第31話:霊山の前にちょっと寄り道

あれからあっという間に十日の月日が経った。


物質調達は完璧。魔族調査も問題なし。空間転移バリアシステムも完成。本当の名前知らんけど。


実は鉱山の使用に許可がいるんだったり、鉱山内で迷子になったりと、ちょっとしたハプニングがあったけど何とかなった。てか、全部俺の問題だし何とかした。


結果は上々。エメラルドやルビー、サファイア、オパールなど、結構な量の宝石が採れた。なんでこんな種類豊富なのってすごく疑問だったけど、まあいいや。


ヴァレンの方はというと、全く収穫がなかった。俺とラフィとシュッツの証言くらいしか情報がない現状は変わらなかった。なんかごめん。


そして現在、俺たちはレサヴァントの北門に居た。ちなみにラグバグノス樹海があるのは西門。


目の前には、二台の大きな馬車があった。これでインフェルティオ霊山に一番近い街、テルモネロに向かう。そこからは徒歩で登山。火口を目指し、伝説の剣を探すと。ちなみにラフィと一緒に調べたよ。ほとんど一緒にいたからね。



「荷物全部積んだー?」


「ああ、勿論だぜ小僧!」


「こっちも終わったわ」



何故か集まっていたレサヴァントの人たちが、荷物運びを手伝ってくれた。おかげであっさりと準備が終わり、予定より早く出発できるようになった。



(ありがたいけど…ちょっと多くない?さすが勇者一行だなぁ)



セシリアたちの人望の厚さ感心しつつ、手伝ってくれた人にお礼を言う。手伝ってくれた人はこれくらいさせてくれと笑って言いながら、他の人の列に戻っていった。


列の前に立っていたのは、シュッツとラフィだった。シュッツは相変わらず堂々としているが、隣りにいるラフィは未だ涙を流していた。今回は捜索隊のときとは違って、かなりの遠出。会うのはきっと相当先になるだろうなぁ。



「ラフィ」


「ユウト…君」


「前も言ったけど、大丈夫だよ。セシリアたちがいるから」



俺がそう言えば、ふるふると首を横に振った。



「昨日の夜ね、夢を見たの」


「夢?」



話が急に飛んだ。ていうか夢の話をするにしては、どうにも表情が重い。悪夢だったんだろうか。



「ユウト君が…叫んでたんだ。すごく苦しそうに」


「うん」


「手足を真っ赤にして泣き叫んでた…」


「手でも切ったのかなぁ?」



おどけてみせたけど、ラフィはふるふると首を横に振るだけ。終いには俺に飛びついてきた。月下美人のバレッタが目に映る。使ってくれてて嬉しい。



「お願い…次に会うまで、絶対に元気でいてね」



ラフィは頬に涙が伝わせて、真剣な表情で言った。



「わかった」



ニッと笑って見せれば、ラフィの表情が少しだけ和らいだ気がした。たっぷり数十秒経って、ラフィはようやく俺から離れた。



「んじゃ、いってくるー」


「うん、いってらっしゃい」



先に挨拶を済ませて馬車に乗っていたヴェラたちと合流する。運転するのはライヒだ。ちなみに、セシリアたちの方はティオナが運転する。


パチンと鞭のような音が鳴り、馬車が動き出す。窓から顔を出せば、街のみんなが、ラフィが手を振っていた。俺も思いっきり手を振りかえす。



「お土産!持って帰ってくるからねー!」


俺の声が聞こえたのか、ラフィの表情がさらに和らいだ。俺はみんなの姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。




レサヴァントの外壁が見えなくなった頃、俺は窓から顔を引っ込めて、ちゃんと席に座った。そしたらニコニコ顔のヴァレンと目が合った。なんだろう。我が子を見守る父親みたいな雰囲気だ。



「ユウト君、ラフィさんとの距離は随分と縮まったみたいだね」


「そうなのかなぁ」


「うん。前よりもユウト君に心を開いてる感じがしたよ」


「そうだったら嬉しいな」



ヴァレンに言われて、なんだか照れ臭くなった俺は思わず頬を掻いた。



「もっと自信持ちなよ。あれは誰がどう見ても恋人くらいの距離感だったよ?ね、ヴェラ」


「む!その通りだ!」



ヴェラも自信満々にヴァレンの言葉を肯定した。



「ラフィ殿はユウトにぞっこんだな!」


(本当に…そうなのかなぁ)



ヴェラもヴァレンも良い人だ。嘘をつくとは思いたくない。でも何故か、心の底から頷けない。堂々と、ラフィは俺のことが好きって言えない。本当に、なんでなんだろう。



(きっと…俺が悪いんだろうなぁ)



漠然と、そう思った。



「ユウト君も満更でもないんだよね」


「む!すぐに結婚してしまいそうな勢いだな!」


「結婚…」



を言った瞬間、背筋に悪寒が奔った。ぞぞぞっと鳥肌が立つ。



(なんだ今の?)



