第20話「苛立ち」

「はぁ……はぁ……」


「大丈夫?」


「うん……ようやく落ち着いてきた……」


 回廊を抜け出して、モンスターが追ってこれないようさらに10分は走り続けて。

 前後に差し迫った脅威がないことを確認して、ようやく落ち着いた。


「回廊の中にいるモンスターは洞窟からは出てこないって言ったのに」


「エンの言ったことを疑ってるわけじゃないけど……気分の問題」


 さっきの連中が本当に洞窟から出てこないか、また囲まれたりしないか。

 そういう不安はどうしても拭い去れるものではないから。


「それにしても、情けない……」


「情けないって?」


「だって……」


 モンスターたちと対峙しようとしていた時には自信満々だったくせに、結局こんな苦戦して、ボロボロ。


「エンは息も上がってないし……」


 あれだけの戦闘の後だというのに、息一つあげずケロッとしてる。

 それなりに体力トレーニングを積んでいるつもりだったのに、こんなにもダメダメだと心が折れそう。


 もちろんここはゲームで、身体能力にもステータスが関係してるから、現実での体力づくりが全てというわけではないけれど。


「せめて剣が使えれば、こんな苦戦しなくて済むのに……」


「お姉さんって、そればっかりだよね」


「そればっかり?」


「どんな戦いでも、その後に必ず『剣があれば』って言ってる気がする。そんなに納得いってないの?」


「そういうわけじゃ、ないけど……」


「今回はあのモンスターの群れを突破して回廊を出ることが目的だったんだから、達成できてることに満足するべきだって思うな」


「…………」


「どうかしたの?」


「エンって、たまにおじいちゃん師範と似たようなことを言うから」


「そうなの?」


「うん。今の言葉も、ついこないだ言われたばかりの言葉とそっくり」


 前にも思ったけど、エンの思考回路ってお父さんやおじいちゃんによく似てる。


 奇縁、と言うべきだろうな。


「似ているかどうかはともかく、勝つためにはどんな手段でも用いるべきだってボクは思うけど。お姉さんは違うの?」


「私も考え方は同じだけど。それはそれとして、剣で戦うことに誇りがあるから」


 ずっと道場で、剣で戦ってきたから。どうしても剣に拘ってしまう。


 それがおじいちゃんたちの言う、視野の狭さに繋がっているのかもしれないけれど。


「——!」


 ふいに、影が射す。

 見上げれば左右の崖の上に、巨躯が三体いる。


「どうやら話はおしまいみたいだね」


「休憩もね」


 飛び降りて地面を揺らす三体の巨躯に、こちらも立ち上がって相対する。


「セミ・オグルが三体」


「さっきのと同じ、豚のバケモノたち、か」


 しかしよく見れば、それぞれ手にしている剣が違う。


 大剣であることには変わりはないが、幅の広狭の差や、両刃刀か片刃刀か、切っ先の様相など、様々に違っている。


「セミ・オグルは、自身に合った剣を選ぶって言われてるけど、本当みたいだね」 


 確かに剣士は自身に合った剣を選ぶし、剣もまた使われる剣士を選ぶ。


 でも奴らは剣士でも何でもない、ただの豚。

 自身を剣士だと自負しているのか、勘違いしているのか。


「豚のくせに得物を選りすぐるなんて、……生意気」


 剣の声を聞くこともできない獣共が。

 そういう輩は見るに堪えない。


「たかだか豚のバケモノ三匹、私たちの前に立ちはだかるなら振り払うまで」


「お姉さん……?」


「先に行くよ」


「え? う、うん」


 小細工なしで、一直線に駆けていく。目指すべきは、真ん中にいる奴。


 その動きを見た豚たちは、同じように剣を振り上げる。上段の構え。

 所詮は豚、ワンパターンな奴らだ。


 剣の刀身はどれも約三メートル。私がその間合いに入るや否や、剣を振り下ろす。


「遅いっ!」


 その程度の剣速で、上段の構えなんて笑わせてくれる。

 何もかもすべてが、隙だらけ。


「ウィンドパルマストライク」


 剣が私の身体を切り裂くより早く、風を纏った魔法が敵の身体を捉える。


 勢いに任せたその一撃は、そのまま敵を地面へと押し倒す。


 しかしこの一撃で倒れるような敵ではないことは、さっきの回廊の戦いで理解している。


「上っ!」


 エンが声を張り上げる。左右にいる豚共が、私の頭上から剣を振り下ろそうとしている。


「だから遅い!」


 コンマ数秒もあれば、飛んで躱すのには十分すぎる。


 そして私が避けるということは、その下にいるもう一匹に剣が振り下ろされるのと同義。


 こいつらに、直前で剣を止めるような技量はない。

 つまり私の狙いは最初から、同士討ち。


 左右から剣を振り下ろされた豚のバケモノが、悲鳴のような声を上げながら光の粒となって散っていく。


 自分たちの手で、自分たちの同族を手にかけた。

 豚共でもそういう感性が存在しているのか、一瞬の狼狽えを見せる。


 その隙を、逃さない。


 再び風を手に纏って、一匹をその場から押し出して、分断する。


 こちらは一人なのだから、連携でもされたら面倒だ。尤も、さっきの狼狽えぶりを見るに、こいつらに連携を取る力量はないだろうけど。


 当然敵も、ただやられているわけではない。手にした剣を振るって、私を捉えようと必死だ。


「その程度の剣戟で私を倒そうなんて……」


 だが、私の目には遅すぎる。


「百年早いっ!!」


 己が筋力に任せた雑な大振り、確かに当たれば脅威なのだろう。

 でも、それは当たればの話だ。そんな大振りの、雑な剣で私を捉えられるはずがない。


 そんなものは目障りだ。


「……さっさと消えてしまえばいい」


 疎かになっている足に一撃。それによってバランスを崩して倒れ込む豚の、無防備になった背中にもう一撃。


 いくら相手がゲームのモンスターだからと言って、いたぶって弄ぶ趣味はない。

 故にできる限り素早くその命を刈り取ることが、せめてもの情け。


 泣き叫ぶような呻き声と共に、光の粒となって消えていくことを確認して。


「あと一匹——」


「は、もうボクが倒したよ」


 そう呟くエンの後方で、最後の一匹が光の粒となって消えていく。


「流石」


 纏っていた威武を解いて、エンの元へ。


「お姉さん、なんであんなにイライラしてたの?」


「……やっぱり、そう見えた?」


「うん」


「そっか……」


 そんなに分かりやすく激情が出ていたなんて、反省しなくちゃ。


 実際態度にも表れていたと思う。いつもはしない強引な攻め、体勢が崩れても気にしない、精細さを欠いた戦い。


 いつもならすぐに修正する歪みを、気にも留めずに戦っていた。

 そんな風に、イライラしている原因は分かりきっている。


「私は剣を握れないで苦しんでいるのに、あの豚のバケモノたちは好き勝手に剣を振るうことが出来る。なのにその剣は粗野で、それが私に当て付けているように見えて……」


 そんな感情は、ただの嫉妬だ。そんなことは分かってる。 

 分かってるのに、自分の胸の中で渦巻く感情を抑えきれなかった。


「剣士は、もっと自分を確かに、何事にも動じないで、平静でいなくちゃいけないのに……」


 最近の私は、それが出来ていない。できなくなってる気がする……。

 理想と現実の狭間で、もがき苦しんでいる。それが、今の私。


「ごめんなさい。こんな弱音を吐いて」


「お姉さん……」


「さ、日が暮れる前に行こう?」


 目的地、スニューウまではあと少し。


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