第五十三話

「それでは、王子様による『追放系勇者』倉石様への『王子様ゲーム』、始まります」

 嶋村さんの合図で、僕は倉石君へと歩み寄る。


「勇者倉石殿。わたくしはあなたの追放に加担してしまったことを後悔しております。ですがその実績を見て、あなたこそ真の勇者だとわかりました。どうかわたくしも、これから一緒に行動させてください」

「いまさらそんなこと言われたって、『はい、そうですか』って受け入れられるわけないだろう」

「あの時は、わたくしも王子という身分を隠すために、見捨てた形になってしまいました。その恨みが忘れられないのも理解できます。そう簡単に許していただけるとは思いませんが、それでもわたくしにはあなたが必要なのです」

「自分の都合だけで俺を利用するだけ利用して、用済みになったらまた追放するんだろう? その手には乗らないぞ」

 多少は棒読みながらも、倉石君も役になりきるべく、そっけない態度を貫く。

「再びあなたと共に行動できるのであれば、わたくしは自分の命を惜しみはしません。覚悟はできています」

「口先なら何とでも言える。どうやって信用しろと?」

「……ならば、わたくしのもう一つの秘密をお話いたします」

 僕は着込んでいた黒のベストのボタンを外し、胸元を開いてみせた。ブラウス越しにEカップのバストを目の当たりにして、倉石君がたじろぐ。

「な、何をして……!?」

「ご覧のとおり、わたくしは朝おんによって女の体になってしまいました。このことが知られたら、わたくしは王子の座から追放されてしまいます」

「だからって、なんでそんなことを?」

「あなただからこそ、この秘密を打ち明けたのです。どうか目をそらさないでください」

 ここ最近の態度と同様、こっちを直視するのが耐えきれないでいる倉石君に、一段と身を寄せる。

「わたくしには、王子でありながら女でもあるという矛盾があります。それを自分の問題として悩むこと以上に、あなたにもそれを押し付けていることには心苦しいものがあります」

「俺は、そんなつもりじゃ……」

「受け入れるのが難しいのもわかります。わたくしも、こんな姿を見せたくはない……でも、これがわたくしなのです」

 今の僕は『男の子メイドの王子様』として演技をしているのか、それとも『TSである徳田柚希』が気持ちを訴えているのか、よくわからなくなっていた。矛盾した心境なのは理解しているが、それでも僕は思いを止めることができない。

「わかってる、わかってるよ……俺が意識しすぎなんだって!」

「わたくしにはあなたが必要なのです。あなたもそう思っているからこそ、今夜はここへ来たのではありませんか?」

「そうだよ……君と一緒にいたいから」

 倉石君も混乱しているのが見て取れた。それでも彼が僕と同じ気持ちでいたことがわかって、胸が熱くなる。

「ではこれからも、わたくしと会ってくださいますか?」

「もちろんさ。これからもよろしく」

 赤面しながらも、倉石君はうなずいてくれた。


 こうして僕と倉石君の『王子様ゲーム』が終わったわけだが、店内の様子がおかしい。全員があっけにとられたかのごとく、無言であった。

 さっきのオカチャンみたいに『僕、何かやっちゃいました?』とか言いたくなってしまった時、皆の態度が一変する。

「あらあら、まあまあ、うふふふふ……」

 嶋村さんは微笑みながら暖かな目線を僕達に送っている。

「なるほどね~、そういうことだったか」

 ともみさんはひたすらニヤついていた。

「お二人とも、素敵ですわ~」

 絵舞さんはうっとりしたように頬に手を当て、興味深げにこちらを眺め続ける。

「やれやれ……どうやら今夜の主役は、あの二人のようだな」

「オレ達って前座扱い? まあ、ほっこりしたからいいか」

 学帽を被ったままのよっしーさんとマヨネーズを手にしたオカチャンさんは、同時に腕組みをしながら、深く感じ入るような表情をしていた。

 マジで僕達はをしでかしてしまったらしい……まだその意味に気づけないでいる僕と倉石君の所へ、嶋村さんが寄り添う。

「本来の意味での『王子様ゲーム』とは違ってしまいましたが、これはこれで素晴らしい『青春の一ページ』を見せていただきました。倉石様も、そして王子様も、本当にありがとうございました!」

