第19話「強行突破」

「おかえりっ」


 サトレイニアの宿にログインすると、エンが待っていた。


「もう調子は大丈夫?」


「うん。ぐっすり寝たから」


「ならよかった」


「…………」


「どうかした?」


「お姉さん、何かあった?」


「うん? どういうこと?」


「なんだか普段より沈んでる感じだったから」


「沈んでる?」


「何か嫌なことがあった、とか?」


「…………」


 思い浮かぶのは、もちろん学校での出来事。


 でもあれは自分の中では整理を付けたし、顔には一切出していないつもりだ。

 なにより学校の出来事はこのゲームには、エンには関係のない私自身の問題。


 こちらに持ち込むつもりは毛頭ない。


「お姉さん?」


「ううん、何でもない。私は大丈夫だよ」


「そう……?」


「だからそんな不安そうな顔をしないで。私は何ともないから」


「そっか……」


「さてと、それじゃあ今日はサトレイニアを出発するんだよね。今日は長くいられないから、早く出発しよう?」


「わかった」


 改めて準備を整えて、サトレイニアを後にする。


「……ねぇ、今更だけど」


「うん?」


「あの柱状節理が復活してる、なんてこと。ないよね……?」


 あれだけ苦戦した柱状節理ともう一度戦えと言われたら、流石に少し怯んでしまう。


「それは大丈夫だよ。ああいうのって、すぐに復活するタイプじゃないからね。前に戦ったカーボンファーグリズリーと同じだよ」


「そっか」


 ちょっとホッとした。


「ごくまれーに現れるんだよね、ああいうタイプは。だからお姉さんはそんなのに二体も当たってるから、運がいいね」


「むしろそれは運が悪い方なんじゃ……?」


 あの巨大グマといい、柱状節理といい、どちらもこのゲームを始めたての人間が相手していい敵じゃない。


 そんなことを考えながらも、段々と柱状節理のいた場所へ近づいていく。


 エンが大丈夫と言っている以上、大丈夫なはずだけど。どうしても緊張してしまう。


 そうして、とうとう件の現場にたどり着いた。

 そこに柱状節理の姿は、もちろんいない。あるのは、昨日私が弔いに置いた花束だけ。


「まだ残ってたんだ」


「でも、もうすぐ消えちゃうだろうね」


「そっか」


 寂しいけれど、仕方ない。


 それにやるべきことは終わったのだから、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。


「行こう」


 真ん中に置かれた花束の左右を通って、昨日まで踏み込めなかった場所へ、一歩踏み出す。


「そういえば、結局お父さんの言ってた攻略法ってなんだったんだろう……」


 ふと気になったことを、小さく呟く。


「攻略法?」


「お父さんが言ってたの。あれを倒す、明確な攻略法があるって」


「攻略法……」


「色々あって、結局教えてもらえなかったけど。なんだったんだろうって」


「うーん……ボクが思い当たるのは一つだけかな?」


「あるの?」


「うん。お姉さんのお父さんの考えとは違うかもしれないけど」


「ちなみにエンの考えは、どういうもの?」


「ウォール=プリズマティークは、こういう洞窟にフタして僕たちを阻むモンスター。でもフタって言うことは、内側と外側があるってことだよね?」


「うん」


「蓋するとき、内側は常に内部からの圧力に耐えられるように設計されている。でも外側からの攻撃には、ほぼ無防備」


「……つまり、外側から叩くことが、あの柱状節理の攻略法」


「そういうこと」


「なるほど……」


「正直内側から崩すのは相当難しんだよ、ウォール=プリズマティークって」


「でしょうね」


 身をもって、それを体験したからよく分かる。


「でも、だから外側から倒すにしても、外側にいる人に連絡を取って、助けを乞わないといけないよね?」


「そう。だから、色々な人との繋がりが大切になる。決して一人では攻略することはできない、この世界はそういう場所だから」


「ん……」


「どうかした?」


「同じことを、お父さんも言ってたから」


「そうなんだ。それにしてもお姉さんのお父さんって、この世界のことに詳しいんだね」


「……まぁね」


「お姉さんが強いのって、お父さんから色々教わってるから? ……いやでも、ウォール=プリズマティークのことは知らなかったし、それ以外にもこの世界のこと色々知らないし……?」


