第32話:玉座の間で泣いて怒って追いかけられて

久しぶりに見た王城わがやの様子は、平和な頃と比べて随分と寂しくなっていました。人間と魔族、双方が負った大きすぎる傷跡は未だ姿を残しています。


以前は玉座に美しい硝子細工が飾られていたのですが、今は無くなっています。お祖父様のお気に入りだったのですが…


玉座に座っている、以前は老いを感じさせなかったお父様も痩せ細っていました。お父様の隣りに立つお母様にも、お姉様にも、お兄様にも、痛々しいほど戦いの痕が残っています。外傷は魔法で治せても、精神的な傷までは治せませんから。


お父様がお兄様に支えられて、ゆっくりと私の方へ近づいてきました。



「セシリア…」


「はい、お父様…」



全身がお父様の温かさに包まれます。あまりにも弱々しいその力に、いかに戦争が凄惨なものだったのか、改めて感じさせられます。



「よくぞ…よくぞ、生きて帰ってきてくれた…」


「はい…」



全身を包む温もりが増えます。霞がかかる視界の中に、涙を流すお母様たちが見えました。



「セシリアぁ…本当に…本当にぃ…ううっ…」


「はい、お姉様…なんとか…戻れました…」



長い間感じることが出来なかった家族の熱が、じわじわと私の涙を溢れさせます。気が付けば私たちは、王座の間で声を上げて泣いていました。そうしてしばらくの間、私たちは再会の喜びを分かち合いました。




ようやく涙が止まり、家族揃って目を真っ赤にした私たちは、手紙に書ききれなかったことをたくさん話しました。


ヴァレンティーア様とツァールライヒ様が魔王城から逃げるときに見た謎の機械のこと。


ラグバグノス樹海で彷徨ったときに魔族に襲われたこと。そして逃げている途中に崖から落ちて気を失ったこと。


ユウトさんに助けられたこと。


全員無事に合流できたこと。


ユウトさんからの贈り物のこと。


そんな風に、苦しかった記憶も、嬉しかった記憶も、全部話しました。



もちろん、お父様たちの話もたくさん聞きました。見るも無惨になってしまった王都と城を、民は短い間でここまで修復してくれたのだと語るお父様とお母様は、とても誇らしそうでした。


そしてお兄様とお姉様はというとーー



「ユウトとやらを連れて来い!」


「ダルク、落ち着いて!まずはどんな人か見てからよ!」


「どんな奴だろうと許さない!僕の可愛い妹に手を出させてたまるかぁ!」



ーーいつものように過保護になっていました。



(お兄様…その、気持ちは嬉しいのですが…ちょっと恥ずかしいです…)



ユウトさんが見たら何て言うのでしょうか。いいお兄さんだね!っと笑顔で言う様子が容易に想像できました。ユウトさんは純粋ですから…



「さて、長らく待たせてしまったな。彼らを呼んでくれ」


「僕が行きます!」


「こ、こらダルク!はぁ…まあ、よいか」



お父様はのっそりと立ち上がり、お母様に支えられながら玉座に戻ります。ちょうど座ったときに、後ろからバターンと勢いよく扉が開く音が聞こえました。



「君がユウトだな!こっちにこい!」



お兄様の怒鳴り声が聞こえます。振り向くと、ユウトさんがお兄様にズルズルと引き摺られてきました。背負っていたはずのインエイを、しっかり抱いているユウトさん。可愛いです。



