第14話「生と死」

「っは!?」


 地面に倒れ込む衝撃に襲われる。


 目の前に広がるのは、見慣れない岩石の天井と、青緑色の建物。


 左右に首を動かせば、何事かと私を見る多数の目。


「私……」


 死んだ……?


 その実感もないままに、私はその瞬間を迎えた。


「ここは……?」


 ゆっくりと身体を起こして、改めて周囲を見渡す。


「ここは……」


 青白い光が、周囲を照らす。


 ここは、さっきまでいた、サトレイニアだ。


「……そうだ、あの柱状節理と戦っていて」


 だんだんとあの時の記憶が蘇ってくる。

 石の礫の弾幕をくぐり抜けて、核に攻撃を加えたものの、壊し切るには至らなくて。


「…………」


 手を伸ばそうとした。使えないのに。使ってはいけないのに。


「あ……」


 左腰の違和感に手を当てると、そこに下げていたはずの剣がなくなっている。


「攻撃を受けた時に……?」


 あの赤白い光に一緒に飲まれて、焼失してしまったのだろうか。


 たった一度しか使ってあげることが出来ず、無為にその命を終わらせてしまった。


「…………っ!」


 強く握りしめた拳を、地面に叩きつける。 


 何をやっているんだろう、私は。

 剣士、失格だ。


「……今更かな」


 剣を握れなくなった時点で、私はとっくに剣士たる資格を失っているのに。


「……そうだ。エンは」


 彼はどうなったのか。無事でいてくれたのだろうか。


「……行かなくちゃ」


 今は失意の中にいる場合じゃない。 

 一緒に戦ってくれた、仲間の無事を確認しなくちゃ。



     *



「お姉さん!」


 幸いにも、探す手間はほとんどなかった。 

 私がスニューウ側の出口に向かっていると、その向こうからエンが手を振りながらやってくる。


「大丈夫、お姉さん!」


 私の元に辿り着くなり、そのままの勢いで私に抱きついてくる。


「う、うん……大丈夫」


「よかった……」


 安心したのか、身体を脱力させて私に体重を預けてくる。


「お姉さん……」


「うん?」


「ボクのこと、忘れてないよね?」


「え? うん。もちろん」


「だよね……」


 そう呟くと同時に、エンの腕の力がより強くなる。

 けれども、その質問の真意が私には分からない。


「あれ……?」


「どうかした?」


「お姉さん、剣……」


「……えっと、さっきの攻撃を受けた時に、一緒に焼失しちゃったみたい」


「そう、なんだ……」


 エンの言葉が詰まる。


 以前エンに、剣を使えないのにどうして腰に下げているのかと聞かれたことがある。


 その時私は『たとえ抜くことができないとしても、剣士としての矜持のために』と、そう答えた。


 そんなちっぽけなこだわりのために、私はずっと剣を左腰に下げたままここまでやってきた。


 そのことをエンもわかってるからこそ、心配の視線を向けてくれている。


「大丈夫、これは全て私の責任だから……。だからエンがそんな顔をしなくても大丈夫だよ」


「お姉さん……」


「さ、そんなことよりも。あの柱状節理を倒す方法を考えなくちゃ」


 それが空元気だと言うことは、エンの目からも明らかだろう。


 でも今は、空元気でもないよりはいい。


 そうしないと、自分が壊れてしまいそうだから。



     *



 ひとまず、宿に戻って作戦会議を始める。


「あのモンスターの名前はウォール=プリズマティーク」


「ウォール=プリズマティーク……」


 和訳すれば、六角形の壁。まさにあの柱状節理に相応しい名前だ。


「攻撃方法はもうわかっていると思うけど、ほぼ全ての柱から石の礫を連続で生み出しては打ち下ろしてくる」


「近づこうにも、アレをまずなんとかしないといけないのがね……」


 超広範囲攻撃、逃げ場なんてどこにもないし、避ける隙間さえない。

 唯一の弱点といえば、射程が短いということくらいだろうか?


「そして中心に光る核。アレは確かに弱点だけど、一度攻撃すると反応してプリズムフレイム……お姉さんがやられたビームを放ってくる」


「プリズムフレイム……」


 あの時の感覚は、気がついたら死んでいたという感じだった。

 レーザーで一瞬の内に焼かれた、ということか。


「効果的なのは、あの石の礫の射程外からの攻撃。プリズムフレイムの射程はものすごく長いけど、一直線にしか飛ばないから、その直線の軌道から避けさえすれば問題ない」


「……でも、今の私の魔法であの核を破壊できる魔法は、ウィンドパルマストライクだけ」


 他の魔法は、射程ギリギリな上、威力は期待できない。


「それにしても、エンのあの魔法はなんだったの?」


「え?」


「あの石の礫を全て弾いたあの魔法。すごかった」


 あんな魔法が私にもあれば、戦術に組み込めるのに。


「あれは……えっと……」


「あれは?」


「……ヒミツ」


「えぇ……」


「ヒミツなのはヒミツなの!」


「はいはい、分かったから大声を出さないでね」


 そんな怒るほどのヒミツを、根掘り葉掘り聞き出そうととは思わない。


 でも、なんであんな凄い力をヒミツにする必要があるんだろう?

 それとも、ヒミツにしなくちゃいけない理由があるとか?