「少なくとも、私はこのゲームについて誰にも何にも教えてもらっていない。強いて言えば、ここに来るための手助けを最初にしてもらっただけかな」


「それなのにあの強さなんだ……。やっぱりお姉さんって、普通じゃないんだね」


「なんかすごく酷い言い様なんだけど」


「むしろ褒めてるよ。こんなに早くここまで来れるなんて思わなかったし。どうやってそれだけの実力を身に付けたのか、すごく気になる」


「その言葉はそっくりそのまま、エンに返したいんだけど」


 私の場合は十年以上の鍛錬と、圧倒的な実力を持った師範がいる。

 これまでの辛く厳しい日々がなかったら、こんな風には戦えていない。


 でもエンは、あの柱状節理のレーザーの雨だってなんなく躱していたし、今のところ大きな怪我もしてない。


 まだそれほど年端もいかないのに、あの戦い方はどうやったら身に付けられるのか。


「うーん、ボクの戦い方はボク流だからなぁ」


「それがおかしいんだってば……」


 誰にも教えを仰がずにここまで来れるのは、ハッキリ言って反則だ。

 私のこれまでの努力はなんだったのかってなる。


「それにボクは、知ってるだけだから」


「知ってる?」


「うん、知ってることをやってるだけ」


「……?」


 どういうことか、その真意を訊ねようとして。


「——お姉さん」


「……分かってる」


 会話は中断。


 なぜならこの先に、私たちを見定める獰猛な視線をいくつも感じだから。


「かなり多い」


「ざっと百体くらい?」


「ちょっとしたモンスターの森ね」


「ウォール=プリズマティークが蓋してたのはボクたちだけじゃなくて、モンスターたちも同様だから」


「なるほど」


 つまり蓋の向こう側で、わんさかモンスターが湧いていたと。


「どうする? 一度退く?」


「まさか。ここは強行突破に決まってるでしょ」


「だよね」


 エンも私も意見が一致して、お互い不敵な笑みを浮かべる。


 ここで退いて何になるというのか。


 以前のクローラビットの時とは違う。

 戦いを回避する方法は無く、突破する以外に先に進む方法が無いのだから、やるしかない。


「今度はボクが先行してもいい?」


「その方が助かるかな。でも敵を全て倒す必要はないからね、程々にいなしていければ十分。それと突っ込みすぎて敵中に孤立しないように」


「分かってる、加減はするよ。お姉さんの方こそ、ついてこれる?」


「当然」


 頷き合って、一斉に駆け出す。エンが先頭、私は後方。


 やがて見えてくる敵、敵、敵。


「邪魔!」


 エンはいつもの短剣を生み出して、敵を斬っていく。


「ウィンドスピア!」


 そんなエンの動きを後方から援護する。

 エンが斬り損なった敵や、背後を狙う敵を魔法で牽制していく。


 突破することが目的だから、敵を倒す必要はない。

 ダメージを与えて怯ませるだけで、目的は達する。


「このまま行くよ!」


「大丈夫、ついて行けるから」


 確かに数は圧倒的、でも私たちの足を止めるだけの力はない。このまま突き進めば抜けられる。


 けれども、そんな理想は奥に見えた巨躯に打ち消される。


「あれは……」


「セミ・オグル」


「セミ・オグル?」


 体調は三メートル強、豚と鬼を足して2で割ったような顔と、デブった出立ち。

 身幅の広い大剣を手にしている。


「オーガって名前の方が、みんなには親しみがあるかも?」


 そう言われても、他の人はいざ知らず、私にはオーガなんて馴染みのない言葉。


「要するに豚のバケモノってことでしょ?」


 私にとっては、それだけで十分。私たちの前に立ちはだかるものを振り払うことに変わりないのだから。


 やがてその豚のバケモノを捉える距離まで近づくと。


「はぁっ!」


 先行してエンが飛び出す。

 対する豚のバケモノは手にした大剣を大きく振りかぶって、エンに振り下ろす。


「ぐっ……」


 エンの攻勢が、止められた。ちょうど拮抗して、押しも押されもしない。


 ならば。


「ウィンドパルマストライク!」


 エンよりも高く飛び上がって、豚のバケモノの顔面に風を纏った拳を叩き込む。


 真正面から私の攻撃を受けた豚のバケモノは、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。


「そいつを踏み台にして、先に進むよ!」


「……、オッケー!」


 他のモンスター共を巻き込んで倒れ込んだ豚のバケモノを踏み越えて、さらに先に進む。


「どきなさいっ!」


 口から発するのは、咆哮にも似た叫び。


 実際にはただの虚勢でしかないその大喝に、モンスター共が狼狽えたように見えた。


「エン!」


「うん!」


 再び駆け出す。


 私の虚勢に躊躇していたモンスター共も、やがて攻撃を再開する。でもその程度、私たちの足を止めるには至らない。


「お姉さん、あれ!」


 やがて洞窟の彼方に、小さな光が見える。一歩地を蹴る度に大きくなっていく光。

 少し目を細めてその奥を見れば、両側に切り立った崖と、その間に青空が見える。


「あれだ! あと少し!」


 行く手を塞ぐモンスターも、もう残り少ない。その全てをねじ伏せて、光に手を伸ばす————


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る