもと。犠牲者。生贄。サナランから町田あかりという少女がクリプジオンに送り込まれた。もちろんジャナンのみなもととしてね。

あかりは利里と同じようにクリプジオンの解析室で裸にされてラクササの毛細血管の中に入れられた。あかりも利里と同じく解析室から男の職員を追い出すことを願った。だけど、その理由は利里とはまったく違う。あかりは利里とは違いとても綺麗な身体をしている。それを見られるのが恥ずかしかっただけだ。女とは不便なものね。綺麗な身体をしていても、傷を負っていてもそれを男には見せたくないと思うの。


解析結果と実践訓練の結果を見て副所長の佐々木ケイコは葉月ナミに伝えた。

「戦闘センスは悪くはない。ただ、みなもととしての能力はあまり高くないわね。危なっかしくて穢れの濃度を上げることも出来ないわ。それに優しさの数値が高すぎるわ。これは戦いの邪魔になるものよ。」

葉月ナミは異なった感想を持ったみたい。

「それでいいの。わたしが欲しかったのは優しさの強いみなもとよ。あの子には出来る限り頑張って貰えればそれでいいわ。生贄としても充分な役割を果たしてくれるでしょう。」

 葉月は青い髪の毛をかき上げながら顔色を変えることなくそう言った。あかりのことを面白くもない存在とでも思っているようだわ。


狂人的、悪魔のような思考。智慧、常に最善の答えを導き出すもの。おもしろくない報告にも、期待が膨らむ報告にも悩むことなくすぐに決断を下す葉月をケイコは素晴らしい上司だと尊敬していた。憧れてもいた。他の人ならこどもの命を危険に晒すわけにはいかないとつまらない判断をするだろう。おとなであってもこどもであっても、己の目的の為には他のものを犠牲にする葉月は、やはり人とは違う思考回路と感情を持っているのだろう。葉月の美しさとは瞳や髪の毛が綺麗に蒼いからだけではない。己の目的の為にはなにものも怖れず、なにものにも媚びない強い心を持っているからだとケイコは妄想していた。そのような強い精神を持ち合わせているから葉月は美しいとケイコは勘違いしていた。


ケイコは事実を葉月に伝えただけである。実はケイコはあかりをみなもとにすることを望んでいた。やはり葉月と一緒で優しいみなもとを求めていたから。一体ジャナンにどんな影響をもたらすのか。ケイコが望むのはあかりにとって最悪の事態である。だが、それがジャナンに大きな影響を与えるのだ。異常者であるケイコがそれを求めないわけがない。


彼女はみなもとの命が重くて大切なものだと知らない。性根は葉月と一緒なの。人の命より優先したいことがあるのだ。まったく大人というものは怖ろしいわ。自分が納得する理由さえあれば、どんなに残酷な仕事もこなすのだから。あたしは大人の理想に振り回された。こどもはみなあたしと同じように大人に鎖で繋がれて苦しい想いをするものじゃないかな。

 

後はあかりの意思に委ねるしかない。サトバを守ろう、「もの」と戦うという意思がなくては戦いに勝つことはもちろんあり得ないし、生贄としても質が悪い。ジャナンスーツを纏って戦う意思があるのかというケイコの問いにあかりは頷いた。頷くとは少し顎を引くだけの簡単な動作であるが、それは強い勇気を持つ者にしか能わない所作なのだ。ついこの間葉月が同じ質問を利里にしたときは、自己実現の念の強い女は大きく首を縦に振った。

あかりは小さく顎を引いただけ。あたしにはなぜ、あかりが欠片の迷いもなく顎を引けたのかは分からない。おとなしくて、控えめな女なのに。だけどよく考えてみれば当たり前のことね。彼女は強い意思を持っていたの。人はいつも理想を背負っている生き物である。あかりが持っていた意思とは、なにかと戦う意気込みではない。自分がなにものなのか、なんの為に生きているのかを知る勇気。あかりは利里と同じで両親と離れ離れになることでサナランに入所した。ただひとつ利里と違うのは、両親に、

「あなたとはもう一緒に暮らしていけない。」

と宣言されたこと。利里は気が付けばひとりになっていたのだが、あかりは両親に見放された日のことを鮮明に覚えている。両親にさえ見放された自分とはなんなのかを知る為にジャナンになると宣言した。あたしや利里とはジャナンになる理由が似ているようで全く違うのね。あたし達と利里は外になにかを求めていた。あかりは自分の中になにかを求めていた。そして、死ぬことをまったく怖れていなかった。死んだとしても、それがあかりの運命なのだと受け容れる心構えは出来ていた。


