第8話 『好き』が同じなわけがない。

 『兄さんになら襲われてもいいです』


その言葉に、俺の顔まで熱を帯びていくのを感じた。一体何を言い出すのかと思えば、襲われてもいいと宣ったのだ。玲華は顔を真っ赤にして、潤んだ瞳でじっと見つめてくる。俺は残り少ない理性を振り絞って首を横に振り、平静を装った。


「あのなぁ……。俺たち兄妹なんだぞ。さっきのは冗談だし、間違ってもそんな気起こさねーよ」

「でも、ドキドキしてるんですよね。私の事、異性として意識してるってことじゃないんですか?」

「そりゃ少しは意識してるけど……。大体、襲われていいなんて軽々しく口にするなよ。そういうのは好きな人と恋人になってから考えろ」

「か、軽々しく言ったつもりはないですっ……。それに、好きな人にしかこんなこと言わないもん……」


 玲華の声がどんどん小さくなっていき、最後の方は聞き取れなくなってしまった。しかし、俺の腕の中でモジモジとしながら恥ずかしそうにしている姿を見ると、何を言っていたかはなんとなく想像がつく。


「はあ……。一応聞くけど、俺のどこがいいんだよ」

「えっと……優しくて、頼りになるところです」

「それだけか。なら他を当たった方がいいぞ」

「それだけじゃないですっ。顔もタイプですし、声もかっこいいし、男性らしい匂いも好きです。それに、この筋肉質な腕も……」

「も、もういい。分かったからこれ以上言うな」


 恥ずかしくて聞いてられないので、玲華の口を手で塞いだ。すると彼女は嬉しそうに目を細めて、俺の手に擦り寄ってくる。まるで子犬をあやしているようだ。


「その……兄さんは私のこと、どう思ってるんですか?正直に話して欲しいです」

「どう思ってるって……。まあ、顔はすげー可愛いし、頭も性格も良いし……非を探す方が難しいなって思うよ」

「むぅ、なんだか嘘っぽいです。もっと正直に話してください」

「……体つきがエロくて、俺が兄じゃなきゃ今頃襲ってたと思います」

「ふぇっ……!?」


 玲華は一瞬だけ固まってから、俺の身体を押し退けるようにして離れて、自分の胸を腕で隠した。


「兄さんのえっち……。よくそれで他人に痴女とか言えますよね」

「それはさっき謝っただろ。確かに自分を棚に上げたなとは思ってるけど」

「もう……。というか、大事なことが聞けてないです。私の印象じゃなくて、好きかどうかを答えて欲しいのに……」


 玲華は真剣な眼差しでこちらを見据えてくる。彼女のことは好きだ。だが、それはあくまで女性としてではない。なぜなら、義理とはいえ俺たちは兄妹なのだから。


「……好きだよ。でも、妹としてだ」

「私も好きです。兄じゃなくて、男性としてお慕いしてます」

「そっか……。好きでいてくれるのは嬉しいけど、やっぱりその気持ちには応えられない。ごめんな」

「うん……そうですよね。分かってました。こうなるって分かってたのに、なんでこんなに苦しくなっちゃうんですかね……」


 玲華は涙を浮かべながらも健気に微笑んできた。俺は嗚咽を漏らす泣き虫な妹をそっと抱き締めながらも、心が痛くなるのを感じていた。

 玲華は俺のことを好いてくれているらしい。それも異性として。俺が兄でなければ、きっと玲華と付き合っていただろう。それほどまでに魅力的な女の子だ。

 でも、俺が兄である以上、彼女と結ばれることはない。それが例え、彼女が望んだことだったとしても。

 玲華が泣き止んで落ち着きを取り戻すまで、俺は背中を摩ってやることしかできなかった。


「すみません、取り乱してしまって……」

「大丈夫だよ。落ち着いたみたいで良かった」

「はい……」


 玲華はまだどこか悲しげな様子だったが、なんとか笑みを浮かべてくれた。


「本当にごめんな、俺のせいで何度も泣かせちまって」

「ううん、兄さんが謝ることじゃないですよ。それに私、まだ諦めてませんから……」

「えっ?それってどういう……」

「兄さんの胃袋はもう掴みましたし、ちゃんと私に性的な魅力を感じてくれているのも分かりました。なので、もうひと押しでいけそうかと!」


 いけそうかと!ではない。諦めるどころか、これまでの家事分担も計画の一部であったと思うと末恐ろしく感じる。これは生半可な覚悟では太刀打ち出来なさそうだ……。


「私の事、ぜったい好きにさせてみせるので、首を洗って待っていてください!」

「はは……。そっか、肝に銘じておくよ」


 そう宣言して、玲華はまたいつものような明るい笑顔を浮かべて俺の胸元に抱き着いてくる。やはり、玲華には笑顔がよく似合う。愛らしい彼女の茶髪を撫でながら、俺たちはゆっくりと眠りについたのだった。

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