第49話:宿地下の戦い

「む!まずは俺だ!」



炎が渦を巻き、ヴェラの腕を覆う。ヴァウトフシャ王家を象徴する技、《纏い》だ。


名前の通り、魔法を纏うことが出来る。自身の攻撃に属性を与えれるだけでなく、身体能力の上昇、強化にもなる。


一見簡単そうに見えるが、やろうとすると難しい。何しろネスティを絶えず微調整しないといけないからね。そこは王家秘伝の特訓法があるらしい。



勢いよく飛び出して、真っ向からぶつかるヴェラ。その強力な炎拳は、力強く、されど流れるように繰り出される。


目に残る軌跡は、二頭の大蛇が踊るよう。



『ぐっ、はっはあ!いい拳じゃねえか!』


「なっ!」



地が揺れ、土煙が降ってくる。大男が受け止めたんだ。ヴェラの攻撃を。



「む!まだまだ行くぞ!」



引いて打って引いて打って連打連打連打連打ーーー



「ふっ」


『おおっとぉ!!』



意識の隙を突いた、ライヒの一閃。それを上体を逸らすだけで避けた。


見た目に寄らず、機敏みたいだ。まあ、関係ないけどねーー



「ーー刹那に轟きし紫紅の雷よーー


ーー十の砲門を顕現しーー


ーー我が眼下の景色をーー


ーー灰燼に染め上げよーー」



二人が離れた瞬間、稲光が奔り奴を囲う。そして十の砲門が、狙いを定めた。



「ーー《ブロンルクス》ーー」



一斉砲撃。



視界が揺れ、砲声が轟く。雷光の煌めきが空間を埋め尽くす。


これは決まったね。



「勝負あり…かな?」



土煙が流れる中、一息つく。隣に戻ってきたライヒも、剣を鞘に納めた。



『こんなもんかぁ?今代の勇者様ってんのは』


「な!?」



弾け飛ぶ土煙。


明瞭になった視界には、傷一つない奴が立っていた。そしてその隣に…もう一人いた。


どういうこと…?



『期待外れもいいとこだぜ。幹部の奴らはなんで負けたんだか…』


『黙れ。だいたいこうなったのはお前のせいだろう』


『あ!?あの野郎がいないってのは聞いてねぇぞ!?』



悠々と会話する二人。まるで僕らのことなど眼中に無いと言わんばかりに。



「む!喧嘩中失礼するぞ!」


『なんだ?』


「要求を聞きたくてな!ラフィ殿を返して欲しいのだが!」


(ええ…?そんな正直に聞くの…?)



