第17話「死線を越えて」

 バキンッ。


 割れて砕ける音が、回廊に響き渡る。


 紫色の核が砕けて、連鎖する様に柱状節理にヒビが入っていく。


 やがて全体に広がったヒビから、岩石が崩れていく。


「……っ」


 光の粒となって消えていく六角形の岩たち。


 その中を地面に落ちていく私。


「よっと」


 そんな私の身体を、エンが受け止めてくれる。


「お疲れ様。ケガはない?」


「うん……でも、ちょっと疲れたかな」


「疲れを感じれるなら大丈夫だね。とりあえずこれを飲んでおいて」


 手渡されたのは、HP回復薬。手首を焼かれて、HPをごっそりと持っていかれていたから助かる。


「降りるよ」


「うん」


 小瓶に口をつけながら返事する。


 そんな私に負担がかからない様に、エンはゆっくりと着地する。


「ありがとう」


「どういたしまして。……っ」


「エン?」


 急に顔をこわばらせて、頭を押さえる。


「…………大丈夫、少し頭がズキンってしただけだから」


「まさか、どこかやられた?」


「ううん、単に疲れちゃったってだけだから、大丈夫だよ」


「そう……?」


「うん、ほらもう、元気だから」


 元の表情に戻って、その場でくるくると身体を回転させる。


「それならよかった……」


 そうして回廊に、一瞬の静寂が訪れて。


「…………う」


「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」


 歓喜の声が湧き上がる。


「うおおおおおおい!」


「やったぜ!」


「いえええええ!」


「え、ちょっ、っぷ⁉」


「うわっ!?」


 駆け寄ってきた彼らの波にのまれて、もみくちゃにされる。


「おいおい! やったな!」


「よくやってくれた!」


「お前らさいっこうだ!」


 さっきまでの戦いが辛く苦しかった分、喜びはその倍の大きさに変換されている。


「ちょ、ちょっと通して」


 でも私には、喜ぶよりまず先にやるべきことがある。


 なんとか人混みを抜け出して、さっきまで柱状節理のあった場所の前に出る。


 画面を操作して取り出したのは、ここに来る前にサトレイニアで買っておいた花束。


 そっと地面に置いて、手を合わせる。


 それは、ここで失った名もなき剣と。

 私を助けるために散っていった、多くの人たちへの手向け。


 彼らは本当に死んでいるわけじゃないし、本来やるべき手順や儀式を守っている訳でもないけど。


 せめて、これくらいは。


「……ならボウズ、あの嬢ちゃんは何やってんだ?」


「前の時に失った剣を弔うんだって」


「へぇ……。そんな文化、こんなゲームには存在しないってのに」


「『剣士としては当然の義務だ』って、言ってたよ」


「剣士? でもあの嬢ちゃんは魔法で戦ってたじゃねぇか」


「今はね。でもお姉さんにとって戦うってことは、剣で戦うってことみたいだよ」


「剣で、ねぇ。今でもあの実力で、しかもそれで全力じゃないとか、末恐ろしいな」


 そんな会話を背中に受けながら、簡易的な弔いの儀を終える。


「律儀だな、嬢ちゃんも」


「私が私であるためには、必要なことだからね」


「そうか。ところで俺たちはサトレイニアに戻るが、嬢ちゃんたちはどうする?」


「どうする?」


「どうしよう?」


 エンとお互い同じ疑問をぶつけ合う。

 先へ進むための障害を排除したのだから、急ぐ理由はない。それ以前に。


「疲れたから休みたい」


 ようやく少し気を抜けたと思ったら、今度は倦怠感が一気に襲ってきた。


 集中力も使い果たしたし、お腹も空いた。


 勝利の余勢を駆って先に進むのは、あまりにも危険すぎる。


「じゃあ、祝勝会でもやろうぜ!」


「祝勝会?」


「せっかく一緒に戦ったんだ、どうだ?」


「どうする?」


「ボクは構わないよ。なんだか楽しそうだしね」


「しゃあ、お言葉に甘えて……」


「そんなよそよそしくなくていいんだよ! なんせ今回の主役はお前たちなんだからな!」


「よっしゃー! いくぞー!」


「いええええええい!」


 そんな締まらない勝鬨を上げながら、勝利の喜びを分かち合うべく、サトレイニアに戻った。



     *



「疲れた……」


 ゲームからログアウトして、今は布団の上。

 電気もつけないまま、大の字になって動けないし、口からはそんな言葉しか紡ぐことができない。


「戦ってる時よりも疲れた……」


 それはサトレイニアに戻ってきてから開かれた祝勝会に対する文句。


 柱状節理にやられた人たちとも再会を果たして、全員で店を一軒丸ごと貸し切って、宴が始まった。

 ただ、私たち以外全員成人だったせいか、みんな酒を飲むから酔い潰れたりだる絡みしてきたり。


 荒くれ者が多い世界だし、戦いに勝利して嬉しいという気持ちはわかるけど。


 ハッキリ言ってしまえば、ちょっとウザかった。


