第五十二話

 続いては、オカチャンさんの番だ。くじを引く前に彼は、予め要望を出す。

「オレはともみちゃんにお相手してほしいな」

「かしこまりました。きっといい役が出ますよ」

 そう請け負われたオカチャンさんが、ともみさんの持つくじ箱に手を入れた。おもむろに取り出したくじを開いてみる。

「ほう、『やっちゃいましたか系勇者』ですか」

「超絶した実力の持ち主でありながら、極端に自己評価が低いのと空気が読めない性格のために、周囲が驚愕しているのを理解できないでいる、勇者らしくない勇者です。それでも、特に女性からは『奥ゆかしい人』と見られてたりもするんですよ」

「これ入れたの、ともみちゃんのアイディアだったりする?」

「そうです。御主人様もお好きですよね?」

「まあね。本人の自覚と周囲との落差が面白いよね」

 オカチャンさんは前回も使用した『女戦士』用のヘルメットを被ると、僕に対しマヨネーズのボトルを持ってきてほしいと頼んだ。なんでそんな物が必要なのかはわからないが、ともかく厨房に入ってマヨネーズを取ってくる。

 マヨネーズを手にして立ち上がったオカチャンさんに、ともみさんからのご奉仕が開始された。


「あのドラゴンをたやすく退治するなんて……さすが勇者オカチャン殿!」

「え、オレまた何かやっちゃいましたか!?」

「そのマヨネーズでドラゴンの目を潰して倒すなんて、それこそが異世界の秘密兵器なんですね!」

「いや、それはたまたま飛び散ったマヨネーズが、ドラゴンの目にしみただけで……オレはただ、ジャガイモやピーマンとかの野菜を、みんなに美味しく食べてもらいたくて、これを作っただけなんだよ」

 オカチャンさんは困惑しきった顔でマヨネーズを掲げた。それをともみさんが不思議そうに見つめる。

「マヨネーズって、食べることができるんですか?」

「そうだよ。これをつけたら、野菜嫌いの子供でも、たくさん食べられるようになるんだ」

「へえ~、そうなんですか」

「ここに茹でたジャガイモとスライスしたピーマンがある。トモミちゃんもマヨネーズをつけて食べてごらん」

「わかりました。モグモグ……うっ!」

 ともみさんが目をむいて、体を強張らせた。オカチャンさんが慌てふためく。

「どうしたんだ、トモミちゃん!? ああ、またオレは何かしでかしたのか?」

「……う……ううっ」

「えっ?」

「うまい! うますぎるーっ!」

 感極まったともみさんを見て、大いにオカチャンさんはたじろぐ、

「そ、そんなに美味しかったのかい?」

「はい! マヨネーズをつけたら、茹でただけのジャガイモも、苦いだけのピーマンも、すごいご馳走になりました。これならいくらでも食べられます!」

「それは良かった。トモミちゃんが喜んでくれたら、オレもマヨネーズを作った甲斐があるよ」

「勇者オカチャン殿が異世界からマヨネーズを持ち込んだおかげで、ドラゴンが退治されただけでなく、いろんな野菜も美味しく食べられるようになりました。まさにあなたこそ、この世界の救世主です!」

「ええ~? オレ、そんなつもり無かったのに……はぁ~っ」

 こめかみをボリボリとかいて、ため息を吐き出すオカチャンさんであった。


「オカチャン様、ありがとうございました。この役はいかがでしたか?」

 店内に響く拍手の中、嶋村さんがインタビューすると、彼は照れくさ気に後頭部へと手を当てる。

「ここまで一方的に持ち上げられて、まさに天に登るような気持ちでした。こういう主人公が人気なのも、よくわかります」

「ご満足いただけて、当店としても何よりです」

 嶋村さんの言葉には、今回の『王子様ゲーム』にも手応えがあったことが伺えた。


 オカチャンさんが演じた『やっちゃいましたか系勇者』の感想を、僕は倉石君にも聞いてみる。

「ドラゴン倒すのはともかく、マヨネーズだけであんなに持ち上げられたら、都合が良すぎだよ」

「ちやほやされたい気持ちは誰にでもありますが、確かに安易ですよね」

「それにサービスだとしても、あそこまでされると、全然落ち着かないな」

 シャイな倉石君らしい言葉だった。

 僕がこういったことをたずねたのは個人的なことというより、今後の『王子様ゲーム』のサービス向上に役立てたいからだ。ノリの良すぎるヨッシーさんとオカチャンさんが相手なら、僕達メイド側も過剰に力が入ってしまうけど、それ以外の客がここまで熱演できるとは思えない。だから今後に向けて、倉石君の意見も参考にしたいのである。


