第46話:やっぱりカークス強い

朝の新技特訓は成果なし!いざ、実践!眠気もぶっ飛んだし全力で行くぜ!


お相手はもちろんカークス。その胸、全力でお借りします!



ワンツーステップからの回転ジャンプ。脳天狙いの振り下ろし。


首コキ回避に合わせて手首返し。遠心力マシマシの腕固め。


少し浮いた重心を、地面を蹴ってさらに浮かす。空中回転、追撃二閃。


着地と同時にしゃがみ込み。足を擦らせながら軌道を縦に。刃を思いっきり叩き付ける。



『繋がりが甘い!残心も忘れるな!』


「押忍!!」



地面にある刃を引き上げ、霞の構え。右足踏み込み、重心移動をのせて切先を打ち出す。


右足を軸に急速回転。半身引いたカークスに追撃を掛ける。


水平に振り抜いた陰翳を、股関節を入れて逆横一文字に。刹那の間に返る刃筋も、カークスの前では亀に等しい。結局、余裕綽々の顔で避けられて終わった。



陰翳を正眼に戻して一呼吸。重心を軽く前にして、次の動きをイメージする。


ジャンプや回転は派手だし威力もある。だけどカークスが速すぎて、当たることがない。てかそもそも、普通に振っても追いつけないし。


居合はそもそも刃が長すぎて遅いし、上段からの振り下ろしもダメだったし…うーん…



『休憩だ、ユウト』


「え?もう?」


『五十もの手合わせだ。ユウトの身体能力ならば、疲れが出ているのではないか?』



気分はまだ二回目なんだけど…まあ行き詰まってるし、休むか。そんなわけでお水を一杯。



「ふー!うま!」



冷えた水があっつあつの体に沁み渡ってく。でも全然足りないらしく、からっからのスポンジと化した喉が、おかわりをせがんできた。よし、もう一杯。



『ふむ…』


「ん?どした?カークス」



じーっと魔法陣を見つめるもんだからついつい聞いてしまった。しかも怪訝そうな顔で。



『いや、前々から気になっていてな…』


「前々から…?」



そんなに俺の《ワーテル》が気になるのかな。まあ、確かに変だけど。ってそうじゃなくてーー



(ーー前々って…俺初めてカークスの前で魔法使った気がするけど)



気になるけど、言ってくれなさそうな感じ。



『それはそれとして…だ。ユウト、貴様は一つ一つの技は素晴らしい』



それはそう。偉人が積み重ねてきた剣技や体術だし。



『だが技と技の繋ぎが甘い。それは理解しているな?』



カークスの問いに頷いて返す。ていうかさっきも言われた。散々言われた。耳にタコが出来るかと思った。思ってないけど。



『実戦において、技の綻びはそのまま隙となる』


「そんで死ぬ」


『そうだ』



あっさり全身挽肉になって終了。うーん、容易に想像出来る。



(ていうかフィジカル違いすぎて対抗出来る気がしないんだけど)



よく今まで生きてこれたもんだ。あれもこれも全部セシリアとラフィと陰翳のおかげな気がする。マジ感謝。



『さて、休憩は終わりだ。次は試合だ』


「押忍!」



垂れ流しにしていた《ワーテル》をキャンセル。蛇口を閉めるのってこんな感覚なんだろうか。



『今度は手加減しない。いくぞ』


「押忍!!」



正眼に陰翳を持ってくる。意識するのは技の繋ぎ…



「やべ!死ぬ!」



勘で右に受け流す。刹那遅れて衝撃に吹っ飛ばされた。


視界が色の線に変わって、三半規管がぶん回される。たぶんすげースピードで回ってるんだろうけど、もはや訳がわからん。



『やりすぎじゃよ…』



穏やかな風が吹いた。俺の回転エネルギー全部を吸ってくれる、救世の風が。


ふわっと着地。無事生還しました。



『ユウト、大丈夫かのぅ?』


「うん…だい…」



あれ?目がよく見え…





ーーーー





カラカラと軽快な音に、温かい空気。銀世界と私を隔てる透明な硝子が、白く淡く霞んだ。



(ユウト君…元気かな)



たった一ヶ月くらいなのに、あの無邪気な明るさが随分と懐かしい。それも一緒にいた時間は十日間だけだったというのに…



(だって、可愛いもん…)



