第15話「再戦」

「決めたよ、私たちの戦法を」


 翌日、祝日であることを利用して、朝からSLOにログインする。


「と言っても、やることは昨日言ったことと変わらない。エンの魔法であの石礫を防いで、その隙を突いて私がウィンドパルマストライクをぶち込む。以上」


「一撃離脱戦法ってこと?」


「そう。これに活路を見出すしかない」


 もしかしたら、別の解法があるのかもしれない。


 でも今の私たちのスタイルに合わせると、結局この戦法が一番有用に思える。


 なによりも、この戦法には敵に傷を残したという実績がある。


 だからあえて、私はこの策を用いる。


「何か意見はある?」


「ううん。ないよ」


「本当に? ちょっとでも不安があるなら言っていいんだよ?」


「ボクも一晩考えて、結局何も思いつかなかったから。だからお姉さんを信じる」


「……分かった」


 エンは手放しで私のことを信じすぎじゃないかって、ちょっと思う。

 でも今は、その期待が嬉しいし、応えたい。


「それじゃあ行こう、エン」


「うん!」


 私たちの腹は決まった。

 早速準備を整えて、出発する。


「…………」


「…………?」


 なんだから、周囲から見られている気がする。


「(お姉さん、心当たりある?)」


「(ないよ。そもそも私たち、ここにいる人のほとんどを知らないんだから)」


 嫌悪のような視線ではない。むしろこれは……。

 でも、そんな目を向けられる理由が全く分からない。


「(とにかく、さっさと行こう)」


「(だね)」


 歩く速度を速めて、視線からの離脱を図る。

 あっという間にサトレイニアのスニューウ側出口にやってくる。


「ふぅ……それじゃあ、行こう」


 深く息を吐いて、気合を入れ直す。

 そうして一歩、街の外へと踏み出した。



     *



「……もうすぐ着くはずだよね?」


「うん」


 しばらく歩いて、そろそろあの柱状節理が見えてくる頃。


「ここからは慎重に行こう」


「分かった」


 歩く速度を遅くして、警戒しながら進んでいく。エンも既に手元に短剣を準備して、戦闘態勢。


 そうして少し進んだ時。


「っ!」


 奥の方の暗がりに、ピカッと何かが光った。


「エンっ!」


「分かってる!」


 お互い左右に跳ぶ。

 刹那、私たちがさっきまでいた場所――道の真ん中を、赤白い光線が飛んでいく。


「今のは……」


「プリズムフレイム……」


「いきなり撃ってくるなんて、随分と手荒い歓迎ね」


 なるほど、向こうは既に私たちを探知していると。

 だから牽制と警告の一撃を放ってきた。


「行くよ、エン!」


「いいの?」


「向こうが撃ってきたってことは、もう私たちの存在はバレてる。だったら機動戦で撹乱する方がいい!」


「了解!」


 一転して、走り出す。


 やがて見えてくる、あの忌々しい柱状節理。

 既に無数の石の礫が用意されて、臨戦態勢。


 しかし、そんなものは恐るるに足らず。


「エン!」


「Toy Arca!」


 まずは、エンが魔法の風船を膨らませて。


「いっけぇ!」


 天井まで届かんばかりの大きさになってから、柱状節理に向かって飛ばす。


 同時に、柱状節理も石の礫を発射した。


 でも、礫は全てエンの風船に弾かれてこちらには届かない。


「お姉さん!」


「うん!」


 風船を盾にして、さらに踏み込む。


 行けるっ!