仁王立ちで堂々と聞くヴェラ。答えてくれると思えないんだけど。



『俺は構わん。用は済んだ』


『ああ!?ユウトの野郎がいねぇだろぉが!!』


『それはお前の勝手だ。知らん』


『んだとごらぁ!!』



もうピリピリした雰囲気消えたよ。子供の喧嘩を見てる気分だよ。



「む?なぜそこまでユウトこだわるのだ?」



それは僕も気になるところ。今のところ関係性が見えな…いや、待て。


何か引っ掛かる。



『負け犬の遠吠えだ。気にするな。


あの女も返してやろう』


『負けてねぇ!!俺が人間如きに…!!』


『真っ二つになった奴が何を言う?』



ユウト君と戦った口ぶり。


漆黒の仮面の大男。


大男とは意匠の違う仮面をした、細身の男。


ラフィさんが教えてくれた詳細な情報と重なる点が多い。



「そっか。君たちがテラトゥリィ家の屋敷を襲った魔族なんだね」


『あんだぁ?今気付いたのかよ』



ラフィさん曰く、ユウト君と戦ったのは今目の前にいるような大男らしい。


こんな形でヴェラの適当が当たるとはね…



『あぁ、シラけたぜ。やめだやめ』


「え?」



肩を竦めて首を振る大男。何かに落胆したような、呆れたような、そんな様子。



『帰るぞ』


『ああ』



姿が消えた。


一瞬にして消えた。



「転移魔法…か」


「そうだね」



ライヒの言う通りだ。詠唱は聞こえなかったが、あの一瞬なら短距離転移だろう。


だとすれば…



「追うぞ」


「そうだ…」


「む!先にラフィ殿の救出ではないか?」



ヴェラに止められ、冷静さが戻ってくる。思ったよりアツくなってたみたいだね。



「…どのみち先を急ぐぞ」


「うん」


「む!行くぞ!」



駆け足で前の階段に飛び込む。この先さらに潜るらしい。



(ラフィさん…どうか無事で…)





ーーーー





一瞬起きた大きな揺れ。パラパラと砂が溢れてきた。



(また…あの大男が暴れてるのかな…)



魔族の中でも特に気が短いと言われる獣人族。噂の通りすぐ怒ってた。



(落ち着いて…冷静に…冷静に…)



埃っぽくて湿った空気を少しずつ流し込む。


その冷たさに混じるように、感情の波も消えていく。



(うぅ…寒い…)



地上よりいくらか暖かいとはいえ、ここはインシオン大陸北部の地。お湯を空に撒けば、氷の彫刻ができるくらいの気温。


いくら防寒着を重ね着したって、その寒さには勝てない。小さな炎魔法も焼石に水。



(まだ…寒いって感じれてるから大丈夫…だよね)



人間、ほんとに凍えすぎると暑いって感じるらしい。まだ耐えれる証拠。



(ユウトくん…元気かな…?元気…だろうなぁ)



はしゃいで転んで雪まみれになってそう。そんなユウトくんを想像してたら、少し暖かくなった気がした。





ーーーー





一気に階段を飛び降りる。


格子みたいな土を蹴飛ばせば、倒れている人影が見えた。



「ラフィさん!」



秋の稲穂のような金色の髪。テラトゥリィ家の家紋が入った防寒着。間違いない。



「む!待つのだ!ヴァレン!」



駆け寄ろうとした瞬間、破裂するような声に止められた。



刹那、眩い赤が空間を切り裂いた。



圧倒的熱量。圧倒的風圧。


閉じられた箱の中で、紅白の龍暴れ回る。



「む!!」



視界の隅から弾かれる、もう一体の炎龍。赤と紅が押し合い、ぶつかり合い、そして喰らい合っていく。


数十秒にも感じれる拮抗の先、競り勝ったのはヴェラだった。



炎が消えた先には、青色の天井が見えた。彼女の姿は…



「ラフィさん!!!」


「む!落ち着くんだヴァレン!!」



いない。やっぱりいない。



地面が揺れて、パラパラと砂が溢れてくる。



「そん…な…」



空虚…



(うそだ…)




未来、ユウト君の妻となるはずだった彼女。


無邪気な笑いと温かい微笑みが続く平和な日々。


そんな景色を、遠巻きに眺める僕ら。



穏やかないつかが今ひとつ、またひとつ弾けて消えた。



「とっとと出るぞ」


「あ…」



さっきよりも多い砂粒の雨。


さっきよりも強い揺れ。


ここが崩れ始めている証だ。



ライヒに続いて、ひとっ飛びで穴から出る。



「しかし…卑劣な手を使う奴らだな」



隣りに立つライヒが、ボソリと言った。握られた拳は、小さく震えていた。





ーーーー





『おーおー。派手にトんだなぁ』



背から押し寄せる熱の大波。不快だ。



『おい、何をした?』



気分そのままに視線をぶつければ、飄々とした顔が返ってきた。



『全く…』



炎虎は相変わらず気分屋だ。付き合わされるこっちの身にもなって欲しいものだ。



(適合率二割五分九厘…目標には到底足りない…)



炎虎が微妙だと判断したのも頷ける数値。だが同時に、計測史上最も高い数値でもある。


あの娘を調べれば、何か掴めるかもしれん。



(全てはーー)



ーー我らが王の完全復活のために…

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