第16話「生き残る」
戦いの基本は、まず数を揃えること。これは歴史が証明している。
少ない兵力で大軍を撃ち破ったという実績は、極めて稀なことだ。
少数を以って多数を破ることは、確かに一見華麗に見えるけれど。用兵の常道から外れていて、戦術ではなく奇術の範疇に属する。
だから、私とエンがやっている戦い方は、本来は無謀で、無能な戦い方。
けど今、こうして人数が集まってみると。
「……楽させてもらえそうね」
改めて、数の力を実感する。
「三人一組で的に当たれ。一人が囮役、他二人で迎撃だ」
「あのレーザーの発射には気をつけろよ。インターバルは思っているよりも短いぞ」
「慌てるな! 今は核への攻撃よりもやり過ごすことをメインに考えるんだ!」
三人一組の小集団に分かれて、石の礫に対処する。
戦い方も危なげない。これなら一旦は任せて大丈夫だろう。
「とりあえずお前はこれを飲め」
投げられたのは、小さな小瓶が二つ。サトレイニアにも売っている、MP回復薬とHP回復薬。
「お前さんは……」
「ボクは大丈夫だよ」
「そうか? せめてHPだけ回復しとけ」
「大丈夫」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。ボクはお姉さんみたいな大立ち回りはしてないからね。まだまだ余裕だよ」
「大立ち回りって……」
否定はできないかもしれないけど。
でもエンには目立った外傷はないし、疲弊している様子もない。
表面上はそう見えるだけかもしれないけれど、今は本人の意見を尊重しよう。
「分かった。でも、もう少し休むよ」
「はーい」
それくらいなら、彼らも持ち堪えてくれるだろう。
「それで、あんたたちの中で、あの核を壊せる火力を持ってる人はいるの?」
「いない」
「…………」
「地属性に効力を発揮できる風属性の使い手が、残念ながら俺たちの中には居ないんだ。色々試してはみたが、俺たちじゃ傷ひとつ与えられなかった」
「……そう」
道理で、昨日あんな憤ってたわけだ。
「だからアレに有効打を持ってる嬢ちゃんは、いわば救世主なんだ。だから、頼んだぞ」
「任された」
こちらとしては、あの石礫の群れを防いでくれるだけでもありがたい。
「そろそろ行こう、エンは大丈夫?」
「もちろん!」
十分に回復して、改めて並び立つ。
「背中は俺たちが支えてやるから、気にせずに突っ込め!」
「言われなくても!」
同時に駆け出す。
石礫と戦っている人たちの間を縫って、壁に近づいて行く。
その動きを見れば柱状節理は当然、新たな石礫を生み出した私たちを襲う。
「フレアシュート!」「アクアビュレット!」
そんな攻撃を、彼らが発動した炎弾と水弾が迎撃してくれる。
だから迷うことなく、一直線に走って行く。
「お姉さん!」
「分かってる」
インターバルを既に超えて、プリズムフレイムが発射体制。
「ギリギリまで引きつける!」
「了解!」
慌てて変に避ければ、私たちの後ろで戦っている彼らを傷つける。
だからギリギリまで粘って、なるべく彼らに被害が出ないように。
「まだ……まだ……まだまだ……」
一直線に進みながら、まだ回避行動は取らない。
「今!」
レーザーの発射とほとんど同時に、左右へと飛び退く。
レーザーはわたしたちを掠めて、飛び退く前に居た場所を焼き焦がす。
「はっ!」
レーザーを撃ち放った核に向かって飛び上がる。距離はもう十分に詰めた。
「今度こそっ!」
握り拳に纏った魔法を叩きつける。
「いい加減に! 砕けろっっっ!!!」
一度目より二度目、二度目より三度目。
確実に感触は柔らかくなってきているし、手応えもある。
でも……。
「くっ……」
先に魔法の効力が切れて、身体も地面へと落下する。
「お姉さん」
そんな私の身体をエンがキャッチして、一時離脱。
「どうだ?」
「手応えはあった。でも……」
まだ倒せていない。このゲームでは、倒したモンスターは全て光の粒になって消え去る。
あの柱状節理がまだ形を保っているのなら、まだ奴の核を撃ち抜けてはいないだろう。
「あ?」
「ん……?」
「なんだ……?」
変化が起こったのは、まさにその時だった。
今の今まで私たちを追い回していた石の礫が、次々に力なく地面に落ちて砕けていく。
「なに……?」
「やったのか……?」
突然の出来事に、全員が困惑。
「やばっ、みんな避けて!」
だから、エンのその声に反応できたのは、半数を超えるかという程度だった。
襲ってきたのは、赤白い光。
音もなく、ただ無情に、そこにいた人の命を奪った。
「おいおい……」
「どうなってんだよ……!」
「まだやられてねぇってことか?」
周囲の面々に、不安と困惑が襲い掛かる。
「ビームが拡散した……?」
一瞬見えたのは、一直線に向かってきたはずのレーザーが、着弾の手前で無数に拡散したということ。
「……この野郎!」
「ビーム撃ったんなら、インターバルがあるんだろ!」
「だったら今のうちに仕留めてやる……!」
頭に血が上った何人かが、突撃していく。
「待って!」
そんなエンの忠告は無意味。
再び赤白いレーザーが発射されて、彼らを焼き散らす。