「ウィンドパルマストライク!」


「Levare!」


 飛び上がって、魔法を発動。同時にエンは、風船を解除する。


「喰らえっ!」


 まずは一発目、魔法を核に叩き込む。


「ぅわ!」


 瞬間、急に身体に何かが巻きついて、私を後ろへグイッと引っ張る。


「エン⁉」


 鞭のようなものを手にしていて、それが私の身体に巻きついているものの正体


「もうちょっと何か方法なかったの? 新手の攻撃かと思った」


「そんな余裕あると思う?」


「いいやっ!」


 後ろへと飛び下がる。それまで居た場所は、既にレーザー光線で焼かれている。


「……インターバルは約3分」


「その3分以内に攻撃と離脱を繰り返さないといけないってことだね」


「そう。だから次、行くよっ!」


「了解!」


 再度動き出す。プリズムフレイムが放たれて、既にインターバルに入った。

 その僅かな時間の間に、次の一撃をくれてやらないといけない。


 でも、敵もただやられているのみではなかった。

 次の礫が生み出されると同時に、それらを生み出した柱状節理が嫌なオーラを纏い出す。


「なに、あのオーラ……」


「こけおどしじゃないよね」


 柱状節理が新たに生み出した石の礫が、心なしかさっきよりも大きくなっている気がする。


 やがて放たれる石礫、その動きがそれまでと打って変わって。


「んなっ⁉」


「くっ!」


 石礫が、二手に分かれた。半数が私を、半数がエンを狙って飛んでくる。


 だが、ただ真っ直ぐに飛んでくるだけであれば、避けるのはさっきまでの範囲攻撃より遥かに避けやすい。


 そんな目論見は、甘すぎた。


 再度後ろに飛び下がると、石礫は地面に衝突することなく、私の動きを追尾してくる。


「まさか……!」


 エンの方でも、同じことが起こっている。


 つまり、あの石の礫に追尾機能が付与された。

 どの方向に逃げても、私たちの動きを正確に追ってくる。


「ウィンドスライス! ウィンドスピア!」


 逃げてるだけでは埒が開かないと、逃げつつも振り向いて迎撃する。


「数が多すぎる!」


 私の使える魔法では、無数の石の礫を迎撃するには力不足すぎる。


「エン!」


「ボクは大丈夫! 自分のことに集中して!」


 両手に握った短剣で石礫を一つ一つ切り捨てながら逃げに徹している。

 危なげないけど余裕はない。


 裏返せば、自分のことで精一杯ということだ。援護は期待できない。


「お姉さん! 前!」


「っ!」


 柱状節理から、新たな石礫が撃ち放たれる。


「ウィンドトルネードプロテクション!」


 竜巻の防御魔法で、自分の身を守る。けれどもそれは、足を止められたことと同義。


 このまま自分の身を守ることはできる。しかし核への攻撃ができない上に、この防御も有限。じわじわとMPが削られて行く。


「ちぃ!」


 竜巻から飛び出る。


 石礫は私の元居た場所に集中する。

 けれども直前で曲がることのできた石礫は、再び私を追ってくる。


「このっ……!」


 振り返って、迎撃してはまた逃げる。その繰り返し。


 それこそが敵の狙い、陽動であることに気づかず。

 そう、石礫の変化に意識を割かれてしまった故に、頭から抜けてしまった事実。


 インターバルは、約3分。


「後ろ!」


 エンの声で背後へ意識を向けると、赤白い光が収束している。


「やば……」


 瞬時に理解した。


 一見、ただ追尾してくるように見える石礫は、少しずつ私たちの動きを抑制。その上で、プリズムフレイムの火力をもって焼き尽くす。


 この挟撃が敵の狙い。私たちはその手のひらで踊るマリオネットだということを。


 正面には石礫、後ろにはプリズムフレイム。避けるような時間は、もうない。


「お姉さん!」


 エンの叫び声が聞こえる。

 でも、どうしようもない。


 これは、敵の力量を見誤った私に対する罰なのだから。


 その罰に対する償いは、死————


「バブルアッセンブル!」「ファイアエスカッション!」


 同時に、魔法の詠唱が聞こえてくる。


 間を置かず、正面に泡の集合体が現れて、石礫を引き留める。

 対して背後は焔の渦巻きがプリズムフレイムを受け止める。


「避けろ!」


 声の通り、着地と同時に斜めに飛ぶ。


 焔の渦巻きはプリズムフレイムに耐えきれず、泡と石礫をもまとめて焼き尽くされる。


 けれども、私が地面に足をつけて逃げる隙を作ってくれた。


「誰っ!」


 その時間を作り出した人物。それは。


「よう、嬢ちゃんたち」


 サトレイニアで、私たちに因縁を付けてきた冒険者たち。


 距離を取った私と入れ違いに、何人も柱状節理に向かっていく。


「あんたたち……」


「なんだか訳の分からないことになってるが、アレ嬢ちゃんたちがやったのか?」


「…………」


「まぁ、途中から見てたから知ってるんだがな」


「……途中って?」


 同じように石礫から逃れて、退避してきたエンが尋ねる。


「お前たちが礫に追いかけまわされてるところからだよ。一体何をした?」


「…………」


 エンが目配せしてくる。素直に答えていいのかと。


「……どういうつもり?」


「あん?」


「このタイミングであんたたちが介入してきた理由」


「そうだなぁ……俺たちがお前たちを働かせるだけ働かせて、漁夫の利を掠め取るためって言ったら?」


「この場で全員叩き斬る」


「おぉ、怖えこった……ま、冗談だけどな」


「だったらなに。もったいぶってないで答えなさい」


「お前たちの手助けだよ」


「「手助け?」」


「そう、手助けだよ」


「……どうしてあんたたちを信用できるの」


「漁夫の利を掠め取るなら、お前たちが死んでからの方が効率いいだろ? それに、さっきは嬢ちゃんを助けた。違うか?」


「……分かった」


「いいの、お姉さん?」


「あの状況じゃ、さっきまでの戦法を二人でやるのは難しい。でも人手があれば、多少は楽になるはず」


 最初に立てた作戦は、石礫がただまっすぐ飛んでくるだけの場合のもの。

 でもその状況が変化した以上、新しい計算の基戦いを進めなくてはいけない。


 それには、この助っ人はとても助かる。


「ま、何よりもこれ以上、おまえたちだけに良い思いをさせたくないからな」


「……そ」


 こいつらにはこいつらなりの打算がある。でも、それくらいの方が信用できる。

 むしろ何の見返りもなしに協力するなんて言われる方が怪しい。


「じゃ、今だけ力を貸してちょうだい」


「おう」


 あの柱状節理を倒すため、今だけの協力体制ができあがった。


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