「話を戻すけど、さっき私たちがやったみたいにエンがあの魔法を使ってその隙に私が攻める。それ以上の策ってなにかある?」


「うーん……」


「だよねぇ……」


 二人して唸り声を上げながら考え込む。


 私たちの戦闘スタイルを考えても、あの方法以外に有用な策が思いつかない。


「一晩考えてもいい? 今日はそろそろ上がらないと」


「うん、分かった」


 そうして、今日の所はログアウトする。



     *



「どうしたんだい、なんだか冴えない顔をしているけど」


 夕食後、お父さんとのビデオ通話の最中、私の表情の暗さに気づかれてしまった。


「ちょっと、SLOで行き詰まってて……」


「行き詰まった?」


「倒せないモンスターがいるの……」


「SLOでかい?」


「うん……」


「桃華が行き詰まるなんて思わなかったな」


「そりゃ、剣で戦っていればね……。でも……」


 ただ、アレは剣で戦って本当に勝てるかどうか。

 確実に勝てると言えるだけの自信はない。


「じゃあ今の桃華は魔法で戦ってるわけだ。ちなみに属性は?」


「風属性」


「へぇ、なるほど」


「そんなことよりも、教えて欲しいんだけど。どうやったらアレを倒せるのか」


「構わないけど、桃華が苦戦してるモンスターって、一体なんだい?」


「ウォール=プリズマティークって言う、柱状節理みたいな壁」


「あー、あれかぁ。なるほどね。確かに並大抵の剣や魔法じゃ倒せないね」


「何かいいアイデアない?」


「そうだね。アレには明確な攻略法があってね」


「攻略法?」


「うん、それはね……」


「真之!」


「「!!」」


 気がつけば、背後におじいちゃんが立っていた。

 いつの間に部屋に入ってきたのか、まったく気配がなかった。


 そんなおじいちゃんは、モニターの向こうにいるお父さんに厳しい表情を向ける。


「これは桃華の戦いだ。無闇に口出しすることは許さない」


「…………」


 無言のまま、お父さんも渋い顔をする。

 やっぱり今でも、あまり親子の仲は良くないのかもしれない。 


「桃華よ」


「は、はい」


「お前が今相手をしている敵がどんなものかは知らない。だが、その敵を倒すための解法は、いくらでも存在しているはずだ。そしてそれは、自分で見つけなくては意味がない。安易に答えを求めようとするな」


「すみません……」


 おじいちゃんの言う通りだ。


 解法を教えてもらうのは簡単だ。でもそれは決して、自分の力ではない。

 逃げたという誹りそしりを免れ得ないだろう。


「お父さんごめん。やっぱり自分でなんとかしてみる」


「……そうか。でも、何かあったら相談に乗るからね」


「ありがとう」


 そうして、ビデオ通話は切れる。


「……おじいちゃん。余計なことかもしれませんが、今のは大人気ないと思います」


「む……」


 珍しく、私の指摘に怯みを見せるおじいちゃん。


「……桃華の言う通りだな。私も反省しなければ」


 孫娘という立場からしても、お父さんとおじいちゃんにいつまでも喧嘩していてほしくはない。


 仲直りする機会を、作り出せればいいんだけど……。


「それはさて置いて、桃華よ」


「は、はい」


「お前が苦戦するということは、その敵は確かに強敵なのだろう。そうであれば、その敵を撃ち破る手段がなかなか見つからないというのも頷ける」


「はい……」


「だが解法は必ず存在する。それも、無数にだ。そのうちのたった一つを見つけるだけでよいのだ。分かるな?」


「分かります」


「しかしだ。解法は複数でも、最終的な答えは常に二つ。生か死か、それだけだ」


「はい」


「その真理に辿りつくために、お前の持てる全てを使え。決して妥協も楽も逃げることも許さない。よいな?」


「分かりました」


 これもまた、おじいちゃんから課せられた修行の一つなんだ。

 忘れかけていた、戦いに対する心構えを取り戻すための。


「ところで桃華、魔法とやらで戦っていると言ったが、剣はどうしたのだ?」


「それは……。まだ……」


「そうか……」


 少しガッカリしたような表情を見せる、けれどもすぐに切り替わって。


「だが、それだけではあるまい。何かが起こった……いや、何か失態を犯した。違うか?」


「そ、れは……」


 やっぱりおじいちゃんに隠し事はできない。全て見抜かれてる。


「話しなさい。別に怒ろうとしているわけではない」


「……はい。実は」


 そうして私は、あの柱状節理との戦いで一度死んだこと。

 そして、剣を無意に失ってしまったことを話した。


「そうか。その剣の弔いはしたのか?」


「いえ、あのゲームには神主様もいませんので」


「正式な手順を踏まなくても、簡易的でいい。必ず弔いなさい」


「はい、分かりました」


「それと、その剣の仇を、必ず撃て。それがせめてお前のできる、償いだ」


「分かりました」


 私も、心は師範と同じ。


 あのままやられっぱなしで、終わってたまるか。


「戦場において生死とは理不尽たるもの」


 唐突に、おじいちゃんがそらんじる。私も姿勢を正して、それに応える。


「我々の剣は、その理不尽に抗う」


「生と死、その真理に抗うべからず」


「剣となりて、ただ結果にのみ抗いたまへ」


 それは、私たち新島の剣士の、剣士たる誓い。


 武士道とは死ぬことと見つけたり、と言うのは有名な言葉だ。


 しかし戦場では一人で、かつ一人と戦うわけではない。

 複数の敵に囲まれ、なぶり殺しにされることさえある。


 そんな戦場の理不尽に抗う殺人剣であり、生きるために振るう活人剣。


 それが新島の剣のあるべき姿。


 故に、私たちの剣は、ここまで生き残ることができたのだ。


「抗うのだ。お前の目の前に立ちはだかる、死の運命から」


「はい」


 それはおじいちゃんなりの、私への励ましだった。


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