第21話「偶然の再会」

「とうちゃーく!」


 高く聳え立つアッシェンドレ山脈、その地下を貫くアッシェンドレ回廊を抜けて、ようやくたどり着いた。


 ここまで随分と時間をかけた気がする。


「ガーターレスとあんまり変わらないね」


 到着して町並みを見た、最初の感想がそれだった。


「ここも鉱山都市であることに変わりはないからね。でも、ここではあまりその話題を口にしない方がいいよ?」


「どうして?」


「同じアッシンドレ山脈から出土する鉱脈を巡って、争ってるからね。基本は仲が悪いんだよ」


「ゲームなのに、なんでそんなリアリティがあるんだろう……」


 もう少し夢見れる世界にしてもよかったんじゃ……。


「とりあえず、早く宿を取ろう?」


「だね。私も休みたいし」


 安全地帯にたどり着いて気を抜いたせいか、一気に疲れが襲ってくる。

 あれだけの連戦を繰り返したのだから当然か。


 そうして足を早めた私たちは、一番近くにあった宿舎を押さえて、落ち着いた。


「……あ、そうだエン。言っておかなくちゃいけないことがあるんだけど」


「なに? どうしたの?」


「明日から来週の金曜日まで、ちょっとここに来るのを控えようかなって……」


「なんでっ!?」


 私が要件を言い終わる前に、エンが詰め寄ってくる。


「ちょっ、近い……」


「なんで! なんで⁉」


「とりあえず落ち着いて!」


 両肩を押さえて、元の椅子に座らせる。


「……来週試験があるの。だから勉強しないと。流石にゲームしてる時間はないかな?」


「……そうなの?」


「それに、もし試験で赤点なんて取っちゃったら、ここに来れなくなっちゃうかもしれないし……」


 まぁ赤点なんて取ることはないだろうけど。


「それはやだ……」


「だからちゃんとここに戻ってくるために、勉強しなくちゃいけないの。だから、ね?」


「……うん、分かった」


 納得は出来ていないけど、理解はしたという表情のエン。


「でも……だったら、パミクルテまでは行こう?」


「パミクルテ?」


「第二層へと続く階段を上るために、最後に立ち塞がるボスモンスターが控える迷宮。その直前にある、第一層最後の街」


「……もうそんなところに来てるんだ」


 草原や森をひたすら歩いて、洞窟を駆け回って、ようやくここまでやってきたんだという実感が、ようやく襲ってくる。


「ちょっと待ってね」


 立ち上がったエンが、窓から顔を出して右から左へと首を振る。


「あっ、あった。来て来て」


「?」


 エンと同じように窓から身を乗り出して、エンの指さす方を眺める。


「ほら、向こうにうっすらと高―い建物が見えるの分かるかな?」


「うん、見えるね」


「あれが第一層最後の迷宮。あそこを登っていった先に、第一層のボスが待ち構えてる。国家らだと見えないけど、その手前にパミクルテがあるんだよ」


「ちなみにここからどれくらいの距離があるの?」


「大体三十キロくらいかな?」


「またそんなに……」


 車も自転車もない世界で、なんでそんなに人を歩かせようと思ったのか。


「そうなると平日は難しいし……土曜日ならまだセーフ?」


 試験は火曜日から三日間。明日からの放課後と日曜日、それに試験前で午後休になる月曜日にしっかり勉強すれば、何の問題もないだろう。


 もっとも日ごろからちゃんと勉強してるから、そんな一夜漬けみたいなことをしなくても、試験範囲を改めて復習する程度で十分だけれど。


「三日後かぁ……それまでお姉さんと会えないんだ……」


「まぁまぁ、三日なんてあっという間だから」


「うん……」


 そうしてエンをなだめて、今日の所はログアウトした。



     *



「おかえりー!」


「うわっと」


 三日後、久しぶりにSLOにログインすると、エンが飛び込んでくる。


「待ってたよ!」


「うん、久しぶり」


「それじゃあ早速行こう!」


「待った待った、逸る気持ちは分かるけど、準備をさせて、ね?」


「はぁい」


 彼にとっては待ちに待った日がやってきたのだから、テンションが高いのも仕方ない。


 そういうところは年相応の子供みたいで、ほっこりする。


「……ん、よし」


 三日ぶりのゲーム、自身の感覚と手持ちを検める。

 感覚は、現実世界と何一つ変わらない。手持ちのものも三日前と何も変わらない。


 準備は万端。


「それじゃあ行こう、エン」


「うんっ!」


 エンが私の手を引っ張って、部屋を後にする。

 そのまま街の外へ出て、平らに舗装された地面を歩いていく。