唐突に出た意味がわからない反応に困惑する。自分の内を探ってみるが、原因に全く心当たりがない。仕方がないので、俺は気にしないことにした。




ドンと大きな衝撃音が聞こえた。



「むぅ…」



口から垂れている涎を拭く。いつの間にか寝ていたみたいだ。



「む!起こしてしまったか!すまんなユウト!」



ヴェラの声が頭の中でガンガンと響く。おかげでボーッとしていた寝起きの脳がシャキッとした。



「何かあったの?」



馬車のドアは開いていて、そこからヴェラが拳を振るっているのが見えた。目の前に座っていたはずのヴァレンもいない。



「ヴァレンのいつものお節介だ。貴様はそこに居ろ」



ライヒはそれだけを言うと、視界から消えた。



「ええ…?どゆこと?」



残された俺は、ただただ混乱していた。




しばらく一人で留守番をしていたら、ヴァレンたちが戻ってきた。



「おかえり」


「む!戻ったぞ!」


「ただいま。ごめんね、急に出て行っちゃって」



ヴェラは相変わらず元気良く、ヴァレンはちょっと申し訳なさそうに言った。ヴァレンがドアを閉めたら、馬車は再び動き出した。



「何かあったの?」



俺がそう聞いたら、運転席のある方の窓が開き、ライヒが説明してくれた。


俺がすぴーっと気持ち良く寝ていた間に、目の前で野盗に襲われている行商人一行を発見した。その途端ヴァレンが飛び出して行って、速攻鎮圧。ついでに逃げて行った残党を追い、アジトまで潰したんだと。



(いやぁ、あっさり根絶させちゃってるよ…)



勇者ヴァレンの英雄譚に、また新たな一説が加わった瞬間であった。





ーーーー





時折ヴァレンたちが困ったいる人を助けながら進んで、はや一週間。俺は足手纏いにしかならないから、ずっと馬車でお留守番だった。なにせ、攻撃範囲、速度ともに次元が違うから、俺がいると巻き込まないよう手加減しなきゃいけなくなるからね。もどかしい。


だがそんなはがゆい日々にも終わりが来た。



「おお〜!綺麗な街!てかでっか!」



窓から顔を出してみれば、海と見紛うくらい巨大な湖に囲まれた、これまた巨大な街があった。名は王都プライルード。あまりにも大きすぎて全体像を掴みきれない。陸からは三本の長い橋が伸びていて、そこから入ることができるらしい。ラフィが教えてくれた。



「帰ってきたね…」


「ああ…」



ヴァレンとライヒがしみじみとした声が後ろから聞こえた。ちなみにヴェラは、ライヒに代わって運転席にいる。こんな風に定期的に交代して進んできたのだ。


近づくにつれて、王都の様子が鮮明に見えるようになってきた。多くの建物がひしめき合い、それでも厳かさを失うことはない独特な雰囲気。神聖さを帯びた活気に包まれている街は、ところどころ治りかけの傷跡が存在していた。



「修復作業は進んでいるようだな」


「うん。あれから襲撃もなさそうで良かったよ」



背中側の空気が重い。戦争の後だから仕方ないけど。


カラカラと車輪が周る音が変わる。ようやく橋にかかったらしい。下を見れば、予想通り石の道に変わっていた。


門が近づくにつれ、人影が増えてきた。レサヴァントでも見た青と白の鎧を着た人たちが抜剣をし、胸の前に掲げていた。


ギギギと鉄が擦れるような音と共に、巨大な門が開く。その門を潜った瞬間、俺たちは民衆の大歓声に包まれた。



(すげぇ熱気だなぁ。人数の差がわかる気がする)



捜索隊が帰ったときのことを思い出す。一ヶ月も経ってないのに、何故かすごく懐かしい。きっと過ごしてきた時間があまりにも濃厚だったからだろうなぁ。


ヴァレンたちは民衆の熱に応えるように手を振る。あのクールなイメージしかないライヒすらちょっと手を振っていた。ものすごく意外だ。


しばらく民衆に包まれて進むと、馬車が止まった。



「降りるぞ」


「はーい」



ドアを開けて、ポイッと身を投げた。スタッと軽く着地をし、顔を上げる。その瞬間、俺の口は痙攣したかのようにブルブルと震え始めた。


視界を埋め尽くすのは、圧倒的な存在感を醸し出す巨大な城。深い海の色をした屋根と磨かれた大理石のような壁をしている。まるで戦いなどなかったかのように堂々と美しく聳えるその姿は、激情で俺を押し潰して有り余るだけのロマンを宿していた。



