第45話:夜に馳せる想い

やった…やってしまった…


ティオナ・ガルディエーヌ、生涯一のやらかしだぁ!!



(うあああああ!!恥ずい!!恥ずすぎるってぇ!!)



布団が悲鳴をあげそうなくらい握っても、寝台の上で縮こまっても、全身で暴れ狂う熱は全く消えない!



(勢いで全部ぶち撒けちゃったよぉ…)



ふわふわ飛んでる女の子アイオリアさんにまんまと乗せられた…



(どうしようどうしようどうしよう)



明日からどんな顔でセシリア様に仕えればいいか、ぜんっぜん想像できない。



(落ち着け…落ち着け…いつも通りでいいんだ…)



何度言い聞かせても、何度深呼吸をしても、心臓の跳ねる速さはまったく変わらない。



(そういえばこんな時は、月を見上げると落ち着くって聞いたような…)



寝返りを打って窓の方を向く。寝台を包む布地の隙間に、淡い銀の灯籠が浮かんでいた。



淑やかに揺れる月の光が、心の波を鎮めていく。熱も引いていき、いつの間にか調子が戻ってきていた。



(すごい…ほんとだったんだ…)



ただの噂話だと思ってただけに、なんか感動。






ぼーっと月を眺めていたら、何か変なことに気が付いた。



(呼吸音が一つしかない)



慌てて隣りを見れば、そこにいるはずのセシリア様の姿がなかった。


すぐに跳ね起きて、上着を羽織る。相棒の刹那を掴んで、部屋を見回した。



(いない…でも動いた跡がある…)



布団は少ししわがあって、扉も少し開いていた。


自分で動いた感じがあるけど、一応確認はしておかないと。



(私を起こして下されば良かったのに…)



護衛としては力不足なのは重々承知してるけど、頼られないというのはやっぱり悔しいというか…



悶々としながら、部屋を出る。セシリア様が歩いた形跡は、やっぱり残ってなかった。



(セシリア様…一体どこへ…?)



胸に真っ黒な墨が滲み落ちる。ざわめきが焦燥感を煽る。居ても立っても居られない。


青系一色の景色が目まぐるしく消えていく。



(食堂ここも違う…訓練所ここも…)



息が切れる。心臓が痛い。余力はまだまだあるというのに…


曲がり角のところで人影が見えた。思いっきり踏ん張って急停止。



『おや?ティオナ様、こんな時間にどうしたの?』


「ヨトゥンさん!セシリア様をお見かけしませんでしたか!?」



ヨトゥンさんは少し呆けた顔を浮かべた。数瞬の間がとんでもなく焦ったい。


ようやく自体を飲み込んでくれたのか、ああ、と納得したように頷いた。



『セシリア様ならさっき東の塔の方に向かってたよ。あっちにはーー』


「どちらに向かえば!?」


『こ、こっちだけど』


「感謝致します!!」



ヨトゥンさんが指した方へ全力で走る。立ちはだかる扉を叩き開き、螺旋階段を飛び登る。


出来るだけ、出来るだけ速く。一秒一瞬でも速く、セシリア様の元へ。



「セシリーー」




時が止まったような気がした。




慈愛の銀光が降り注ぐ中、風に揺られる浅海の色。時折り見える、淡い桃の珊瑚さんご


そんな美しい海が在る銀世界に、一筋の雫が溢れ落ちた。



「ユウトさん…」



銀海の女神セシリア様が奏でる、澄んで濁った悲しみの音。銀海の空は静かに荒れる。



(セシリア様…)



たった一ヶ月ほどの付き合い。でもその想いはきっと…きっと、私には想像もできないほどに大きい。



(なら臣下である私がするべきことは…?)



わからない。何が正しいかはわからないけど…



一つ息を入れて、一歩踏み出す。塔の端で、物憂いげに彼方を見つめるセシリア様の元へ。



「セシリア様、この寒風はお体に障りますよ」


「ティオナ…」



出来るだけ優雅に、いつも通りに振る舞う。動揺も心配も配慮も隠して、ただただいつも通りにお辞儀する。



「急に居なくなったこと、反省しています。ですがもう少しだけ、もう少しだけ一人にさせてください」



心の内を見透かしたかのように、セシリア様が言った。悲しみを押し殺した声色に、切なさと儚さが滲んでいる。


一瞬見えた若草の瞳は、水晶にように輝いているようで、枯れていた。





ーーーー





わからない…


セシリアのことも…ティオナのことも…



(なんなのよ…本当に…)



好き勝手言って、勝手に走っていって、挙げ句の果てには帰ってこない…



「キュルケー、入るぞ」


「ヴェラ…」


「む、ヴェラだぞ!」



ヴェラは相変わらず明るい。ずっと沈んでるせいで、余計に輝いて見える。


隣りに座ったヴェラは大きくて、温かい…



「随分落ち着いたようだな」


「…そう…ね」



じわりと何かが湧き上がってくる。抑えていたはずの熱が、また目頭に集まってくる。



「っ…」



拭っても拭っても、視界の滲みは消えない。



(なんでなのよ…!なんで…!)