「そういえば、勉強はどうなの?」


「おかげさまで、集中できてるよ。今のところ順調かな」


「む~……」


「え、なんで膨れ顔?」


「なんだかフクザツ……」


「複雑?」


「だって三日間だよ? その間お姉さんはこの世界のことを、ボクのことを忘れて別のことしてたんだよ?」


「別に忘れてたわけじゃないけど」


「そうだけどー……」


「はいはい。寂しかったんだね」


「むー……」


 頭を撫でて、宥める。


「それで、このまままっすぐこの道を行けばいいの?」


「ううん。そろそろかな」


「そろそろ?」


 ふいにエンが道を外れて、草原の方へと歩いていく。


「え、ちょっとエン? 道を外れてるけど……」


「こっちでいいんだよ」


「……?」


 手招きを受けて、私も草原の中へと入っていく。


「あの道をまっすぐ進むと、パミクルテに至る一つ前の街に出るんだけど、そうすると遠回りなんだ」


「遠回り?」


「ここまでくると、直接パミクルテに行っちゃう方が楽なんだよね。あっちの街に寄る理由もあんまりないしね」


「ふーん?」


「問題があるとすれば、モンスターとの遭遇率が高くなるってことかな?」


「その程度なら、気にする必要はないかな」


 戦うことについては、特に抵抗はない。


「どっちかというと、距離の方が問題だけど」


 ただ、何度でも言おう。三十キロも歩かせるのは頭がおかしいって。


「お遍路じゃないんだからさぁ……」


「文句ばっかりだね」


「むしろこれくらいの文句で済ませてるだけいいって思うんだけど?」


「さ、早く先に進もう?」


「はいはい」



     *



「そっちに行った!」


「見えてるよ!」


 前後から、敵を挟撃する。


「ウィンドスピア!」


 左右に逃げられないよう、牽制を放つ。逃げ道を一直線に絞ってしまえば、


「これで最後!」


 あとはエンがトドメを刺す。いわば、追い込み漁の要領だ。


「これで五匹目。それにしてもスペリオル・リザード、名前の通り狡猾なトカゲね……」


 草原に隠れ、音もなくこちらに近づいて噛みついて毒を流し込んでくるトカゲ。


 現実世界のトカゲと同じように身体が小さくて逃げ足が早い上に、一撃離脱戦法を是としているから退き際の見極めも上手く、仕留めるのに一苦労。


 私もそんな極小のモンスターがいるとは思わなくて油断していた。エンが気づいてくれなかったら、毒にやられていたかもしれない。


 パラジバタフの時と同じミスをするところだった、ちゃんと反省しないと。


「一匹一匹相手にしてたらキリが無い……」


「でも多分、まだそこらじゅうにうじゃうじゃといるよ」


「…………」


 そんな数を相手にしていたら、日が暮れる。


「有効な対処法ってある?」


「この辺一体全部焼き払うことかな?」


「乱暴なやり方だけど、確かに有効ね……」


 ただ、火属性を持たない私たちではその戦法を取ることはできない。


「一応他の手段がないではないかな」


「実現可能な方法?」


「うん」


「じゃあそれをやろう」


 私たちの目的はあくまでパミクルテに到着すること。ここでスペリオル・リザードと対峙していてもしょうがない。


「オッケー。じゃあ、ちょっと失礼……」


「へ? ちょ、ちょっと!?」


 エンが私の後ろに回ったと思ったら、軽々と私の身体が持ち上げられる。


「しっかり掴まっててね」


「もしかして……ひっ!」


 グンッと、身体が持ち上げられる感覚が襲ってくる。

 つまりエンの言う他の手立てとは、前にも味わった逆バンジー。


「ひゃあああああぁぁぁぁぁ!?」


「そんなに怖いの?」


「怖いに決まってるでしょ!」


「そうかなぁ。でもお姉さんも飛んだり跳ねたりしてるよね?」


「自分の力で跳ぶのと他人に身を委ねて跳ぶのとは訳が違うの!」


「でもほら、あっち見てみて」


「あっち……? ……あ」


 エンが顔を向けるほう、向こうのほうにうっすらと街並みが見える。


「あれは……」


「パミクルテ。ボクたちが目指してる街。だいぶん近づいたでしょ?」


「確かに……」


 スニューウにいた時にはまだうっすら見えていた、第一層最後の迷宮も、今はハッキリと見えてきた。


 目指すべき場所を目視できるというのは、やる気にも繋がる。


「そろそろ降下するよー」


「え? うわぁあぁぁあああああ!?」


 でも、それとこれとは話が別。


 この逆バンジーが怖いという気持ちを拭い去るのは絶対にムリ!