 全員が拍手する中、ようやく意味を理解した僕は、顔から火が出る思いで立ち尽くす。倉石君も胸に手を当てつつ、呼吸を整えるのに苦労しているようだった。


 仕事が終わって、僕と倉石君はもう一度、コンビニ前で落ち合った。

「さっきはごめん! 皆の前で、あんな恥ずかしいことをしてしまって」

「俺の方こそ、君の体を意識しすぎてたから……そのせいで、あんなことをさせたみたいで、申し訳ないよ」

 反省会の会場と化した歩道の上で、僕達はひたすら謝罪しあう。その後、沈黙が訪れる。

 幾人かの人影が通り過ぎてから、こう僕はたずねてみた。

「まだ、僕の胸が気になるかい?」

「慣れなきゃいけないとは、思うんだけど……」

「でも店では、普通に話せたよね?」

「王子様のコスが好きだから……初めて見た時から、カッコイイと思ってたし」

 あの時は、『エロい目で見てるくせに』とか決めつけていたけど、倉石君が心底からそう感じていたことを知って、彼への印象を改めざるを得ない。

「前に『の部分を見せたくない』って言ったけど、そのせいで逆に負担になったんじゃないかって思った」

「うん、君をだと思い込まなきゃって」

「けど僕の体が女なのは事実だし、衣替えしたから上着がブラウスだけなのも仕方ないことだ」

「……わかってる」

「なら、こうしよう……君になら、この胸を見られてもいいと覚悟する」

 姿勢を正して言い切ったら、倉石君は目を丸くしてしまう。

「そ、そんなこと言われたって……!」

「代わりに、話をする時は僕の目を見てくれ。それ以外なら、いくら見てても構わないから」

「俺は君の体が目当てじゃないし」

「何なら、『夜のオカズ』に使っても構わない……他の奴がそんなことしてたらブチ切れるけど」

「オカズって……そんなことできないよっ!」

 倉石君の方がブチ切れていた。突然の大声に、傍を歩いていた人達が振り返っている。

「僕だって男だった時も、今でもそういうことはしてる。君だってそうだろ?」

「そりゃするけど、君をそういうことには使いたくない……いくら妄想でも、君をけがしたくないんだ!」

 シャイなはずの倉石君が、オナニーをしている事自体は否定しないまでも、ここまで断言したことに、僕は妙な感動を覚えてしまった。改めて頭を下げる。

「変なこと言ってしまって、また僕が悪かった」

「わかってくれたらいいよ……でも、これが俺の本心だから」

「ありがとう。君って、本当にいいヤツだな」

 素直な感想を口にすると、またしても倉石君が顔中を赤らめる。

「……そんなこと言われたのって、初めてだ。嬉しいよ」

 はにかんでいるその表情には、本来の奥手な部分が出てきたように思えた。そういうところが、今の僕には好ましい。

 そんな倉石君に向けて、右手を差し出す。

「こんな僕だけど、これからも会ってくれると嬉しいな」

「もちろんさ……なるべく胸のことは気にしないようにするから」

 彼はちゃんと僕の目を見て、握手をしてくれた。


 以前からも、『倉石君と出会えてよかった』とは思っていた。けれど今夜は、奇妙な信頼感もできてしまった。普通の男としてオナニーはしても、僕を『夜のオカズ』にだけは使わないと断言してくれたことが、印象的だったからだ。

 内向的な彼の性格だから、そんな事をした後では僕の顔ををまともに見られなくなる……というのが理由だと思うけど、ナチュラルにセクハラしてくるその辺の男子とは、全然違って見える。

 もし僕が男のままなら、倉石君とは知り合うことすらできなかった。TSになったからこそ彼と友達になれたわけで、これも矛盾ではあるけれど、僕にとってはベターな結果と言える。

 そんなことを思いつつ初夏の夜を、足取りも軽く、歩いて帰る僕だった。

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