第30話:ユウト君との一日 〜お昼から夜まで〜

ちょっと凹んでるユウト君を連れて、ファブロさんの鍛冶屋を出た。



「ユウト君、次はどこに行く?」


「ラフィの好きなとこで」


(私の行きたいところ…)



服屋さん、花屋さん、雑貨屋さん…


次々と候補が浮かんでくる。でもそれを全て打ち砕くように、一つの音が鳴った。



「あぅ…お腹鳴っちゃったよ…」



ユウト君がだらーっと項垂れた。



「お昼にしよっか。今度は私が案内するね」


「うん、お願い」



通ってきた道を辿り、大通りへと戻る。真横をとことこ歩くユウト君が可愛い。


朝や夕方に比べて、かなり人通りの少なくなった大通り。レサヴァントの住民の殆どが冒険者なだけあって、お店も居酒屋が多い。



(でもお昼から飲むのは…やめておきたいな)



なので大通りを外れて、脇道に入る。



「どこ行くの?」


杜鵑草ほととぎすっていう喫茶店」


「喫茶店かぁ…初めて行くなぁ」



初めて。不思議とその言葉は魅力的に聞こえた。


その心地良い感覚に浸りながら歩いていると、目的のお店に着いた。


鈴の音と共に、中に入る。



「いらっしゃいませ」


「おお〜、カウンター席かぁ」



ユウト君が感嘆の声を上げた。意味はやっぱり分からないけど、嬉しそうなのは凄く分かる。


店長さんの前の席に着く。ユウト君はキョロキョロと周りを見渡して、それから私の隣りの席にストンと座った。


興味津々といった風に店長さんをジッと見ている。



「ユウト君、何を頼む?」


「これ」



お品書きを見た瞬間、ユウト君は迷わずに『山盛り果物のふんわり焼き』を指差した。子供っぽくって可愛いのを選んだ。



(何にしようかな?)



普段なら豪快なお肉系料理を食べるけど、今日はなんとなくそんな気分にはなれなかった。というわけでーー



「店長さん、『山盛り果物のふんわり焼き』と、『三種のはさみ』、それから『本日の果実水』を二つお願いします」


「承知致しました」



お品書きを元の場所に戻してユウト君の方を見れば、待ちきれないのかソワソワしていた。歳の離れた弟が出来たみたいで、なんだか嬉しい。



「ラフィ?」



ユウト君がこっちを向いて首を傾げた。どうしたんだろう。


自分の状態を顧みる。


手のひらにはサラサラとした温かさ。右手を伸ばし、輪郭に沿って右に左にと、ゆっくり動かしている。


つまり、私はユウト君の頭を撫でていた。



「あ…ご、ごめん!つい!」



慌てて手を離す。恥ずかしさが顔まで湧き上がってきた。


一瞬、ユウト君の表情が名残惜しそうだった気がした。



「お待たせ致しました。『山盛り果物のふんわり焼き』、『三種のはさみ』、『本日の果実水』になります。


こちら、柑橘類と桃の果実水となっております。


ごゆるりとどうぞ」


「ありがと〜」


「ありがとうございます」



甘い香りが、私の気分を落ち着かせていく。



「ホットケーキかぁ!初めてだなぁ。いただきまーす!」



大きなふんわり焼きに、思いっきり齧り付くユウト君。幸せそうにほころぶ顔は、乳脂でベタベタになっていた。



「あまあまぁ」


「ユウト君、いっぱい付いてるよ」



鼻のてっぺんや、口の周りに付いた乳脂を拭った。指で拭ったから、乳脂が指先にこんもりになった。



(どうしよう…これ食べちゃっていいのかな…)



悩んでいたら、視界にユウト君の頭が入ってきた。ふんわり焼きの甘さとは違う、魅惑的な香りがする。


その甘さに痺れそうになったとき、指先からの刺激が全身を貫いた。



「クリームもあまあまぁ」



ペロッと動く舌が、その舌が拭う唇が、視線を掴んで離さない。それどころか胸の奥も、心臓も、心も強く強く握られている。



息が苦しい。


胸が痛い。



でも甘い甘い高鳴りが、痛みを掻き消すどころか心地良くしてくれる。



「…フィ?ラフィ?」


(ユウト君の声…私を呼んでる…)