「まあまあダルク、落ち着いて。まずはその手を放しなさい」



見兼ねたお姉様が仲裁に入ります。



「落ち着いてなどいられるか!姉様もそうだろう!?」



勢いよく振り向いたお兄様でしたが、お姉様の満面の笑みを見て、ガクッと肩を落としました。



「ふふ、そうね。ようやくセシリアに恋人ができるって思うと嬉しくてしょうがないわ!」


「お姉様!?」


「あら?違ったの?」



お姉様の一言に、全身が上気するのを感じます。



「相変わらず我が子たちは自由だな」


「ふふ、それが良いではないですか」


「全くもってその通りだな」



後ろからお父様とお母様が笑う声が聞こえます。



「久しぶりだね、レサルシオン陛下」


「ヴァレンティーア君!久しぶりだ。生きて戻ってきてくれて良かったよ!」


「相変わらず堅苦しさのかけらもないわね」


「そういうのは礼拝の時だけでいいでしょう?キュルケーさん」



私が恥ずかしさに悶えている間、キュルケーたちはお父様とお母様と楽しそうに話していました。


熱が冷めてきて目線を前に戻せば、ユウトさんが後退りをしていました。お兄様はユウトさんを逃すつもりはないらしく、ジリジリとにじり寄っています。


ユウトさんは目線を忙しなく動かすと、突然扉に向かって走り出しました。



「待て!逃がさん!」



お兄様も走り出し、あっという間にユウトさんに追いつきました。そしてお兄様が触れようとした瞬間、ユウトさんの姿が消えました。



「な!どこへば!」



お兄様の背後に現れたユウトさんが、お兄様を突き飛ばしました。しかし力の差は歴然。お兄様は倒れることもなく、ただ口を軽く噛んだだけでした。


今度はユウトさんは私の方へ走ってきました。必死な様子のユウトさんは、そのまま横を通り過ぎようとしました。その瞬間、私はユウトさんに声を掛けます。



「ユウトさん、私の後ろに」



こくんと頷いたユウトさんは、私の後ろで急停止し、しゃがみました。どうやら隠れているつもりのようです。子供っぽくて可愛いらしいです。



「お兄様、落ち着いてください」


「セシリア!すまないが通してくれ!」


「嫌です」



私は笑顔を浮かべて、はっきりと拒絶の言葉を発せば、お兄様はその場で固まりました。


私は振り向いてしゃがんで、ユウトさんに目線を合わせます。そして出来るだけ優しく声を掛けました。



「ユウトさん、もう大丈夫ですよ」


「あ…セシリア、ありがと。助かったぁ」



ユウトさんは、ぺたんと床に座り込みました。今までずっと明るい様子ばかりを見てきたので、こういう感じのユウトさんは新鮮ですね。



(やっぱり可愛いです…こう、ウズウズしますね)



私がそんなことを考えていると、お姉様が私の隣りにしゃがみました。



「ダルクが迷惑をかけてごめんなさいね」


「セシリアが助けてくれたし、大丈夫だよ」



初対面のお姉様と自然に会話をするユウトさん。押しが強い人が苦手なのでしょうか。



「私はテレーズ、テレーズ・サント・レサルシオンよ。よろしくね」


「久城悠人だよ。悠人って呼んで。こちらこそよろしく」



ユウトさんの自己紹介を聞いたお姉様は、少し目を丸くしました。



「家名で呼んでほしいなんて珍しい。何か理由があるの?」


「あ、それ私も気になってました」


「え?あー、なるほどね」



私たちの反応で何かわかったのか、ユウトさんは納得といった感じで頷きました。そしてぴょこんと人差し指を立てて言いました。



「悠人の方が名前なんだよ。久城は家名…ていうか名字」


「あら、そうなのね。それはそれで珍しいけど。セシリアは知ってた?」


「いえ、初めて知りました…」



ユウトさんについて知ることが出来た嬉しさ半分、驚き半分です。そういえば、私はユウトさんのことをどれくらい知っているのでしょうか。


ふと、お姉様と目が合いました。そして任せてといった顔で片目を瞑ると、ユウトさんの方を向きました。



(お姉様は何をするつもりなのでしょう?)



その答えはすぐに分かりました。



「せっかくだしユウト君。親睦を深めるということで、好きなものとか教えてくれない?」


「カッコイイもの!魔法とかー、武器とかー、騎士とかー、龍とかー!」


「ふふ、男の子だね。それならーー」



そんな風に和気藹々と話していると、後ろからお父様の驚きの声が響きました。



「インフェルティオ霊山に行くだと!?」


「ああ、そうだ。そのためにここの転移魔導を借りるぞ」



お父様とツァールライヒ様は、どうやらこれからのことを話していたようです。お父様の表情が焦燥に染まっていました。気持ちは分かります。なぜならあそこはーー



「炎帝がいると言われているのだぞ!!」


炎帝。炎属性魔法をあつかう龍、赤龍の頂点に君臨する龍と言われています。


伝承によれば、その力は初代勇者様と同等もしくはそれ以上。勇者様が全霊を掛けてようやく眠りにつかせることが出来たそうです。


今はまだ眠っているとの話ですが、いつ目覚めるのか分かりません。ただでさえ過酷な環境のインフェルティオ霊山から、さらに人を遠ざける理由の一つとなっています。



(ユウトさんは大はしゃぎしそうです)



