第48話:宿地下侵入

騎士団堂舎の騎士長室。


仕事が多いのはどこの支部も一緒みたい。紙の山が二つも出来上がっている。



「状況は?」



入るなりすぐ、ライヒが聞いた。騎士長が敬礼をしたまま答える。



「は!現在、勇者様の指示の通り、炎龍の雫に滞在している客の避難が完了しております!」


(僕の…指示…?)



した覚えのない指示に、疑問が浮かんでくる。それを言葉にする前に、ライヒがくるりと背を向けた。



「わかった。これより向かう」



スタスタと部屋を出るライヒ。続いてヴェラも出ていく。



「あの、勇者様…」



僕も部屋を出ようとしたとき、騎士長に呼び止められた。不安の魚影が瞳を泳いでいる。



ゆっくりと開く口。また…あれが来る…






「キュルケー様の御用台は…?」






ヨトゥンとの戦い以降、キュルケーさんは傷の療養中ということになっている。セシリアさんとティオナさんは…その…



ふるふると首を横に振れば、騎士長は小さく肩を落とした。



「承知…致しました。引き留めてしまい、申し訳ありません」


「いやいや、大丈夫だよ」



軽く手を振って、部屋を出る。扉が閉まる寸前、小さく彼の声が聞こえた。



「セシリア様がご健在なら…」


(…)



まだこの情報は、市民には共有されていない。騎士たちには箝口令かんこうれいが敷かれている。



(今…知られたら…)



重い雰囲気を深呼吸で流して、二人と合流。速足で炎龍の雫に向かう。 




「む、着いたぞ」




ピリピリする空気に包まれた炎龍の雫。


騎士たちが囲い、誰も近づかないように警戒している。


少し強張った空気を吸って、吐き出す。



「行こう」


「ああ」


「うむ!」



気合いを入れて、いざ炎龍の雫へ。




建物に近づけば、騎士たちがサッと離れて中へ通してくれた。



「勇者様、ツァールライヒ様、ヴェラスケス様、よろしくお願い致します」



現場の指揮をしていた騎士が、敬礼をして言った。



「うん、任せて」



炎を吹く龍を模した扉の先には、前と変わらない景色が広がっていた。


深い赤を基調にした、豪華だけど主張は激しくない雰囲気。ゆらゆらと揺れる灯りが、火山を彷彿とさせる。



(違和感は…ないね)



前に来た時と変わらない。



炎帝への敬意と畏怖が練り込まれた、色と形と紋様の数々。


荘厳そうごんで強大な美の焔。



人がいない分、その造形の凄さがより際立って見えた。



「手当たり次第探すぞ。まずは一階だ」


「わかったよ」


「む!了解だ!」



ライヒの一声を合図に、調査開始。僕は右、ライヒは真っ直ぐ、ヴェラは左だ。



僕が行く右は、食堂へと続く廊下だ。ここで代々受け継がれている魚の溶岩焼きは、他にない刺激的な香りと味を有している。


ちなみに冒険者組合のメガログリオスの溶岩焼きは、この魚料理を元にしているのだとか。



金縁の大きな扉を開けば、ガランとした食堂が現れた。




(なんだ…?)




違和感。


すごい違和感だ。




(この感覚は…魔法?)




不可視の霧が浮かんでるような、意識から無理矢理外されるような、そんな雰囲気。


その違和感の起点へとジリジリ近づけば、右足下の感覚が消えた。



「ーー《エスパシオ》ーー」



浮遊感が来る前に、即座に転移。危なかった…。



とりあえず報告しないと。



「ーー《シュティン》ーー」



一筋の風に声を乗せて、二人の元へと飛ばす。


しばらくして、ライヒとヴェラが食堂に入ってきた。



「ここか。雑な結界だな」


「うん、あんまり魔法が得意じゃないみたいだね」



光魔法の幻術結界。穴があるところを覆うように構築されてる。


それだけで僕らの目を欺こうなんて、甘く見られたものだ。



「さっさと行くぞ。人質を取られているからな」


「む、そうだな」



先陣を切って、穴に飛び込む。光を手に浮かべて足元を照らしても、先は黒一色だった。




(ラフィさん…どうか無事で…)






ーーーー





「ーーぅぅぅぅ…」




唸り声…



お腹が押しつぶされるような、体が崩れていくような、暗くて重くて低い音…



「…っ」



体が動かない。


手と足がキツく縛られてる。



(ここ…は…?)



うっすらと目を開けば、見覚えのある影が少し見えた。


壁に見紛う大きな体に、黒い仮面から覗く鋭い目。



「…っ!」



覚えてる。脳裏に強く強く焼き付いてる。




痛み。恐怖。嫌悪感。


それをかき消してくれる、ユウト君の温かさ。


ぴょこぴょこ可愛い弟が凄く頼もしくて、ちょっとだけ涙が出ちゃった。




(そうじゃなくて…何があったの…?)



確かユウト君の話をして、テルモネロに着いて、それでーー



(ーーそこからがわからない…)




襲われたのは間違いなくそこ。そのあと連れ去られて、監禁された…


そして私を連れ去った人たちの正体は…



(間違えなくあの時の…)



屋敷を襲った人…いや魔族。前は血を摂っていたけど…どうして私が…?