     *



「はぁ……はぁ……」


「そんなに怖かった?」


「怖いに……決まってるでしょ……」


 そんな情けない感想しか呟けない。


「正直お姉さんも飛び跳ねたりしてるし、これくらいは大丈夫だと思うんだけどなぁ」


「さっきも言ったでしょ……自分で跳ぶのと他人に飛ばされるのは違うって……」


 自分一人で飛び跳ねる場合は着地のこととかある程度想定してる。でもそれらも全て他者に委ねるとなると、話は別。


 そもそも私の場合は、跳べるといっても4〜5メートルが限界。でもエンの逆バンジーはその4倍はゆうに飛んでるから、恐怖心の方が勝ってしまう。


 どちらかといえば、エンが高所平気症なんだろうという気がする。


「立てる? そろそろ行こう?」


「う、うん」


 差し出された手を取って、立ち上がる。


 恐怖の逆バンジーのおかげで、ボヤけて見えていたパミクルテは大分近くなっている。


 あと一時間も歩けば到着できるだろう距離。しかも時間の短縮にも成功している。


「これなら、泊まる場所さえ決めたら街を回ることもできそう……?」


「いいね、やったー」


「やることをやってからね?」


「分かってるって」


 そうして再び歩き出した私たちは、途中でパミクルテに続く道に出て、あとは道なりに歩いて行く。


 小一時間くらい歩いて、ようやく街の門をくぐる。


「改めて、ここが第一層最後にして最大の街、パミクルテ。第二層へ続く迷宮へ挑む人たちの、最後の安息の地だよ」


「なるほど、これは確かにすごい……」


 上空で見た時にも思ったけれど、街の規模がこれまで通ってきた場所とは全然違う。建物の数も大きさも、道を通る人の数も、圧倒的。


 これはもう街というより、一つの都市だ。


「そして私たちが目指すべきは、あの天へと続く塔ってことね?」


「そう。あの迷宮の攻略が必要になる」


「なるほど……」


 一筋縄ではいかないだろう、そんな予感が身体を駆け巡る。


 でもそれは、戦いの前の高揚、武者震いと同じ。


「……まずは宿を探して、あの迷宮の情報収集がてら、街を回ろっか」


「はーい」


 はやる気持ちを抑えて、冷静にやることを判断する。


 情報収集を疎かにして戦いに勝つことはできない。まずは準備を整えることから始めないといけない。


「さてと、どこの宿がいいかな」


「そうだね……ボクの知ってるオススメでもいいなら」


「ここから近い?」


「すぐそばだよ。ただ、ちょっとお金がかかっちゃうかな」


「一週間以上は抑えないとだから、手持ちの問題がなければそれでもいいけど、どう?」


「ちょっと待ってね……うん、大丈夫だと思う。いざという時、ボクは手持ちがたくさんあるしね」


「じゃあそこにしよう」


 エンが紹介してくれた宿——というより最早ホテルとだったけれど——を抑えて、早速街へと繰り出す。


「お腹すいたぁ……」


「はいはい、まずはカフェにでも行こう」


「やったー」


「それじゃあどこに——」


「……桃華?」


 背中から、私の名前を呼ばれた気がした。

 気のせいだろうと思いつつも、振り返る。


 するとそこにいたのは、青色のショートヘアーの少女。左側に、ヘアピンを付けている。


 その後ろには、20人近い集団がいる。

 共通することは、皆驚いたような顔をして私を見ていること。


「お姉さんの知り合い?」


「い、や……」


 この人たちと会ったことはない。はずなのに、なぜか見覚えがある。


 ショートヘアーに、トレードマークのヘアピン。それはまるで……。


「私、かぐやだよ」


「かぐや……。……かぐやって、まさか」


 自分の顔から、血の気が引いていくのを感じた。


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