第8話
「何を着て行けばいいんだろう……」
小戸森さんから遊びの誘いを受けた翌日のこと。私はクローゼットに並んでいる洋服たちと睨めっこしていた。
クローゼットで長いこと眠りに就くと思われていた外行きの洋服を、来るべき日のために呼び起こさなければならない。
◇
『来週からゴールデンウィークだね!久しぶりに会わない?』
ハイテンションな感じのメッセージが来た。会って遊ぼうという、私がずっと待ち望んでいた言葉だった。
『そうですね』
『そうですねって、詩ちゃんは連休が嬉しくないの?私なんかワクワクして、夜しか眠れないもの』
『眠れてるじゃないですか……私は休みでも平日でも気が重いのは同じなので』
平日の価値も休日の価値も、私に孤独感と寂寥感と精神的苦痛をもたらすという点では大差なかった。
勉強が好きなわけじゃないし、机に拘束されるのも窮屈で好かない。かといって趣味らしい趣味がないから休日を歓迎する気にもなれない。
学校に行っているのだって、サボったところで上手いこと現実逃避できる手段がないからだ。高校生基準では相当な額のお小遣いも、貰えるのは不定期だし、彩里ちゃんといる期間で大半は使ってしまったから、行く場所にも寄るが1週間ともたずに底を尽きる。
親に連絡されるのはどうでもいい。どうせ連絡が入ったって仕事優先の両親のこと、小言を言うために電話してくるなど想像できない。仕事にかまけている両親なんかよりも、逃げた先で今と同じ問題にぶち当たるのを避けたい。
どちらを選んでも鬱屈するだけなので消去法的に登校することを選んでいるけど、良い手立てが見つかればすぐにでもサボりまくってやる。もう少し気温が上がってくれば水分をまったく摂らずに外で走り回って、人のいない場所で倒れるとか、そういうのも良いかもしれない。
その場合でも念のため、きちんと身元は不明にしておかないと、だけど。
彩里ちゃんといられた間は良かった。彩里ちゃんが隣にいればそれだけで楽しかったから。けれども、いちいちこんな考え事をせずに済んだ至福の時は戻って来ない。
『じゃあ私の予定に付き合ってくれない?』
『え、なんでですか』
『退屈させないから。当日をお楽しみに』
返ってきたメッセージは質問の答になっていなかった。
◇
約束を取り交わした(一方的だったけど)ものの、出かける服装が決められない。かれこれ2時間は経過している。
部屋に飾っている、彩里ちゃんと撮った画像を眺めては謎の罪悪感と未練に苛まされるのだ。
小戸森さんも褒めてくれた服装とはいえ、いつまでも彩里ちゃんといた時の物を遺すのはどうなのだろうかと。彩里ちゃんのためのコーデであの人と会うことは、まるで浮気しているかのように私を錯覚させる。
とっくの昔に失恋して、幼馴染から赤の他人に成り下がったのだから、罪悪感を抱くことはないのだが。
あるいは抵抗感と呼ぶべきか。でもそうだったとしても、何に由来する抵抗なのかは分からなかった。
「この服かなぁ……?」
鏡の前で私は唸っていた。
寒い冬ならば着こなしは楽なのだ。下がどういう服であろうとコートを着てしまえばだいたいなんとかなる。しかし気温のばらつきが激しい5月という半端な季節は、どのような組み合わせにするか悩まされる。
上着を用意するべきか否か、脚の露出を控えるべきかどうか、汗を吸収しやすいかそうでないか、懸念事項は決して無視できないくらいにあった。
小戸森さんの用事に付き合わされるだけなので、コーデを決めるのに悩むことはないと頭では理解している。しているけど、適当でいいやと投げ出すこともできないでいる。
私と小戸森さんの関係性が中途半端だから、余計に。
『言い忘れてたんだけど、詩ちゃんの私服姿、考えるだけで胸が躍るね』
私の心理を覗いているかのように小戸森さんがメッセージを送ってきた。
その言い忘れていたことは、律儀に送ってくるほどの内容ではないと思う。
『私服姿は前にも見たじゃないですか』
『冬でコートを着ていたじゃない?それも可愛かったけど、季節が変わって服も変わると新たな魅力があるものだよ』
『そういうものなんですね』
『うん。中学生も高校生も大学生も、みーんな趣があってそれぞれの可愛さがあるんだよね。四季折々で変わる女の子の私服は目の保養だよねぇ』
へぇ、そうなんだ。
みんな可愛いのか、小戸森さんの中では……。
『まぁ、お眼鏡に適うといいですね』
『期待しておくね』
私の強がりでメッセージは途絶えた。
……適当で良いはずがない。今回の服選びは彩里ちゃんとのデートに迫るくらい、ガチで決めないといけなくなった。
小戸森さんからの言葉が私を奮い立たせてしまった。
他の女の子たちも可愛い、だと?ただ可愛いだけの服を着たら、小戸森さんの基準で私もただの「みんな」に分類されてしまう。
集団の中の1人として埋もれるのは私がいちばん嫌いなことだ。ただ1人だけ、私だけを見てくれないなら意味がない。
そうならないために、ただ小戸森さんに振り回されるだけの用事であっても、ナンバーワンを勝ち取れる装いで行かなければなるまい。
謎多く信用し難い小戸森さんでも、あの人の隣で他の子たちに目移ろいする所を生で見たら心が荒んでしまう。
「決めた、これで行こう」
そして私は長考の末、クローゼットからお気に入りの洋服を出した。
勝負下着ならぬ勝負服だ。系統は彩里ちゃんの好みに合わせたものながら、これは彩里ちゃん云々を抜きにしても好きだと言えるものだった。
出かける用事が少なく、日の目を見ることがしばらくなかったせいか若干押し入れの匂いが移っていたので、とりあえず花の香りがする柔軟剤を投入して洗い直すことにした。
洗い終わったそれを皺にならないようすぐに取り出し、両手で力強く何回か引っ張る。
型崩れを防止できる太めのハンガーにかけて、匂いも洗剤のそれに変わっていることを確かめた。
ただそれだけのことに達成感を覚えた私。小戸森さんとの約束に向けた準備はこれで完璧だ。
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