テラトゥリィ家は貴族の中でも割と上位なのは知ってる。けど、魔族に狙われる理由なんてない。



(それとも、たまたま私だったってだけ?)


『目覚めたようだな』





息が消えた。





じっとりとした空気が、上から上から垂れ溢れてくる。


コツン、コツンと足音が響くたび、私の中の流れという流れが速まっていく。




空間を裂くように、独特な意匠の仮面が現れた。ずるずると嫌な気配が、とぐろを巻いて佇んでいる。


一挙すらはばかられる刻のなか、軽薄な声が刃を入れた。



『俺はずっと起きてたぜ?』


『黙れ』



肩をすくめる大男。にやにやと笑っているのが仮面越しにも伝わってくる。その雰囲気が、よりお腹の底をまさぐってくる。



「何が狙いですか!?どうして私を!?」



纏わりつく雰囲気を振り払うつもりで、大声で言う。



『狙い…か。それはーー』


『ーーユウトを殺す!!!』


「きゃっ!!」



思わず顔を背けてしまうほどの、あまりにも大きすぎる咆哮。部屋が揺れて、ぱらぱらと土が降ってきた。



恐る恐る前を向けば、鼻息を荒げる大男に、ため息の冷水が浴びせられた。



『何度言えばわかるんだ?殺すな』


『ああ!?うるせぇよ!!俺はーー』


『黙れ』



空気が凍った。凍りついた。


気温は下がってないのに、ガチガチと歯がなる。



大男は黙り込み、舌打ちをした。そのあと堪忍したように両手を上げた。



『無駄な抵抗をすれば…わかっているな?』



鋭い一瞥。反射的に体が跳ねた。



『行くぞ。客だ』


『へいへーい』



コツンコツンと足音が響く。徐々に遠くなるそれが完全に消えたとき、全身から力が抜け出した。



「はぁ、はぁ」



いつの間にか、息をしていなかった。いや、できなかった。



それくらい…怖かった。



「うっ…っ…」



ユウト君……





ーーーーー





「ふぅ、ようやく着いたね」



長い長い滞空時間が過ぎて、ようやく地に足がついた。まだ浮遊感が纏わりついてる。ふらふらする。


僕らを覆う壁は魔物の巣窟である、迷宮のような雰囲気をしていた。



「む!迷宮のようになっているのだな!」


「そうだね」



考えることは一緒だったみたい。なんだか笑いが出てくる。



「笑ってないで、さっさと行くぞ」


「うん」



頬を叩いて気を引き締める。


直線の通路に敵影はないけど、警戒しながら進もう。



「二人とも、敵の目的と正体、なんだと思う?」



一瞬間が空いて、ライヒが口を開いた。



「あれから考えたが、さっぱりだな」


「だよね、ヴェラは?」



予想通りの答え。あまり期待せずにヴェラの方を見れば、何か考えがありそうだった。少し意外だ。



「む、思うに復讐ではないだろうか?」


「復讐…?」



どうして復讐になるんだろう。


確かにぶっ殺してやるって叫んでたけど、それは脅し文句の方だし…ほかにそれっぽい要素は無い。



「なぜ、そう思うんだ?」



ライヒが聞けば、ヴェラは肩をすくめた。



「適当なんだね…」



でた。ヴェラの適当発言。程よく緊張が抜けるのはいいんだけど、たまに当たるのが怖い。



「おい、開けた場所がある。警戒しておけ」


「了解だよ」


「む!おーけーだ!」



煌爛コウランを抜き、正面を注視。確かに出口のようなものがある。


ゆっくり、ゆっくりと進む。今のところ怪しいものはない。



(入った!)



即座に後ろを向く。異常…無し。



『よぉく来たなぁ!』


「「っ!!」」



広間の中央。誰か…いる。



(さっきまではいなかったはず!いつの間に!)



『ユウトの野郎がいねぇなぁ!!ああ!?』



漆黒の仮面を掻きむしる大男。怒りの雄叫びが、ビリビリと空気を揺らしてくる。



「ふん、足手纏いを連れる意味などない」


『あ…?』



一瞬の目線。次で仕掛けるっていうライヒの合図だ。


ネスティを調整。煌爛を握る。



『ふ…ふふ…』



なんだ…?笑ってる…?



『ふはははははは!!!!』



腹を抱えて、膝を叩いて、空気を揺らして、大男は笑った。



「な、何がおかしい!」


『そりゃ、そのおめでたい頭だぜ!!ははははは!!』



乗るな…これは挑発だ。



「ーー此方は彼方へーー


ーー《エスパシオ》ーー」



短距離転移。その背中…貰ったよ!



『はっ!』


「ぐっ!」



弾かれた。凄い反応速度だね。



『はっ!るってなんならのってやんよぉ!』



拳を鳴らし、前傾姿勢になる大男。鼻息を荒げる闘牛のようだ。



「行くよ!」


「ああ」


「む!」



こっちも気合い十分!戦闘開始だ!

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