第6話 香澄は俺が守る!

 ゴールデンウィーク明けの仕事が終わって帰宅すると、慌てた様子の香澄がいた。軽く話を聴いたところ、元夫の卓也君がと言ったらしい。


詳しい事情を知るため、着替えて落ち着いてから再度聴くことにする。



 「香澄。今回の経緯を教えてくれ」


「あたしがいつも通り通勤してたら、会社の最寄り駅の改札に卓也がいて声をかけてきたの。あたしの通勤時間や方法は知ってるから、特におかしくないけどさ」


2人は職場結婚したんだから、通勤が話題に上がったことはあるだろう。彼女の言う通り、違和感を抱く点はない。


「…ちょっと待て。普通直接会う前に、携帯に連絡しないか?」

面と向かって話したいタイプなのか、香澄が無視したかは不明だが。


「昔、別れた元彼がしつこく連絡してきたことがあるんだよ。だから離婚後に着信拒否したの。あたしと卓也は部署が違うから、連絡取りあう事ないし」


「なるほど…」


俺は卓也君と話したことは1度もなく、結婚式で遠目から確認しただけなのだ。なので彼の性格を知らない。まぁ、どんな性格であっても香澄の味方をするがな!


「目的地は同じだから仕方なく会社に向かいながら話をしたんだけど、その時に言われたんだよ。『から考えて欲しい』って」


「それで、お前はどう答えたんだ?」

ここは非常に重要なポイントだ。何が何でも知りたい。


「“そんなつもりはない”って言ったよ。けど、卓也は諦めたようには見えなくて…」


そういう奴がストーカーになったりするんだよな…。警察に相談しても頼りになるとは思えないし、できるだけの対策をしないと!



 「香澄。何を言われても、絶対2人で会うなよ!」

周りに人がいなかったらどうなるか不安だ。


「わかってる。あたしも怖いしね」


「もし“1対1で話したい”と言ったら、俺の同席を条件にしてくれ」


「兄さんを?」


「そうだ。暴走する卓也君を止める役がいるだろ? 警察はあてにならないから、俺が対処するって訳だ」


喧嘩に自信はないが、人任せにはできない。もし香澄に何かあったら、自分で自分を抑えられなくなるだろう。


「兄さんがそばにいるなら心強いね。その時はお願い」


「任せろ!」



 翌日。仕事が終わって帰宅すると、昨日同様香澄が待っていた。


「兄さん。やっぱり今日も言われた~」


何度も声をかけて誠意を見せようとしてるのか? だとしても、連日見かけたら彼女が落ち着かないよな。早めに白黒つけたほうが良い気がする。


「香澄。さっさとケリをつけたほうが良いかもしれん」


「そうかな?」


「きっとお前が折れるまで、声をかけ続けると思うぞ。それは嫌だろう?」


「嫌だね」


「だから話し合う時間が必要なんだよ。もちろん俺も同席するからな」


「…わかった。もし明日も同じ事言ってきたら、そう伝えるね」



 翌日。会社の朝礼が終わり、自分のデスクで携帯を観ると香澄から連絡が来ていた。急いで内容を確認すると…。


『卓也が土曜日に話したいって言ってきた。勝手にOKしたけど大丈夫だった?』


と書いてある。俺は土・日休みなので問題ない。手早く『大丈夫だ』と返信し、仕事に手を付ける…。



 そして時は流れ、運命の土曜日。俺は香澄と一緒に、卓也君が待っている喫茶店に入る。店内を見渡したところ、テーブル席で携帯をいじっている彼を見つけた。


そんな卓也君に近付くと、足音が耳に入ったのか顔を上げ俺達を観る。その後すぐ席を立ち頭を下げてきた。


「お久しぶりです、お義兄にいさん」


卓也君の印象は結婚式で観た時と変わらず、真面目で好青年の感じだ。そんな事より気になるのは…。


「もうお義兄さんじゃないぞ」

香澄と離婚した以上、俺達は赤の他人だ。


「そうでした。えーと…」


あきらだ」


「晶さん。お休みの日にすみません…」


「別に良い。香澄のためだからな」


「…ねぇ、いつまで立ち話してるの?」


香澄に指摘され、卓也君は腰を下ろす。それから俺と香澄も着席する。メインの2人を向かい合う形にして、俺は香澄の横に座る。



 ……全員ドリンクを注文したものの、卓也君・香澄共に話を切り出そうとしない。ここは年上の俺が先陣を切ろう。


「卓也君、香澄から聴いたぞ。って」


「…はい。ワガママな事を言っているのは百も承知です」


「君は家事を全然しないらしいじゃないか。それに前より香澄を気にかけなくなったと聴いているが?」(1話参照)


「お恥ずかしい話ですが、家事は香澄のほうが手早くやれるのでつい頼っちゃって…。そっちのほうは“倦怠期”と言いますか…」


その程度の気持ちで香澄と結婚したのか? 俺なら絶対そんな事はしない!


「ですがゴールデンウィーク中、1人で過ごすことで香澄の負担を知ったんです。『今までこんなに押し付けていたのか』と深く反省しました」


本当かよ? 俺には信じられないが黙ることにする。


「なので香澄に『心を入れ替えるから、』と頼みました」


なるほどな、大体の事情は分かった。だが気になることがある。


「香澄。卓也君に家事について言ったことあるか?」


空気を読まずにやらなかったのか、香澄の言葉を無視したかによって事情は変わるよな。


「何度もあるよ。でも適当に流されちゃって…」


この件、卓也君が100%悪いな。同情の余地はない。



 「卓也君。件は諦めて欲しい」

誤解されないよう、ハッキリ伝える。


「でも…」


香澄ではなく、俺に言われたことに納得できないか。


「さっきの説明は、家事だけの話じゃないか。倦怠期はどう改善する気だ?」


「……」


「俺と香澄は言うまでもなく兄妹で、実家にいる時は毎日会っていたが、倦怠期なんて感じたことないぞ。香澄への愛が足りてないんじゃないか?」


「愛って、兄さん何言ってるの?」

呆れた顔の彼女にツッコまれた。


「君より俺の方が香澄のそばにいて良い存在なんだよ。…わかるか?」


「…何となくわかります」


「君は別の恋人を探してくれ。香澄は俺が守るから、心配しなくて良いぞ」


「兄さん、それってどういう…?」

困惑の表情を見せる香澄。


「…わかりました。香澄のことは晶さんにお任せします。オレより彼女のことを理解されてるみたいですから」


予想に反して、すぐ引き下がったな。もっと食い付いても良いのに…。そんな簡単に諦める奴は、やはり香澄の相手に相応しくない!



 「お金ここに置いておきます。…オレはこれで失礼します」

卓也君は1000円札を机の上に置いて、席を立った。


ドリンク代にしては多いが、今回の手間賃も兼ねているんだろうな。


「兄さん。さっきのどういう事?」

隣に座っていた香澄が席を移動し、俺と向かい合う。


「どうもなにも、兄として妹を気にかけるのは当然だろ?」


「それにしたって変だよ。愛とか守るとか…。妹にかける言葉じゃなくない?」


俺は香澄を妹以上に見てるからな。表現がそれ以上になるのは当然だ。


「あたしが納得できるまで、色々聴かせてもらうから」



 卓也君を説得するためとはいえ、香澄に疑われる原因を自ら作ってしまったのか…。どの程度で彼女が納得するかはわからないが、最悪シスコンを暴露することになるかもな。


この話し合いで俺と香澄の関係がどうなるかは…、神のみぞ知る。




―――次回で最終回になります―――

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