 今になって気づいたことだが、店内においての倉石君は、以前と同様の態度だった。僕からの話もちゃんと聞いているし、何よりこっちの顔を見てくれる。

 仕事帰りにコンビニ前で会っていた時と違うのは、僕が『王子様』の制服を着ていることだ。特に黒のベストがバストを目立たせなくするから、彼も僕の胸元に目を奪われずに、話ができるのだろう。

 倉石君だって自覚してるはずだ。今夜、フェアリーパラダイスに来たのもそれを確かめたかったからだろう。だとしたら僕は彼の前では、ブラウスとかの薄着になることはできないことになる。

 やっぱり倉石君にとって、僕のEカップもあるバストはプレッシャーなのか……仕事中なのに、憂鬱な気分が顔に出そうになるのを、なんとか抑えつける僕であった。


 二人組の相手を終えた嶋村さんが、何故かくじ箱を持ったまま、倉石君の席までやってきた。

「お願いがございます。倉石様も、『王子様ゲーム』に挑戦していただけませんか?」

「え? 俺、まだ満点になってないですけど」

 戸惑う彼に、嶋村さんは神妙な態度で頼み込む。

「この『王子様ゲーム』の男性版は、まだ二人だけしか行われていませんから、色々とデータ不足なんです。当店といたしましても、よりよい改良を加えるために、サンプルは多いに越したことはありません。どうか今後のためにも、ご協力ください」

 すでに倉石君には感想を求めていたけど、今夜のうちに嶋村さんがそこまで言い出すとは、僕も予想外だった。とはいえ、実際に体験した上で得られる意見は、とても貴重だ。

 すがるような目線で、倉石君が僕を見上げてきた。僕は胸に手を当て、軽く頭を下げる。

「わたくしがお相手を務めますので、お引き受けいただけませんでしょうか?」

「……わ、わかりました。俺でよければ」

 その気になった彼に、笑顔で嶋村さんがくじ箱を差し出す。

「ありがとうございます。では、どうぞお引きください」

 遠慮したように手を入れた倉石君が、くじを取り出した。中を見て、軽く首をひねる。

「ええと……『追放系勇者』って、何だこれ?」

 キャラの解説となれば、ともみさんの出番だ。倉石君とは母校の先輩と後輩の関係だから、フランクな口調になる。

「このキャラは、冒険者達のパーティから役立たずとして追放されたんだけど、後に実力を発揮して手柄を立てるんだ。それを知った昔のメンバーが『戻ってくれ』と頼ってきても、彼らを見返すためにすげなく断る……そういう復讐をする勇者だよ」

「ひねくれてるなぁ……気持ちはわからなくもないけど」

 倉石君の感想には、サービスを提供する側の僕が言うのも変ではあるが、完全に同意してしまう。

 さらに『王子様』の僕が相手ということで、ともみさんが即興でアレンジを加えてくれた。

「勇者を追放したパーティの中に、身分を隠していた王子がいた。勇者に同情していた王子は正体を明かして、自分もパーティを脱退して一緒に行動したいと申し出る。自分を見捨てた者達を見返したい勇者だけど、王子からの説得に心が揺れ動く……これでどうだい?」

「いいと思います。それで行きます」

 倉石君が納得してくれたので、それに沿った体裁で僕もご奉仕をすることになった。

 こんなアドリブをともみさんが思いつくのも、二次元全般のオタクというだけでなく、小説家である遊井名田先生のサークルに参加しているからというのもあるに違いない。今後も『王子様ゲーム』を継続するにあたっては、こういう才能も必要になるはずだけど、それが自分に備わるかどうかは少々自信がなかった。

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