ユウトさんならきっと、キラキラと輝く目で赤龍を見ながら叫んでいるでしょうね。



「承知の上だ。魔王に打ち勝つためには、相応の障害が必要だ」


「それほどまでに魔王は強いのか…」



お父様は顎に手を当てて思考を巡らせます。お母様はその様子を心配そうに見ていました。


しばらくの沈黙を挟んで、お父様がようやく口を開きました。



「わかった」



お父様は沈痛な表情で頷きました。



「あなた…」


「すまない、エウラリア。だがこれしかないんだ」


「ええ、わかっているわ…」



お母様の顔も歪みます。先遣隊にば選ばれた時にも、魔王討伐隊に選ばれた時にも見た表情。心配と、辛さと、苦しさが混ざり合っているような、そんな表情です。


私の胸が、ちくりと痛みます。それでも、行かなければならないのです。



「ダルクの方は私たちでなんとかしよう。それと、今日は泊まって行け」


「有り難くそうさせてもらおう」


「では部屋へ案内の後、昼食でもどうだ?いい頃合いだろう」



ユウトさんたちは、使用人に案内されて客間へと向かいました。私も久しぶりの自室に荷物を置き、食堂へ行くのでした。





ーーーー





メイドさんに案内されて超豪華な部屋に荷物を置いた後、俺は食堂に来た。既に全員揃っていて、料理のいい匂いで満ち溢れていた。



「ユウト君、こっちこっち」



テレーズに呼ばれて、セシリアとテレーズの間に座る。正面にはさっき俺を追いかけてきた人がいた。



(めっちゃ睨んできてる…)



ご飯がある以上、追いかけてくることはないだろう。ただご飯の後はどうなるかわからないので、警戒しておこう。



「ダルク、睨まないの。そんなことしたら、セシリアに嫌われるよ?」



テレーズの言葉に、追っかけてきた人ことダルクは慌てて表情を和らげた。敵意は全く消えてないけど。これがシスコンというやつか。



「さて、揃ったし食べるとしようか」


「いただきまーす」



セシリアのお父さんの言葉を合図に、昼食が始まった。



「そういえば、ユウト君…であってるかな?君のことが知りたいのだが、教えてもらってもよいか?」


「ええ、私も気になるわ」



セシリアのお母さんも、お父さんに賛同する。



「そういえば、僕たちもユウト君のこと知らないよね」


「そうだな」



ヴァレンとライヒも、興味があるみたいだ。俺のことを知ってどうするんだろう?



「あんたたち、なんでそんな苦い顔をしてるわけ?」



キュルケーがセシリアとヴェラの方を見て、不思議がりながら言った。



「いいよー。まあ、面白い話じゃないよ?」



俺はそう前置きをして、ヴェラとシュッツのときと同じように過去のことを話した。結果ーー



「ううっ、ユウト君、辛かったねぇ」



前に話したセシリアと、驚愕の表情で固まったティオナを除いた女性陣がなぜか泣いた。そういえば、セシリアも泣いてたなぁ。



「ユウト…本当に…ごめんなさい…」


「ええ…?なんで?」



キュルケーに至っては謝り始めた。意味が分からなすぎる。



「まさかそんな過去があったとはね…」


「なるほどな。王城を見た時の反応が異常だとは思っていたが…」


「む…俺も聞いた時は、驚いたものだ」



ヴァレンとライヒヴェラが何やら話している。とはいえ、男性陣の方の空気も重たくなっていた。



(あれぇ?こんなはずじゃなかったんだけどなぁ)



想定外の状況で混乱する一方だが、とりあえずご飯が冷めるのは嫌なので食べる手は止めない。


突然、沈黙を貫いていたセシリアのお父さんが立ち上がった。そのまま俺のところまで歩いてきて、ガッと俺の両肩を掴んだ。びっくりして、持っていたフォークを皿に落としてしまった。



「ユウト君!」


「は、はい!」


「私が君の父親になろう!だから好きに…」



そこまで言って、セシリアのお父さんは固まった。顔はジッと俺に向けたまま、でも目は途轍もないスピードで泳いでいる。



「お父様…?」



セシリアが呼びかけると、ハッと顔を上げて数回瞬きをした。そしてふるふると首を振ると、俺の肩を握る力を強めて言った。



「好きに甘えなさい」


「あ、うん…ありがと」



セシリアのお父さんは、俺の頭を軽く撫でて席に戻った。



「ううっ、ユウト君、私にもたくさん甘えていいからね」


「ありがと、テレーズ」



未だ泣いているテレーズに頭を揉みくちゃにされた。そして泣きすぎて何を言ってるかわからないセシリアのお母さんにも撫でられ、最後に隣りのセシリアに撫でられた。


結局今日のお昼ご飯はいっぱい撫でられて終わった。

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