 ちなみにエンも、私以上にあの空気に当てられてダウン。サトレイニアの部屋のベッドで既に眠ってる。


「これが世に言う、『飲み会面倒臭い』なのかな……」


 若いサラリーマンがよく口にしている言葉が、ほんの少し理解できた気がした。


 おじいちゃんもお父さんもお酒は飲むけれど、あんな馬鹿騒ぎをしたりはしない。


 静かにゆっくり、愉しむのみ。


 ああいう方が、お酒の飲み方としては憧れる。自分が成人してからお酒を飲むかどうかは別として。


「……でも、久しぶりだな。こういうのって」


 いつぶりだろう、あんなワイワイ騒いだのは。


「それにしても……」


 考えなくちゃいけないのは、あの戦いのこと。


 さっきの戦いは、なんとか勝つことができた。


 そう、ではなく、だ。 


 もし私が剣を抜いて戦うことができていたら、もっと楽に戦えたかもしれない。


 そうすればあんな苦労や苦戦を、少なくとも他の誰かを犠牲にするような勝ち方をせずに済んだかもしれない。


「……危ない危ない」


 首を振って、その邪念を取り払う。


 自分がこうしていれば、時代を変えることができたと思うのは、自己過信もいいところだ。


 少なくとも今回は、あの柱状節理を倒して回廊を解放する。

 その目的を果たすことができたのだから、これで十分と思うべきだろう。


「……けど」


 それでも“もし”を考えること止めることができないのは、私自身の甘さが原因なのだろうか。


 どちらにしても、後悔の残る戦いだった。


「桃華さん、ちょっといいかしら?」


「はーい」


 おばあちゃんの呼び出しのおかげで、堂々巡りの思考から解放される私だった。



     *



「無事、敵を倒すことができました。また、私の不徳により失った剣も、簡単ながら弔うこともできました」


 夕食後に、師範に戦いの成果を報告する。


「ほう、勝ったか」


「うん」


「そうか。それなら良い」


「…………」


「どうした?」


「いえ、もっと何か言われると思っていたので」


「剣での戦いならともかく、そうではないのだろう? それにげえむの中の戦いは、イマイチわからん」


「そう、ですか……」


 てっきり、もっといろいろと問い質されるのかと思ったから、ちょっと意外だった。


「ふむ、桃華。お前は今回の戦いに納得していないのか?」


「え? いえ、そんなことは……」


「誤魔化さなくともよい」


「…………」


 やっぱり、師範に隠し事はできない。


「桃華、今は勝つことが出来たという事実を喜んで、それ以外は忘れなさい。今のお前は、勝ち方に拘る必要はない」


「分かり、ました」


 師範の言う通りだ。


 今の私に、勝ち方を拘る理由も、その資格もない。


 あの日以来の、勝利の美酒。それを素直に味わうべきなのだ。


(だとしたら、あの人たちに悪いことをしたかな)


 勝利の美酒を、分かち合うべき存在。一緒に戦った、あの冒険者たち。

 もう少し、あの空気を受け入れてもよかったかもしれない。


 それでも、あのダル絡みは嫌だったけど。


(勝つことと、勝ち方……)


 私の手の中にあった、私の戦いに対するこだわり。


 それを取り戻すことが出来るのは、果たしていつになるのだろうか。



     *



「僕は気になるな。一体どうやってウォール=プリズマティークを倒したのか」


「…………」


 私の戦いに興味を持つのはお父さんの方だった。


「……基本的には弱点である核に対して攻撃を加えて離脱する、一撃離脱戦法を主軸に立ち回った。石礫の有効範囲と、敵のレーザー攻撃のタイムラグを考えてね」


「ふむふむ、それで?」


「他は……色々な人の手助けを受けた、ということくらいかな?」


「へぇ」


 その言葉を聞いたお父さんが、目の色を変える。


「桃華が助力を願い出たのかい?」


「ううん。元々は私と、一緒に旅してる子と二人で挑んだけど、上手くいかなくて……。その時に介入してきた者たちと共闘する流れになった」


「なるほどね。うんうん。いい傾向だ」


「いい傾向って、何が?」


「桃華が誰かの助けを求めるなんて、今までなかったはずだからね。いいと思うよ」


「う……」


 そんなに独りよがりだったつもりはないんだけどな。


「それにあの世界は、決して一人では攻略することはできない。そういう風にできているからね」


「どういうこと?」


「あの世界の果てにあるものに手を伸ばすには、決して一人では無理だということだよ」


「……?」


 意味が分からない。お父さんもエンに似て、たまにこういう変なことを言うんだよなぁ。


「とにかく、僕は桃華がたくさんの人と交流してくれるといいなと思っているよ」


「うん……」


 でも、父さんがそう言うのも当然だろうな。


 だって……私は一人なのだから。


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