第14話

「アタシはこのチョコレートパフェをください」

「私はポテトフライで」

「かしこまりました。失礼致します」


 思いがけない再会をした私と双木なみきさんは、近くにあったファミレスに寄った。店内は下校中の学生が多く、パッと見渡す限り大体の席が埋まっていた。

 夕飯を食べる余力が残るぐらいの注文を済まして、双木さんに視線を戻す。


「双木さんは何してたの?」


 集団行動していたかつての級友に問いかける。それほど話してはこなかったものの、私史上3番目に言葉を交わした数は多い相手だった。

 双木さんは特別仲良しじゃないけど、喋っていても場の空気が変にならない特殊な知人でもあった。


「何って、寄り道して帰る途中だったんだよ」

「ふ~ん……」

「珍しいと思ってるんでしょ?アタシでもたまには誰かと遊ぶことくらいあるよ」


 弄っていたスマホをテーブルに置き、双木さんは欠伸をこぼした。

 運ばれてきたお冷を飲み、眠気を覚ますように背を伸ばしていた。


「たまには、ね。昔からそうだったよね。双木さんは中学の頃と変わってない」

「元からそういうやつだから、アタシは。このままでいいの」


 双木さんの笑顔には勢いがあった。

 ありのままの自分を認め、受け入れ、自信たっぷりに生きている。1人でいることを寂しいとは感じず、誰かに指を指されて笑われるかもと気後れすることもない。


 別々の高校に進学したが実は双木さんとは同じ中学で、最初と最後の学年は同じクラスになった。当時から一匹狼だった双木さんは考え方が私とは対極にあって、接点ができたのは意外だった。1人でいることが多かったという共通点はあっても、その共通点を構成する内訳が明確に異なっていたからだ。


 まぁ正反対だったからこそ印象に残ったという側面はある。


「雛本はどうなん?」

「私も独りになったり、ならなかったり。変わってなんかいないね」


 お互いの近況を話していると、注文したポテトフライとチョコレートパフェがテーブルの上に置かれた。

 店員さんが去って、話を再開する。


「変わっていない、か。あんたそれは嘘だよ」


 ロングスプーンの先を私に向けて、言い切った。


「さっきからスマホが気になるみたいだけど、中学の頃の雛本ってスマホ触ってるイメージなかったよ。誰かと熱心に文通してる雛本の方が数倍珍しいんじゃない?」

「私だってたまには、こういうことだってあるよ」

「いいや、ないね。中学時代に纏ってた悲壮感もない……その分だとようやくあんたをまともに相手できる人が現れたんじゃないの?アタシには関係ないけど」


 双木さんはパフェをつつきながら、どうでもよさそうに私の背後にあるものを言い当てた。

 干渉されることを極度に嫌う双木さんは聡い。相手の行動や変化をよく見ている。


「そういう観察眼が鋭いところも変わらずってわけ」

「当たり前よ。過干渉な奴を見抜いて遠ざけるには人間観察が不可欠だから。ダラダラ絡んでくるの、マジで厄介だからアタシは先手を打つことにしてる」


 人が近寄って来ないようにするための先手。誰かに傍にいて欲しいと常に望んでいる私とは永遠に交わらない。


「双木さんは凄いね。私は独りなんて、まっぴらごめん」

「えぇぇ?いちいちトイレに誘われたりオチのない無駄話に付き合わされたりするの、普通にめんどくね?頼むから1人静かにいさせてくれ」


 それが常識だ、と言わんばかりのトーンで双木さんは呟いた。

 思えば双木さんは昼休みも単独で食べていた。それも友達と食べに来ている人しかいない空間の食堂で、周囲の目を意に介することもなく。


「推しの配信ややらないと留年確定の宿題がない時は遊びに行くこともあるけどね、今日みたいに」


 自分は自分、他人は他人を貫く双木さんは自由気ままに高校生活を置こうっているようだ。


「私は双木さんのようには考えられない」

「そう?まぁいいんでねーの。押し売りするものでもないし」

「双木さんだったら何を差し置いてもブロックしてくるようなタイプだと思う」

「ほ~ん。正にこうやって話をしているのに?」

「それは双木さんの性格がすぐに分かったから。私とはほぼ確で相容れないし」


 双木さんは入学直後から近寄り難いオーラを放っていた。

 誰が話を振っても返しは超簡潔だし、何をしようと誘われても一言目で竹を割るように、すっぱり断っていた。


 このタイプは合わないと感じ取った私は事実、1年の頃は一言も喋らなかった。

 それが変化したのは3年生のある日のことだった。


“双木さんってノリ悪くない?打ち上げすら参加しないし”

“悪すぎ。断るにしても断り方ってもんがあるでしょ”

“誘った側の気持ちも考えてくんないかね。雛本さんみたいに気味悪いのも嫌だけどさ”


 掃除の班分けで被った私と双木さんは、じゃんけんで負けてゴミ捨てに行っていた。ゴミ置き場から戻る道中、陰口を耳にしてしまった。

 私と双木さんが悪く言われたのは、両者共にクラスで浮いていたから。


 かたやダル絡みして学年の評判を落としている女子と、かたや誰の輪にも入らずのらりくらりしている女子。

 周りに馴染まない「異物」としては、私も双木さんも一級品だったわけだ。


“よっすー!アタシらのこと話してた?”