理解出来ない、訳がわからない、分かりたくもない!



なんでセシリアが消えないといけないの!?


なんでティオナが消えないといけないの!?


何で死にに行かないといけないの!?



ただちょっとだけ…ほんのちょっとだけ強かっただけじゃない!!



魔王の前では無いに等しい、それどころか強さですらないこんな力!これのせいで…これのせいで…!



「誰か…なんとかしてよ…」


「む…その時は…」


「任せろ…って?何も出来なかったくせに…!」


「む…」



ヴェラですら届かなかった。ヴァレンですら追いつけなかった!ライヒですら劣っていた!!


力、速さ、技術、魔法…


あらゆる点において、別格の力を持つ存在…魔王。あんなのにどうやって勝つのよ…!


魔王だけじゃない。霜の巨人ヨトゥンだって、炎帝だっている…!



(もう…おしまいよ…あんなのどうにもならないわ…)



そう…どうにもならない…ならないのよ…





ーーーー





『一方その頃ユウトはというと…』


「これから布団で寝るところでしたー」



寝台の上で飛んで跳ねて一回転。ユウトに合わせて光を飛ばすとしようかのぅ。



『何を言ってるんだ?』


「てきとー!」


『じゃな!』



寝台の隣りにスタッと着地。なかなかいい技になったわい。



「それじゃ、おやすみー」



着地と同時に回転。布団を巻き込みながら寝るユウト。面白いことをするのぅ。


しかもすぐに寝息を立て始めたわぃ。



『さて、わしらは…』


『行くか』



カークスと食堂へ移動じゃ。




席に着き、お酒を並べるのじゃ。瓶八十本もあれば十分かのぅ。



『会議を始めるとするかのぅ』


『ああ、まずはユウトの戦い方についてだな』



一本目の封を開けつつ、話に集中じゃ。魔剣はそれなりに分かるが、剣術はさっぱりじゃからのぅ。



『ユウトの基本は”受け流し”にある。


圧倒的技量によって、力を流し、武器を流し、体を流す。流れた体は崩れ、致命的な隙となる。


そして生じた隙に一気に攻撃を叩き込む。



攻撃はまだまだ甘いところが多い。だが受け流しは剣…いや技の極地に至っていると言っても過言では無い。


あれを再現をすることは、我にも無理だ。根本的な体の使い方が違いすぎる。


脱力の仕方…いや自然体の在り方が力を流すことに特化している。



それだけでは無い。



ユウトは異常なほど勘が鋭い。迷宮での様子を見れば分かるが、どんな分岐でも正解を引き続けている。


何か推測を元に動いている様子もない。心の中ネスティを覗いても…だ。



戦っている間にも、その異常性は顕著に現れていた。


技を放つ瞬間、攻撃を受ける瞬間、間合いの取り方…。あらゆる刹那において、思考よりまず体が動いてる。


あとは動体視力もなかなかなものだが…これは気にするほどのものでもないな。勘でどうにでもなっているからな』


(う…む。想像以上に話しおるのぅ)



よほど気に入ってるんじゃろうなぁ。普段はあまり変わらない表情に、ユウトあやつの話をするときは喜びの色が混じっとるからのぅ。



(カークスこやつがこんな風になるのはいつ振りじゃろうか…)



随分と老骨の身に染みる感慨深さじゃ。



(それはさておき、ユウトの話に戻るとするかのぅ)



こやつの話をまとめれば、勘と絶技の受け流しで危ない橋を渡り続けるという戦い方をしておるということじゃな。


それをインエイの能力が補助することにより、より確実なものに変えておると…



『それとインエイの能力だが…どうにも剣圧の増加だけでは説明が付かない』


『それはわしも思っておった。ただその正体がさっぱり分からん』


『同感だ』



結局、何度議論しても、何本酒瓶を開けても、その正体は掴めんかったわぃ。


こんな時ーー



『ーーあやつがおればなぁ…』


『あの鍛治馬鹿か…』



老骨二人のため息だけが、虚しく寂しく残りおったわぃ。

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