第28話:修行は大事

ラフィとセシリアが泣き止んだ後、早速俺たちはテーブルを囲っていた。相変わらず俺はベッドに座っている。そしてご飯のときと同じように、ラフィとセシリアが隣りに座っていた。



「しかしあんた、数日の付き合いのくせに随分と入れ込んでるわね」


「そう…だね。優しくされすぎたせいかなぁ?」



キュルケーに対し俺が冗談めかしてそう言えば、セシリアに頭を撫でられた。いや、なんで?



「戯れ合うのはいいが、話は聞いておけよ」


「はーい」


「俺たちの目的はヴァレンから聞いたな?では、各国の現状を教える」



最初にライヒは、テーブルに広げられた地図の上…北を指差した。下にはラグバグノス樹海、上にはインフェルティオ霊山と書かれていた。さらにその上は海らしい。



「グラディウス王国が現状一番被害が少ない。民の生活もせいぜい緊張している程度だ。樹海付近の要塞は再建を終えており、民の大半は戦線から遠いところへと避難している」


「なんで被害少ないの?」


「おそらく気候だろう。霊山付近は例外だが、基本寒さが厳しい」


「なるほど」



次にライヒは地図上の東を指した。大きな湖もある場所だ。アギフレスト湖というらしい。



「レサルシオン王国は次に被害が少なかった。一番戦力が集中していたにも拘らずな」


「守るのは得意ですから」



ティオナが自嘲混じりに言った。二番目に少ないとはいえ、きっとかなりの被害が出ていたんだろう。



「騎士団の被害は?」


「正直かなり大きいです。守りを固める分には問題ないのですが、攻め込む方までは手が回らないですね。なお蒼銀の杖…回復や魔法特化の騎士部隊は被害が少なく、一部動かせます」


(前線に盾役タンクがいないのかぁ)



聞けばティオナがあっさり教えてくれた。そして魔族との全面衝突のときの戦力が出せないのも分かった。


地図に目を戻せば、今度はライヒは南を指していた。



「次、ヴァウトフシャ王国。被害としては二番目に多い」


「む!攻めるのは得意だがいかんせん守備は苦手でな!」


「ただ戦力になる奴が一番多い国だ。未だ多くの騎士や冒険者がいるだろう」


(それはありがたい情報)



盾役タンクはいないが前衛アタッカーはいる模様。出来れば潜入得意な人たちがいてくれたら嬉しいんだけど。



「む!その通りだ!姉上からの手紙に書いてあったぞ!」


「ヴェラってお姉ちゃんいるんだね」



これまた初耳の情報だ。ていうか、周りにいる人の家族関係ってシュッツとラフィしか知らなかったし。



「そうだぞ!ちなみにライヒのーー」


「黙れ。次だ」



ヴェラが何か言おうとした瞬間、ライヒが三文字で潰した。ライヒの何なんだろうか。実はライヒの姉で、ヴェラとライヒは兄弟だった的な?いや、それはないか。


次にライヒが指したのは西。これで東西南北コンプリートだ。



「リディマギア王国。ことの発端なだけあって最も被害が多い」


「戻ってきた民の大半は、まだレサルシオン王国にいるわ。技術者や冒険者といった、ある程度自衛出来る人たちだけがいる状況よ」


「わかった」



つまり戦力を搾り出すのすら厳しいと。そういうことだろう。



「以上が大体の各国の現状だな。何か聞きたいことあるか?」


「各国の戦力の特徴は?みんなと一緒ってことでいい?例えばレサルシオン王国ならセシリアみたいな回復的な感じ」


「その認識で構わない」



それは随分と分かりやすくて助かる。つまり魔法使いと盾役タンクは導入不可。回復職ヒーラー加護職バッファーはそれなりに動く。前衛は問題なしって感じか。



(うーん、偵察も前衛に任せちゃえばいっかぁ)