弟がいたらこんな感じかなぁって何度思ったことか…


しれっと繋いでくる手の温かさとか、ぴょこぴょこ周りを動き回るとことか、はむはむお菓子を食べるとことか…


本当に十八歳なのかなぁ…



「ラフィ様、ユウト様のことを考えておられるのですか?」


「うっ…うん…」


「ふふっ、そうですか」



私がユウト君のことを話すとき、みんなは同じような顔をする。温かいけど…なんというか含みがある感じの…



「私たちもあの明るさが懐かしいです…」


「そうだね…」



満天の星空を瞳に秘めて、前を歩くユウト君。すごく明るく感じた、いつも通りの景色。たった一人の違いでこんなにも変わるなんて知らなかった。



「それに、小さな子と変わらないくらい無垢で無邪気ですからね」


「あのことも気づいてなさそうだしね」



ユウト君が出した、魔族捜索の依頼。思い出すだけで笑みが溢れそう。



(かなりの量の宝石だったけど…足りなかったんだよね)



上級依頼、しかも大人数に対して出す依頼だから、金貨五枚くらいはかかる。


ユウト君が持ってきた宝石全部を換金しても、金貨三枚くらい足りなかったんだよね。こっそり払いに行った時は、お父さんが先に窓口にいてびっくりしたけど。



「着いたみたいですよ」



車輪が止まる音が小さくなった。扉の窓に人影が写り、少しの間を置いて開いた。



「ーー《ザム》ーー」


「「うっ…」」



瞼が…重い…


目が…ボヤけてく…



だめ…たえられ…ない…





ーーーー





「はっ!!」



けたたましく叫ぶ脳内アラームが、俺の体を跳ね飛ばした。



「エアブズ!行きたいところがあるんだけど!」


『元気じゃのぅ。お主、目覚めたばかりじゃよ?』



霞んでる視界でも、立派な顎鬚は健在…じゃなくて。



「俺の勘が言ってる!叫んでる!」


『なんじゃ?』


「外に出ろって!」



叫び声でクラクラする。さっきのダメージ…思ったより大きいな。



『まあまあ、落ち着くのじゃ。ほれ、地図があるから、どこへ行きたいか指してみぃ』



そう言って何かが動く方を見るけど、正直何が何だか…


とりあえず、この辺だぁ!あ、ちょっとズレた気がする。



『ここは人間の街じゃな。名は確か…』


『テルモネロ、だ』


『そうそう!それそれ!じゃ!』



どこぞのトンボのメイクアップアーティストを思い出す合いの手。二人は息ぴったりだなぁ。



『ううむ…テルモネロのどこじゃ?』


「ここ」



指が行きたい方へ、望む方へ、手を押していく。行き着いた先は、テルモネロの中央東くらいだ。


二人がじっと地図を覗き込む。しばらくの間の後、カークスがポツリと呟いた。



『”炎龍の雫”という宿屋だな』


『「ほぇ〜」』



初めて知った。なんか高級そうな名前。ていうか炎龍って…



(アグネスが言ってた炎帝のこと?)



炎帝。絶対かっこいいやつだ。火山の奥に堂々と佇む巨大な炎龍ドラゴンとか、ファンタジーの十八番じゃん。めっちゃ行きて〜。



『すまんが、それは無理じゃ』


「え?どっち?」


『その宿屋以外、どこがあるんじゃ?』



あー、心読んできたのかと思った。ただの勘違いでした。



『ところで、なんでそんなに宿屋に行きたいのじゃ?』


「うーん、虫の知らせというか…勘というか…」


『ふむ…』



エアブズが顎髭をさする。やっぱり行ってもいいのかな。



『まあ、無理なものは無理じゃ』


「ええ〜!!」



ショックで視界が晴れた。ようやく本調子だ。というわけで、むくれて不満を表現しよう。



『そんな顔をしてもだめじゃ』


「ユウトくーんショック!」


『なんじゃそれは』


「てへぺりんこ」



世界を平和にする言葉です。



『あ、言うのを忘れておったが…』



ポンと杖を突くエアブズ。なんだろう?



『お主、脳震盪のうしんとうで気絶しておったぞ』


(ええ?なんで今言うのさ?)



困惑しか出てこない。てかあの時揺れてたのは三半規管だけじゃなかったか。



『てへぺりんこ、じゃ』


「だぁぁぁぁ!!それやめろぉぉぉぉ!!」



我ながらな〜いすハッキーング。



『なんで…怒ってるのじゃ?』



変な空気だけが、ボス部屋に流れた。

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