“な、双木さん!?”


 陰口など聞こえなかったかのように双木さんは2人に声をかけ、慌てているのも構わず言葉を続けた。


“やだなぁ、アタシだって気が向けば遊ぶよ?ま、中学最後の打ち上げくらいは行ってあげるよ。じゃあね~!”


 言葉のキャッチボールではなくドッジボールをした双木さんを、2人は口をポカンと開けて見送っていた。


“双木さん、歯に衣着せないのは相変わらずだね

“もち。だって意見は面と向かって、しっかりまっすぐ伝えないと”


 持論を述べる双木さんの瞳に迷いはなかった。


 ぶれない持論は、聞けば両親との関係に起因するものだと言う。おはようからおやすみまで両親にベタベタされていた双木さんは、他者との関りが鬱陶しくなった。だから外でも静かな時間を確保するべく、なるだけ単独行動をすることにした。


 両親のしつこさが双木さんのキャパシティを超えたある時、最大限厳しい言葉で彼らを批判したらしい。以降、家庭内での接触は必要最低限度に抑えることができた、という後日談も教えてくれた。


 だが私にはできない芸当だった。

 私の本心をまっすぐ伝えたら。仮定の話ではなくて、検証結果は十二分に得られている。


「私は変わった実感なんてない。ただ悩みというか、気になることがあるのは双木さんの言った通り」


  双木さんなら忌憚ない意見をくれると思った私は、堂々巡りになっていた命題について話すことにした。

「怪しい関係になったOLと今後どうなるべきか分からない?」


 双木さんは「いまひとつ把握しきれん」といった表情で、そうまとめた。

 私が悪い。彩里ちゃんと別れたこととか、小戸森さんと夜の営みをしたとか、肝心な部分は一切話していないのだから。


 双木さんがこの件で知ったのは、小戸森さんが私にメッセージを毎日くれて、赤の他人の出費を惜しまなくて、そして美人であるということ。あとは私が前に進みたいか否か。


「アタシじゃなくても言うと思うけど……悩むくらいなら告白でもすれば?」


 双木さんはお冷の氷を噛み砕きながら言う。


「告白、私にできると思う?」

「できるんじゃないの」

「できるわけないでしょ」

「めんどくせぇ!」


 私は小さくなったお冷の氷が入らないよう、チビチビと水を飲む。

 告白など……あれが最初で最後だった。告白を受けてくれたとしてもその後に破綻し得ることはその件で分からされたから、もういい。


「何があったか知らんけどさぁ……雛本がアクションを起こしても起こさなくても、アタシの与り知らないことだしね。そこは好きにすればいい。でも、だったら何もせずにいてあんたは満足なの?現状維持を望んで何もしなかったら、いつか相対的に取り残される。現状維持もままならない。アタシはそう思うから、言うべきことは必ず言う」


 パフェを完食した双木さんは、甘さを感じさせない性格全開で話を締め括った。

 伝票を持ち去り、挨拶する間もなく会計して出て行ってしまった。

 染み出た油でふにゃふにゃになったポテトを見て、双木さんの声が流れる。


“現状維持を望んで何もしなかったら、相対的に取り残される。現状維持もままならない”


 正論だった。

 ずるずると引き延ばしてきた関係に向き合わなければならない時が来ている。

 小戸森さんが示した期限は曖昧で、いつまで続いてもおかしくないし、いつ切れてもおかしくない。


 もし切れる方に傾けば、現状維持を願った私は後退したことになる。 

 1つの恋と愛を失った私はまた失うことになる。


 思いの丈を告げないままそうなれば、私は行動しなかった自分を恨む。

 それを実行して成功しなければ、余計なことをしでかした自分を恨む。


 どっちを取っても恨むことになるのなら、あっけない幕切れにならないようにしたい。

 茫然自失のまま終わらせたりはしない。


「ちゃんと言わなきゃ」


 でもその前に、するべきことがあった。

 小戸森さんと前へ進むよりも先に、片付けなければいけないことが。

 時間はある、たっぷりと。

 私は決意を固くした。

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