Act.4「やればできない」


 ――この世の真実はない。全ては嘘でできたもので、全ては戯言によって生み出されたものである。これも嘘である。


「おい、起きろ」


「…………いってなぁ」


 看守と思わしき人間に蹴飛ばされることで最悪な目覚めがあるとすれば、もっと美人に蹴られた方がいい。断然。圧倒的。俺の灰色脳細胞が満場一致で見解を述べて、議会採決も済ませて、賛成多数以上の圧倒的賛成。満場賛成によって、憲法改正及び憲法が新しく作られるくらいには、最悪な目覚めであった。

 あー、そういえば監獄なんてところにいましたね。


「こんな早くに起こしてどうしよって? 何かあるの? もしかして俺を襲うとか薔薇色の展開があったりなんて」


「あるわけない。いいから来い。儀式があるんだモタモタしていると怒られるのは俺だ。

 それに、もう昼だぞ」


 おや、いつの間にかそんなに寝ていたのか。

 いやはや、父親に叩き起されて残飯を漁らなきゃその日食べる物が無くなる生活から離れただけで、この体たらくですよ。いやねぇ、新しい環境て。これが世にいうリロケーションダメージというやつですかな。環境が与える脳へのダメージは深刻だと話半分にテレビを見ていた頃が非常に懐かしい。

 しかし、それにしたってここまで寝てしまうのは意外ではあった。


「はいはい、行きますよ。行くけど少しだけ待ってくれませんかね? いやなに、そう時間は掛からないんですけどね。俺にも俺で朝起きたらやらなきゃいけないことがあってですね。それをルーティンだと言われれば、正しくそうであって、日課と自慢するにふさわしいものですので、是非とも毎日継続しておきたいことなのです。

 もちろん、それをしなければ死ぬことはありませんけども、多分俺自身の否定にもなるからなるべく意向に沿ってくれた方が俺の尊厳は維持されるので、やるかどうか迷って悩んでいるなら、とりあえずやらせてみて欲しいわけですよね」


「……よく回る舌だな」


「これでも無口なんですよ」


 物心つく前から、物心がついてからも両親から喋るなと再三注意を受けていた。

 なんでも盗む時に喋るとバレてしまうから、日頃から意識しているようにとのこでして。

 はぁ、立派な泥棒にしたいんだと俺は感心したわけですよ。

 口にはしなかったけど。

 だから、ここでこれだけ喋るのも、ほぼ初めてだ。


「実際、そのお陰で看守さんから


「は!? おい!」


 プラプラと、幾つもの鍵が大きな輪っかに繋げられた如何にも牢屋の鍵だと思わしきもの。うん。盗んで正解。看守の反応からして、鍵だと分かった時点で儲けものだ。


「返せ!」


「返すよ返す。ただ、まぁ交換条件といこうじゃない看守さん」


 俺の言葉に、露骨なほど嫌な気分を張り付ける看守。あらら、結構警戒されるのは分かっていたけど、そこまで嫌がるものかね。

 いや、まぁ、逆の立場からすれば自分の職務を妨害しておいて、恫喝までしてくるのだからしない方が能無しだ。いや能無しであることは否定しない。

 なにせ、たった一人の男の子に鍵を奪われる失態なんておかしているんだ。そもそも、この人は看守向きではない。だからこそ、交換条件を提示しやすいものだ。

 。つまり。


「あんた、本当の看守じゃないでしょ?」


「……」


 牢屋の鍵を盗まれる時点で、おかしいのだ。

 そもそも看守であるなら、牢屋に入れた人間が鍵を盗むようなことがないよう細心の注意を払うか、そもそもダミーの鍵を用意しておく。それか、奪われても取り乱すこともなく、俺をボコボコに痛めつけてでも速攻で片付けるだろう。即効で、即行に。

 その様子を微塵もみせないのだから、彼は看守でない可能性が高い。もしくは、そこまでの防衛セキュリティしかないということだ。それはそれで穴だし、利用価値がある。


「まぁ、違うなら違うでもいい。あんたが本当の看守で、こんな間抜けなことが分かっただけでも儲けものだし」


「……」


「それで、この牢屋の鍵。別に俺が使う必要はないんだよね。もっと別の使い道があると思うんだよ。だって、俺は罪人ではあれど、罰せられることはあれど、そもそもここに連れてこられた目的が違うからね。無用のものだ。むしろ、いらないし必要ないものだ。あれば足枷だろうし、いつまでも脱獄犯みたいな汚名を着させられるのは腑に落ちない。いや、そもそも捕まってすらいないのだから、脱獄犯なんていう言葉じゃ不適切な表現だね。そういう意味じゃ、窃盗犯かもしれない。しかし、それを裁くよりも早くにやるべきことがある。そうでしょ? あんたが看守かそうでないかは置いておいて、あなたが動いている目的がある。それを教えてくれるだけでいい。そうすれば、ちゃんと返すしこんな手癖の悪い手なんてしまっておこうじゃないか。どうかな?」


「……………………」


 それでも、男はプラプラと動く鍵を見つめたまま微動だにしない。むしろ、恐ろしいくらい鍵だけを見つめていたのだ。そんなに執着するべきものなのだろうか。

 いや、商売道具というか仕事道具というか相棒なのだとすれば、そういう気持ちになってもおかしくはない。むしろ、そうならなければいけないとさえ思う。牢屋の鍵を奪われるなんて看守失格だと烙印を押しておきながら、都合のいい言葉を並べ立てて、比べ立てているわけだけども、そういう意味ではある意味看守としては合格なんじゃない。少なくとも、美術家には向いていると思うよ。


「ね、いつまでも反応がないのは俺としても面白くないんだけど、何か反応してくれない?」


「……」


「…………はぁ、いいよ分かった。君がそのつもりなら仕方ない。じゃあ、この鍵でひとまずこの牢屋を片っ端から開けていくことにするよ。それでどうなっても、知らない。あんたが鍵を取られたこと自体が駄目――」


 そう言い終わるよりも早く、看守へ背後を向けた瞬間であった。


「――鍵てこれのことか?」


 鍵て一つしかないだろ、と自分が持っていた手を見てみる。あら不思議。そこには何もありやせん。


「は? いや、なんで」


「脅すならもうちっと脅し方を覚えろクソガキ。ほら、行くぞ怒られるのは俺なんだから」


 そう首根っこを捕まれ、更には頑丈な首輪まで付けられました。結構、いいんじゃない。ちょい悪ファッションみたいで。

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