第7話 密着されても動じるわけがない。

12時を過ぎた頃、部屋の扉がノックされる音に気付いた。ドアを開けて出迎えると、そこにはパジャマ姿の玲華が枕を持って立っていた。


「兄さん、約束通り来ちゃいました」

「本当に寝に来たのかよ……。はあ、言っとくが本当に何もしないからな。変な期待するなよ」

「き、期待なんかしてないですよっ!もう……兄さんこそ、妹を襲わないように気を付けてくださいね」


 玲華は顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。自分で言っておいて恥ずかしくなったのだろう。そのまま部屋に入ると、玲華は俺の部屋を見渡して遠慮しつつもベッドに座った。

 玲華は持ってきた枕を敷いて、電気を消してから一緒にベッドで横になる。シングルベッドなのだが、意外と二人で寝ていても圧迫感はなかった。


「ふふっ。なんだかドキドキしちゃいますね」

「ドキドキなんかしねーよ。ほら、学生なんだからさっさと寝ろよ」

「むぅ……。分かりましたよ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 俺は玲華に背を向けたまま挨拶を交わしたが、背中越しに彼女の温もりを感じて妙に緊張してしまった。


「……兄さんの背中、ごつごつしてておっきいです。あの、ぎゅってしてもいいですか?」

「だめだ。いいから寝ろって」

「抱きつかないとベッドから落ちそうだから言ってるんです。べつにやましい気持ちとかないですけど、仕方なくですよ?」

「はあ……。もうお前の好きにしろよ」

「えへへ、やった」


 玲華は小さく呟いて、背後から優しく抱きついてきた。柔らかな胸が押し付けられて、思わずドキッとしてしまう。


「兄さん、あったかいです」

「そりゃどうも。てか抱きつき過ぎだって……」

「そうですか?このくらい許容してくれなきゃ困ります」

「はいはい……」


 玲華は俺の背中に顔を近づけたまま深呼吸をして、すぅっと息を吸う音が聞こえてくる。そして妙に色気のある吐息を漏らすのだった。


「すんすん……。なんだかいい匂いがします。この匂い好きだなぁ」

「嗅ぐなって。恥ずかしいだろ」

「いいじゃないですか。せっかくの二人っきりですし、私だってたまには甘えたいんです」


 玲華は俺の身体に回している腕に力を込めて、さらに密着してくる。柔らかいバストの感触がより強く感じられ、バニラエッセンスに似た玲華の甘い匂いが鼻腔を満たしていく。


「おい、くっつき過ぎだ……」

「ふふっ。照れてるんですか?」

「そんな訳ないだろ。さっきから胸を押し付けやがって、痴女かお前は」

「ふぇっ……」


 動揺を隠すために語気を少し強めてしまった。すると彼女は絡めていた腕を引いて、ベッドが許すギリギリまで俺から離れてしまった。


「そ、そうですよね。こんなはしたない妹、痴女みたいで気持ち悪いですよね。調子に乗ってごめんなさい……」

「ああいや、そこまで言うつもりはなかったんだが……」

「睡眠の邪魔をしてしまってごめんなさい。兄さんが嫌なら、自分の部屋に戻りますね。それじゃ……」

「お、おい。待てって」


 枕を持ってベッドから離れようとする玲華を、俺は思わず腕を掴んで引き留めてしまった。


「なにするんですか。離してください」

「ちょっと待て、とりあえず謝らせてくれよ。さっきのは言い過ぎた。本当にごめんな」

「謝らなくていいです。兄さんがくっつかれて嫌がってることくらい、分かってますから。気を悪くさせてしまってすみませ……ん、ひゃっ!?」


 言い終わる前に、俺は強引に彼女の腕を引いて胸元へと抱き寄せた。そして、彼女を抱いたまま横になる。


「んぅ……。な、なにするんですかぁ……!」

「いいから落ち着けって。ほら、これだけ近いと聞こえるだろ」

「聞こえるって、何がですか……あっ」


 玲華は俺の胸元に顔を近付けて、早いペースの心音に耳を澄ませた。すると、彼女はようやく理解してくれたようで、上目遣いのままこちらを見あげてくる。


「……兄さんの心臓、すごく鳴ってます。ドキドキしてくれてたんですね」

「そうだよ。だからその……痴女って言ったのは照れ隠しだ。お前相手にドキドキしてるって気付かれたくなかったんだよ……」

「ふふっ、嬉しいです。私の事、やっと異性として見てくれたんですね」


 玲華はまた胸に顔を埋めて、今度は頬擦りを始めた。シャワー後なのだろうか、頭を動かす度にゆるふわの茶髪からいい香りが漂ってくる。


「はぁ……。玲華、やっぱり近過ぎるって」

「いいじゃないですか。兄さんだって、ドキドキしてくれてますし」

「そうじゃなくてだな……。これでも凄い我慢してんだよ。これ以上したら、襲っちまうぞ」


 腕に力を込めて抱きしめながら冗談半分でそう言うと、余裕そうな玲華の表情がみるみるうちに赤くなっていく。そして、しばらく考え込むフリを見せてから彼女は口を開いた。


「……兄さんになら、襲われてもいいです」

「は?」

「ですから、兄さんにならその、いいかなって……」

「なっ……!?」

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