「ーーゥトさん、大丈夫ですか?」


「ひゅっ!」



変な音が鳴って、肺が空気で満たされた。ついでに唾まで逆流してきて咽せる。いつの間にか隣りにいたセシリアが、背中を摩ってくれた。



「ええっと…大丈夫かい?」



ヴァレンも困惑しながら摩ってくれた。



「ま、また呼吸を忘れて…ふ、ふふ、あははは!もう我慢出来ないわ!」



後ろからキュルケーの笑い声が聞こえる。今回は耐えられなかったらしい。



「む!まさか本当に息を忘れるとは!」


「はぁ、何なのだ貴様は…」



ヴェラは驚きの声を上げ、ライヒは頭を抑えてため息を吐いた。




「ありがと、落ち着いた」



ようやく咳がおさまり、城も直視できるようになった。ずっと摩ってくれてた二人に礼を言って、軽く心臓の辺りを殴る。



「どういたしまして。ところで何があったのかな?」



ヴァレンが説明を求めてきた。状況を飲み込むことができていなかったらしい。



「感動のあまり動けなくなったよ。ふ、ふふ、面白いわよね」



まだ笑ってるキュルケーが代わりに言ってくれた。ヴァレンが目線で本当かい?っと聞いてきた。俺は頷いて肯定の意を示す。


突然、視界の端に荷物が飛んできた。慌ててキャッチして背負う。



「さっさと行くぞ」



投げた本人であろうライヒが、王城に向かって歩き始めた。俺たちもそれに続いて城に向かった。


城に近づくと、たくさんの騎士が待ち構えていた。ざっくり百人といったところか。その人たちが一斉に膝を降り、頭を垂れた。



「皆様…よくぞ…お戻りになりました…」



一番前にいた騎士が、震える声で言った。チラッと地面を見ると、ちょっと濡れてた。彼のところには雨が降ってるらしい。



「はい、ただいま戻りました。この通り、五体満足です」



セシリアが彼の前にしゃがみ、ニコっと聖女の笑みを浮かべる。



「陛下が…玉座の間でお待ちです…」


「わかりました。すぐに向かいますね」



セシリア立ち上がれば、騎士たちも一斉に立ち上がった。ザッという音と共に、真ん中に一本の道ができる。



(すげぇ組織力!かっこよすぎてやぁばい!)



捜索隊入団式のときにも魅せられた、寸分の狂いもない統率された動き。うん、いい。非常にいい。だけど今回はあんまり見ないようにしておこう。泣いてる人多いし。


騎士たちの間を通り、巨大な王城の扉を潜る。今度は使用人たちが迎えてくれた。みんなセシリアたちの帰還に涙を流している。



(よっぽど酷い戦いだったんだなぁ)



こういうところからも、戦争の壮絶さが伝わってきた。


関係ないけど、彼らの間から見えた内装は、とても荘厳で美しいものだった。




セシリアの後に続いて、階段を登っていく。どうやら玉座の間は上にあるらしい。


かなりの長さの階段に、カツンカツンと足音が響く。誰も言葉を発さず、ただただ歩みを進めていた。心なしか、いつもより速いペースで歩いてる気がする。



(なんで焦ってるんだろう?まあ、いっか)



とりあえずそれはさておき、等間隔である窓を見る。そこからは王城を囲う街の様子が、さっきと違う視点で見れた。


道を行き交う人々。誰かが住んでいるであろう家の数々。それに混じって点在する教会のような、聖堂のような建物。そして戦いによって残された、痛々しい爪痕。前の世界では画面の向こうでしかなかった景色が、目の前に広がっている。



(すごいなぁ、異世界って)



改めて異世界に来た感慨に耽っていると、階段の終着点へと辿り着いた。


そこには、騎士二人が脇を固める厳重な扉があった。この二人もティオナと同じ蒼銀の神盾所属このえきしなのだろうか。格好が他の騎士と違う。


涙を堪えているようなので、あまりじっくり見ないようにすることにした。気になるけど。すっごく気になるけど。



「セシリア様…謁見でございますか…?」


「はい、父上に呼ばれていますので」


「左様で…ございますか。どうぞ、お入りください…」



肩と声を少しだけ震わせた騎士が、扉をゆっくりと開く。セシリアは二人にお礼を言うと、中へ入っていった。


俺も入ろうとすると、ライヒに肩を掴まれた。振り返ると、首を横に振られた。どうやら俺たちはお留守番らしい。


扉がゆっくりと閉まり、セシリアの姿が見えなくなった。

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