第47話:人間伝達

「ふぅ…」



すっかり日が落ちた。辺りは白と黒の二色だけに見えて、微妙な差が層を成している。


空には雲があるのか、月も星も隠れて出てこない。



(遅くなっちゃったな)



温泉の街、テルモネロからはまだ灯りが漏れている。でも門は固く閉ざされていた。


夜遅くなると、インフェルティオ霊山側の門が開かなくなる。反対側は門番が開けてくれるから、そっちに回らないといけない。



(走ろう…)



全力で走ればすぐに着くはず。




意外と時間が掛かった。ちょっと疲れてるのかも。


門番の扉を軽く叩く。横の窓から、門番がそろそろと顔を出した。



「勇者様、良くぞご無事で」


「ただいま。今日も戻れたよ」



笑って答えれば、強張ってた門番の顔が少し緩んだ。



「おーい、扉を開けてくれー」


「へいへーい」



中から門番たちの呑気な声が聞こえてくる。一応、気を張ってて欲しいんだけど…



からからと軽い音が鳴って、扉が開いた。ちょっと重い足を動かして、街中へと出る。



「いやーしかし、勇者様がご無事で本当に良かったよ」


「そりゃ、勇者ヴァレンティーア様がお戻りにならないとか、国の一大事だろう」



後ろから、そんな声が聞こえる。夜道を歩く人なのか、それともさっきの門番なのか。



(はぁ…疲れたな。少し近道しよう)



大通りを逸れて、裏路地に入る。どこも寝静まっているのか、月明かりのない今は真っ暗だ。幸い、目は慣れているので、迷うことはなさそう。



しばらく歩いていると、温泉の街には似合わない、歪な香りが鼻を掠めた。



(これは…血!?)