心配そうなユウト君が見えたとき、刹那の間に冷静さが戻ってきた。



「大丈夫?サンドイッチ…じゃないや、はさみが喉に詰まった?」



背中に感じる優しい手つきが気持ちいい。意識がゆらゆらと揺さぶれる気がする。


トロけそうになるところを寸前で止まり、なんとか意識を保った。



「だ、大丈夫!なんでもないよ!」


「そう?ならよかった」



またふんわり焼きに夢中になったユウト君。なんだか物足りないというか…


とりあえず、料理の味はよく分からなかった。





ーーーー





「ご馳走様でしたー!」


「ありがとうございます。またの御来店をお待ちしております」



ユウト君の元気な挨拶に、にこやかな笑みを浮かべる店長さん。何故か既視感を感じた。



ユウト君と並んでお店を出れば、真上で輝く太陽が出迎えてくれた。



「あー、美味かった!」


「そ、そうだね」



味が分からなかったなんて口が裂けても言えない。ユウト君は優しいから、きっと心配させちゃうし。だから、すぐに話題転換。



「ゆ、ユウト君。行きたいところがあるんだけど…」


「お、どこどこ?」



何故かクルッと回るユウト君。ご機嫌な様子で可愛い。



「えっと、服屋さん」


「オーケー、行こっか」


(よく分からないけど、行こうって言ってるし大丈夫かな…)



大通りに戻ってレサヴァント中央に向かう。



レサヴァントは冒険者中心の街。なので門周辺は鍛冶屋さんや道具屋さんといった、冒険者にとって欠かせないものを売っているお店が多い。あと飲み屋さん。


そこからちょっと離れて宿屋さんがあって、その先に住居が集まっている。


喫茶店さんや服、雑貨、家具屋さんはレサヴァントの中央近く、大通り沿いに固まっていて、レサヴァントの中心にテラトゥリィ家の屋敷うちがある。



そんな感じの造りの街だから、杜鵑草に行ったあとに服屋さんとなるとちょっと距離がある。


いつもなら歩きたくないけど、不思議と今日は嬉しかった。


そんな浮ついた気分に身を任せ、ユウト君に話しかける。



「ユウト君」


「ん?」



道具屋さんを見ていたユウト君が振り返る。バッチリ目が合った。ちょっと鼓動が速まった気がする。



「ユウト君ってさ、普段はどんな服を着るの?」


「学校の制服か、作ったやつ」


「作れるの!?すごいね!」


「見た目はあれだけどね」



ユウト君はたははっと曖昧に笑って、頬を掻いた。



(こんなにすごい髪留めも作れるし、ユウト君って本当に手先が器用だよね)



そっと髪留めに触れる。


花を模した繊細な美しさ。これを表現するのには、どれだけの腕が必要なんだろう。



「ねぇラフィ、聞いていい?」



ユウト君の方を見れば、澄んだ夜の瞳に溢れるほどの星が輝いていた。それだけ私に興味を抱いてくれてるのかと思うと、すごく嬉しくなってくる。



「うん!なんでも聞いて!」



興奮のあまり、声がちょっと上擦った。それはそれとして、ユウト君の言葉を待つ。その時間が心を焦らして、高鳴りを数段飛ばしに跳ね上げていく。


だけど聞こえた言葉は、想像の斜めどころか枠すらも飛び出したものだった。



「ギルド…じゃなくて組合の仕事ってどんな感じ?」


(し、仕事…?)



肩透かし。あまりにも肩透かしすぎる一撃を貰った。その困惑と衝撃のあまり固まってしまった。


その間もユウト君の瞳はずっと眩しかった。輝く好奇心に当てられて、ようやく正気を取り戻した。



「しごと、仕事の話ね。普段はねーー」



口外禁止のことは伏せつつ、淡々と職務を語る。こんな話が面白いのかなぁとは思ったけど、その疑問は笑顔によって掻き消された。




ちょっと愚痴も混ざりつつユウト君と話していたら、いつの間にか目的地に着いていた。



「ユウト君、ここだよ」


「す、すごいお洒落…」



ユウト君が一歩後退った。心無しか、表情も引き攣ったような。



「気後れしてるの?」


「う、うん…俺が入っても大丈夫かなぁ…?」


(ユウト君でもそういうことあるんだ…)



自信無さげなユウト君。いつも好奇心旺盛で子供っぽい印象だから、こういうのは新鮮で可愛い。どうして服屋さんに入ることに躊躇しているのかは分からないけど。



(私が引っ張って行かなきゃ!)



気合いを入れて、目一杯の笑顔を浮かべる。パッとユウト君の手を取った。



「大丈夫!私がいるから」


「う、うん。よろしく?」



少し強張りが解けたユウト君。力の抜けた手を引いて、お店に入った。



淡い光に照らされた店内に、たくさんの服が並んでいる。


一階は新作や目玉商品があって、二階は女性向けの服、三階は男性向けの服がある。とはいえ性別関係なく着こなす人もいるし、だいぶ抽象的な分け方をしてるなーって思うことも時々ある。



「いらっしゃいませ。瑠璃鶲るりびたきへ、ようこそお越し下さいました」



顔馴染みの店員さんが、丁寧にお辞儀した。



「こんにちは。彼に合う服を見にきました」


「ふふっ、承知致しました」



店員さんについて行ってお店の中を巡る。すれ違う他の人たちは、今日何度も見た気がする雰囲気の笑顔を浮かべていた。



「あのワンピース…じゃないや、行灯袴?ラフィに似合いそう」


(すごいフリフリしてる!可愛いけど…)