「インターバルもなくなってる……」
一発発射する毎にあったはずの、3分間のインターバル。
でも今はもうそんな隙はなく、近づく者を容赦なく焼き払うのみ。
「どうすんだよこれ……」
「あんなの倒せるのか……?」
不安が絶望へと変わっていく。まずい、このままじゃ……。
「下を向くなっ!」
喝が飛ぶ。
その声の主は、冒険者たちの中で一番偉そうな偉そうにしていたあいつ。
「あと少しであの壁を突破できるんだ! ここで倒しきるんだ!」
その目はまだ死んでいない。その顔はまだ、曇っていない。
「この嬢ちゃんをあそこまで無事に送り届けりゃ、俺たちの勝ちだ! お前ら、ここが俺たちの死に場所だぞ!」
「……そうだ」
「……ここまで来て、諦めてたまるか」
「よし、行くぞ!」
「「「おおぉ!」」」
再び活気が戻る。
彼らは私が思っていたよりも根性があるらしい。
「これなら大丈夫そうかな?」
「考えていたよりも、骨のある連中だったってことね」
「だね」
そんな連中じゃなくちゃ、この滅茶苦茶なゲームをここまでやっては来れないか。
「これが最後の突撃だ。俺たちの命、お嬢ちゃんに預けるぞ」
「分かってる。でも……」
言い様がまるで、玉砕前って言うのが気に入らない。
「勘違いしてないでよ。私たちは生きてこの先に進むために戦うの!」
これはあくまでゲーム、たとえ死んだとしても本当の意味で死ぬわけじゃない。
だから、側から見ればこんなセリフはバカバカしいと思う。
私自身こんなことを言うなんて、きっとこないだまでの私だったら信じられなかっただろうな。
でも、今の私たちは、それだけこの戦いに真剣なんだ。
だから。
「……突撃!」
これは、命を賭けるに値する戦いだ。
「いくぞおぉぉ!」
「うおぉぉぉぉぉ!」
叫び声が、回廊の中に響き渡る。
ここに残った戦士たちが、一斉に壁に向かって走り出す。
その動きを見れば、柱状節理は当然赤白い光を降り注ぐ。
雨の様に降り注ぐ赤白い光。しかし避ける隙間が全くないわけではない。
但し、それを躱すことができるかは、個人の技量次第。
「ガッ……」
「う………」
声を上げることもなく、一瞬のうちに焼かれる者たちがいる。
「っ……」
奥歯を噛み締めながら進む。
「次が来るぞ!」
間髪を入れず、次のレーザーが発射される。
天井に届くくらい高く打ち上げられると、そこから無数の光の矢に分散する。
見ていれば、着弾地点は予測できる。
一歩、踏み出して私目がけて降ってくるレーザーを躱しにかかる。
「お姉さん!」
「!」
一歩踏み出した場所に、別のレーザー。
読み逃した? いや、ブラインド?
そんなことを考えている余裕はもうない。
このまま、私はあの火に焼かれ————
「!?」
急に、身体をグイッと後ろに引っ張られる。
私と入れ違いで、冒険者の一人が、私が元いた場所に出る。
「————」
「あ——」
彼が最後に何を言っていたのか、正確にはわからない。
ただ笑顔で、頼んだと。
そう言っていた気がした。
私のことを守って……。
私があいつを倒してくれると信じて……。
「あああぁぁぁぁぁ!!!!!」
一心不乱に走る。
立ち止まってる暇はない。この犠牲を無駄にしないためにも。
そう思えば思うほど、私の頭には血が上っていた。
「危ないっ!」
降り注ぐ赤白いレーザー。
猪突猛進、最短距離で抜け出ようとしたがゆえに、左側をかすめる。
「っ……」
レーザーの熱に焼かれた。その感覚もないまま、ただ左手が消失している。
「このくらいっ!」
左手の一本程度、必要経費だ。
おかげで、奴との距離は10メートルを切った。
「そのまま行って!」
エンの声が後ろから聞こえてくる。言われるまでもない。
地面を蹴り上げて、ヒビ入った核に向かって一直線。
向かう先では、当然赤白い光が収束しつつある。
でもエンはここまま行けと言った。
なら、私はその言葉を信じて突き進むのみ。
「みんな! 今!」
「「「バブルアッセンブル!」」」
「「「ファイアエスカッション!」」」
「「「エレクトロウェーブネット!」」」
「「「グランドソリディファイ!」」」
泡の集合体、焔の渦、静電気の磁場、岩石の塊。
エンの合図に合わせて、それらが私の前に多段層になって現れる。
無数のペティコートが、柱状節理の核から放たれたレーザーと正面からぶつかって、私の身を守る。
「死ぬ気で堪えろ!」
「魔力を使い果たしてでもあいつを守るんだ!」
やがてレーザーと、ペティコートが同時に消滅して、その余波で爆風が発生する。
灰色で何も見えない。でも、身体の勢いに任せて進み続ける。
「見えた!」
やがて煙の中に、鈍い紫色の光を見つける。
「ウィンドパルマストライク!!!」
右手を握りしめて、魔法を唱える。
煙の中に見えた柱状節理の核に向かって、全ての力を叩き込む。
「これでっ!」
ここまで助けてくれた、全ての人の思いを。
「終わりよっっっ!!!」
この一撃に込めて————
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