 利里のジャナンベルトが研究・解析の為だとクリプジオンに回収された翌日、「もの」が発見される。利里は急いでクリプジオンにベルトを取り戻しに行くが、クリプジオンから出動するイエロージャナンの姿を目にした。なぜ自分以外の他人がイエロースーツを纏っているのか。一体誰が装着しているのかと葉月を激しく問い詰めると、町田あかりだと言う。

 優しい女。暴力にむいていない女。血を見ることが苦手な女の戦い。利里とあかりはサナランにいるときから仲がよかった。あかりはとても穏やかで優しい少女だったわ。あかりが戦闘にむいているわけがない。「もの」が現れたのはクリプジオンからすぐ近くだ。利里はあかりを止める為に走り出した。首をもがれた男の死体の横に原動機付き自転車が置いてあった。それに乗って利里は戦いの現場まで駆けつけたわ。


「もの」は攻撃力に特化したタイプ。身を守るよりジャナンを傷付ける能力に優れている。腕が四本生えていてそれぞれの手には刃物を握っていた。その「もの」と懸命に戦うあかりは利里に気が付いた。「もの」は本能的にあかりより利里を殺すべきだと察知した。「もの」が利里に飛びかかろうとするのを防ぐ為にあかりは負傷し、そのまま心臓を貫かれて死んでしまった。あたしの目の前で起きた事実だけを話せばたったそれだけのことなの。あかりは死んでしまった。それだけのこと。あかりは身体の痛みなど感じていなかったわ。痛かったのは心。利里の表情を曇らせてしまう自分を責めた。このスーツは利里のものだと知っていた。それを無理やり借りて戦いの場に出たことを申し訳ないと感じていた。おそらく利里が戦っていれば「もの」に勝てたのだろう。力不足な自分がイエロースーツを扱うことでスーツに必要のない傷を付けてしまった。なにより、立ち入ってはいけない利里の聖域を犯したことが申し訳ない。死に際あかりは、利里に「ごめんなさい。」とだけ呟いた。あたしにはその言葉の意味がよく分かった。あたしが弟を亡くしたときも彼はあかりと同じ言葉を口にした。人生の最後に「ごめんなさい。」と言わなければならないあかりの人生とはなんなのだろう。「ごめんなさい。」と言われた利里はなんだったのでしょうね。


怒り。逆襲。利里はあかりの手首からベルトを取り外し、自らの手首に巻いてジャナンに変身して「もの」を殲滅した。利里が怒ればとても強い力を発揮する。それは他のみなもとにはない特徴。おそらく他のジャナンではもっと苦戦したことだろう。


利里は走ってクリプジオンに戻って、なぜあかりをジャナンにさせたのかと葉月にくらいついた。葉月はあかりに戦う能力があると判断したから出動させた。しかし、力が及ばなかっただけ。力のないものが死ぬのは仕方のないことだと言い切ったわ。利里は、今後自分以外のものにイエロースーツを渡さないでくれと要求するが、それは出来ない約束だと突き放されてしまったわ。納得がいかない。イエロースーツを着て危険を冒すのは自分の役割だと思い込んでいた。自分は欲求を満たす為にイエロースーツを利用する。だから、イエロースーツの果たすべき役割の為に危険を冒して戦うのは自分ひとりしかいないと思っていたのに。


傀儡を操る糸。責任をとるという行為。利里にとって、ジャナンは利里の個人的な願いを叶える為の道具なのだ。それを誰にも奪われたくない。クリプジオンに操られる傀儡は自分ひとりでいいのだ。ジャナンを傀儡のように自分ひとりで操りたいのよ。今日「もの」と戦って死ぬのはあかりではなく自分が相応しかったのだ。

利里は自分のことを責任感のある女だと思っていたようだけど、利里の持つ感情は責任感とは言わないのよね。おとなの目にはただの我儘だと映るの。責任をとる行動とはもっと地味で地道な行動の積み重ねのことを言うのだから。


 ジャナンへの知識。理解。葉月は利里に解析室までついて来いと言う。もっと深くジャナンスーツについて教えてやると言うのだ。

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