正直似合わない…というか着る勇気がない。ああいう服はもっと可愛らしくてあざとい人に着て欲しい。



(でもユウト君が似合いそうって…)



ユウト君の言葉と、自分の心の狭間で悶々としている間に、店員さんがユウト君に話しかけた。



「わんぴいすですか?」


「あー、あんな感じの上着と行灯袴がくっ付いた服」


「可愛らしい響きですね。どちらの言語ですか?」


「うーん…あんまり言いたく無い…」



ユウト君の謎の言葉が気になったみたい。苦笑いをするユウト君に、純粋な興味の眼差しを向け続ける店員さん。



「俺が考えた…ってことにしておいて」


「承知しました。あの、ではこちらの服はなんとお呼びしますか?」


「ああ、それはカーディガンで…そっちはパーカー」


「かあでぃがんにぱあかあ…」



どこからか取り出した手帳に羽筆を走らせる店員さん。ユウト君は何かを察したのか、店員さんの手が止まる度に、服を指差しては名前を言っている。



「ざっくりこんな感じかなぁ」


「ありがとうございます。あの…こちら…」



店員さんが言いづらそうにしていると、ユウト君はニコッと笑って軽く手を振った。



「いいよー。好きに使ってー」


「え…?えっと、条件などは…」


「うーん、じゃあ独占は無し!他のお店の人にも教えてあげて」


「え、ええ…?」



おそらく商談を持ち掛けようとしていた店員さんが、困惑の表情をありありと浮かべている。



(それはそうだよね…)



自社の商品名にするつもりだったんだろうけど、条件がまさかの独占禁止。ユウト君としては、商品の種類として名付けして欲しいっていうことかな。



「ユウト君、ユウト君」



トントンと肩を叩けば、ユウト君はこてんと首を傾げた。



「ここで商談に持ち込めば、結構なお金稼ぎが出来ると思うよ」


「そうなん?でもいいや。名前教えただけだし」



ユウト君の言葉に、店員さんが少し沈んだ顔をした。よっぽどの商機だと思ってたみたい。



「あ!じゃあ代わりに独占していい言葉を教える!これでいい?」



ユウト君が手をぽんと叩き、新しい提案をする。その提案に、店員さんの顔に明るさが戻ってきた。



「お願いします。条件のほうは…」


「さっき教えた言葉を広めるってことで!」



無邪気に笑うユウト君。結局ユウト君の方に利益は出ないように見えるけど、それでいいのかな。



「本当によろしいのですか?」


「いいよー。んじゃ早速。このふりふりがフリルで…あれに付いてるのがレースでーー」


(すごい…これだけの作った言葉を覚えてるんだ…)



あっちこっちと店内を巡るユウト君に続き、いろいろな服を見て回る。



(あれユウト君に似合いそう)



幾つかの服に目星を付けていると、ユウト君が着ている姿を見たくなってきた。



「以上!こんな感じでいい?」


「はい!本当にありがとうございます」



店員さんは上機嫌そうにぺこりとお辞儀をした。どうやら終わったみたい。



「じゃあユウト君、これとこれ、着てみて」



早速狙っていたのをユウト君に渡す。



「はーい、って勝手に着ていいの?」


「はい、ご自由にお試しください。こちらに専用の更衣室がありますので」


「ありがと」



ユウト君が服を持って更衣室に入って行った。私が選んだ服。似合うはず。



(きっと可愛いんだろうな。ふふふっ、楽しみ)



高鳴る気分のままにユウト君が着替えるのを待った。





ーーーー





「ほんとにいいの?」


「いいのいいの。私の方がお姉さんだし」



満足。すごく満足。



(ユウト君…可愛かったなぁ)



いろいろな服を着せてみたけど、やっぱりキリッとしたかっこいい服より、ゆるふわっとした服の方が似合ってる。雰囲気に合うっていうかなんていうか。


似合いすぎて思わず買ってしまった。買ったけど私が持っていてもしょうがないし、ユウト君に上げることにした。ユウト君は貰うことを躊躇っていたけど、髪飾りのお礼って言ったら受け取ってくれた。



服が入った袋を抱えるユウト君。その目から、雰囲気からは喜びの色が見え隠れしている。



(迷惑じゃ無さそうで良かった)



安心したのか、肩の力が抜けた。無意識のうちに緊張してたみたい。



「帰ろっか」


「うん」



夕日が満ちる街の中、大通りを歩き出す。真っ暗になる前に宿屋に着いておきたい。


ちゃんと隣りのいるユウト君。抱き締めている袋に顔が少し隠れてる。目線の高さは同じなはずなのに、なんでか私の方が高く見えた。



「ラフィ」


「ん?」


「ありがと」



パッと咲いた橙の笑顔。きっと一生忘れないって、そう漠然と思った。

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