前線では常に漂う、鼻につくあの臭い。生暖かくて、辛く苦しくなる、あの臭いだ。


足を急かして臭いの元へ向かう。



「…っ」



目の前に転がっていたのは、見慣れた青と白の鎧の騎士たちだった。不思議と馬車は綺麗なままで、どこか不気味な雰囲気を纏っていた。



「助けないと…」



暖かな慈悲でネスティを満たす。想うは騎士たちの健康、無事。それが、その願いが、第三の瞳ヴォワールを介して現実となる。


騎士たちの体から、傷がみるみる消えていく。それでも目を開けたのは、たったの一人だった。



「うっ…」


「大丈夫かい?」



頭を抑える彼に、出来るだけゆっくりと、優しく聞く。少しの間を開けて、彼は落ち着いたのか顔を上げた。



「ゆ、勇者…様…」


「そうだよ、ヴァレンティーアだ。ここで何がーー」



様子がおかしい。ガタガタと小刻みに震えていて、全身が血走っている。



「ゆ…ゆう、ゆうしゃ…ゆうしゃ…」


「ちょ…ちょっと…」



髪を掴んで、頭を引っ掻き回している。その手に込められた力は強すぎて、止めようとししても止まらない。



ーーバキ…



「あ…」



僕の手に残った、彼の腕。真紅の水が、黒の世界に一溜まりの色を作った。




刹那、脳内に駆け巡る記憶。




あの時の、あの頃の、赤黒く輝いた日。


前を進むみんなの血が、雨となって降り注いだ日。


みんなの腕が飛んで、脚が飛んで、首が、顔が、目がーー



飛んで飛んでとんでとんでとんでとんでとんでとんでーーー





彼の首がグルンと回った。舌は垂れ下がり、目はありえない方を向いている。



「ゆうしゃ…に…告ぐ…


ラフィ…テラトゥリィ、は…預かった…


三日後…に…クジョウユウト…を連れて…我らの、元、へ、来い…


炎龍の雫…の下で…待って…いる…


さもなくば…ラフぶっこおろしてやんよあぁはあっはっははああああ!!!」




雨が、振った。



赤い赤い、通り雨。



時折柔らかいあられも混じって、生暖かく降り注いだ。





ーーーー





「ねえ」


『なんじゃ?』


「これどうゆー状況?」



俺を囲う、光の線。それが集って、鳥籠を成している。見た目は悪くないんだけど、なんかヤダ。



『お主が駄々をこねるからじゃろう?少しは反省せい』


「うっ…」



さっき出れないのやだやだやだー!って言ったら、意識がとんだ。気絶したらしい。


エアブズ曰く、「お主の全身は重度の捻挫状態じゃった。その上、関節が幾つも外れておった。傷は治したが、痛みは残っておる。安静にしておれぃ」とのこと。


ちなみに全く痛くない。まじで。絶対に。推しに誓って。



『すまなかった。我の加減不足だ…』


「いやぁ、俺の腕不足だよ。次は流しきる」



項垂れるカークス。毛並みもしょんぼりしてる気がする。



『まあ、腕が千切れなかっただけマシじゃのう』


「腕がどっかに当たってもアウト…お終いだよ」


『そうじゃなぁ』



案外人間の体ってのは頑丈なのだ。異世界にいるから感覚バグりそうだけど。



(そうだ…周りと一緒と思っちゃいけない…)



それはさておき、さっきの試合の反省会だ。



これからセシリアたちに付いて行くなら、確定でフィジカルモンスターたちと相見あいまみえる。それこそ、カークス並みのパワーとスピードがザラに現れるに違いない。


そしていつも通りの受け流しは、効果がなかった。というより貫通してダメージ喰らった。


よって相応の技を覚える必要がある。



そもそもダメージの原因は、力を後ろ回転に受け流したこと。発生した莫大な遠心力により、俺の全身は外へと引っ張られた。


結果、筋肉は悲鳴を上げ、関節は限界を迎え、脳内は断層断裂。完全敗北だ。



じゃあ回転方向に逃さなければいい…というわけにもいかない。真っ直ぐ流せば、吹っ飛んで三途の川まっしぐら。一発KOどころかお亡くなりだ。



つまり、受け流した時点でむくろ確定。



(うーん、思い出せ…俺。こっそり図書館に通った、あの日々を…)



合気の本。柔術の本。伝書の解釈本。剣術の本。居合の本。古武術の本にーー



『ユウト、ご飯の時間じゃよ』



籠の一部がスッと開いて、ご飯が乗ったおぼんがふわふわと入ってきた。



「わーいって俺はペットかぁぁぁ!!」



なんか…うん…虚しい叫び…





ーーーー





「ーー報告、感謝致します。あとはこちらで対応しますので、今日はお休み下さい、勇者様」


「うん、ありがとう」



諸々の処理を騎士団に任せ、その場を離れる。


宿に着いた頃には、時計の針は真夜中十二時を刺していた。



(ようやく…帰れた…)



部屋に入った途端、どっと疲れが湧き出てきた。あまりにも大きい追い撃ちに、瞼はズブズブと沈んでいった。







「ーーレン!!ヴァレン!!」


(呼ば…れた…?)



うっすらと目を開ける。かすんだ光が眩しい。



「いい加減起きろ!」


「冷たい!」



一気に冴えた。顔を上げれば、般若の形相を浮かべるライヒがいた。



「どこをほっつき歩いてるいてたんだ?」


「ごめん。実はーー」



昨夜の出来事をざっくり説明する。ライヒから徐々に苛立ちが引いていき、深刻な顔へと変わっていった。



「ーーなるほど、責めて悪かったな」


「いいよ、こんなところで寝てた僕も僕だし」



扉にすがって熟睡してる人がいたら、誰だって怒るし。それはそれとしてーー



「まずは二人を起こす」


「む、起きているぞ」



ライヒの後ろの扉が開いて、ヴェラが出てきた。前から起きていたのか、すっかり身支度が整っている。



「話は?」


「着替えながら聞いたぞ」



声が大きかったのかな。だとしたら申し訳ないな。



「準備を整えねばならんな」



丸太くらい太い腕を組んで、うんうんと頷くヴェラ。それに関しては同意なんだけど…



「何故ユウトなんだ?」


「そこだよね…」



理由が全く想像できない。それに敵の正体も。



(そもそもこっちでユウト君を知ってる人っているんだろうか?)



幾ら考えても出てこない。その代わり、別の疑問が浮かんできた。



「そういえば、なんでラフィさんが…」


「近くに馬車があったのだろう?ユウトに逢いにきたのではないか?」


「「…」」



ユウト君にはもう会えない…その上で事件に巻き込まれるなんて…



「同情は後だ。今は動くぞ」



僕たちは早速、ラフィさん救出に動き出した。

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