問題は中遠距離戦。魔法使いがいないのはすごく不安。何せ魔族は魔法が得意と相場が決まってるし。



「中遠距離戦力はある程度の対策はしてある。とはいえ、攻められた場合にのみ有効だがな」


「心読んだ?」


「それくらい予想できる」


「そっかぁ」



おそらく魔法仕掛けの大砲やらバリスタやらがあるんだろう。ある程度が出来るということかな。すると問題になるのは、現世魔法。



「空間転移の対策は?」


「レサルシオン王国以外は完成しているわ。ここもあと一週間程度で完成する予定よ」



キュルケー曰く、リディマギア王国の技術者たちが頑張ってくれてるらしい。その性能も保証するとのこと。



(これで、あらかじめ入っている魔族以外は問題ないな)



レサルシオン王国は特に厳しく調査しないといけない。昨日魔族いたし。



「最後の質問。ヴァレンたちと魔王の実力差ってどれくらい?」


「そうだね…赤ちゃんとユウト君よりもあるんじゃないかな」


「絶望的だね!?誰も異論なし!?」


「ないな」


「ないわ」


「む!ないぞ!」


「そうですね…」



ヴァレンのあまりにも希望のない例えに、一同揃って頷かれた。



「えぇ…?魔王強すぎでしょ」


「会ってみたいとか思ってたんじゃないわよね?」


(ぎくっ)



図星だった。


それはさておき、現状、がむしゃらに頑張って超絶レベルアップしないと勝てないことが分かった。それだけの差があるなら、現存する戦力全部を集めても無駄だろう。



「さて、何か思い付いたか?」


「うん、修行しよ」


「…は?」



俺の一言に、ライヒが固まった。ライヒだけじゃない。みんな固まってる。



「やっぱこれに尽きるよ。勝てる可能性があるならまだしもだけど、現状じゃ強くならなきゃ意味がない」


「おい、待て」


「全体の戦力の底上げをしても魔王には勝てなさそうだし」


「待てと言っている。これから修行だと?」


「そうだけど?」



再度聞いてくるライヒにそう言えば、質問の礫雨が飛んできた。



「魔族の目的もわからない。次の総攻撃にも耐えられない。おまけに力の差は天と地ほど!その中で貴様は、たかが修行のために国を見捨てろと言うのか!?」


「今自分でも言ってたじゃん。次の総攻撃でどのみち終わりでしょ?それとも奇跡でも起きて勝手に敵軍全滅でもする?」


「それは…」


「ありえないでしょ?一発逆転狙うなら強くなるしかなくない?」


「だが…」



まだ渋るライヒに、正論パンチの次弾装填。発射準備よし。



「はぁ…これだからお前は勝てないんだよ」


「は?」



大袈裟な態度で立ち上がり、ため息を吐く。そして顔をライヒの方へ向けて、メガネをクイッとする。メガネないけど。



「お前にはが圧倒的に足りない。いいか?絶望というのは己が強くなる千載一遇の機会だ」



より大袈裟に、より煽るように。そしてより自己の願望エゴを剥き出しにして。



「絶望の前に立った時、言い訳をして目を背ける。それは、敗因から目を背けるのと全く同じ行為だ」


「何が言いたい?」



ライヒの声に苛立ちが乗る。だけど俺はこの喋りスピーチを止めない。何せこの人のプレゼンを俺もやってみたかったから!ちなみに内容はうる覚えだから割とテキトー。



「今回の敗因は何だ?そこから何が学べる?次に勝つためには何が必要だ?」


「今回の…敗因…」


「ライヒ、呑まれそうになってるわよ。あんたも適当なこと言ってないで、座りなさい」


「はい」



せっかくいいところだったのに、外野から冷や水を浴びせられた。残念。穴を開けた風船が萎むようにテンションが下がった。


ストンとベッドに座れば、ラフィに頭を撫でられた。なんで?



「それはそれとして、ユウトが言っていることは一理あるわ」


「分かっている。だがリディマギア王国民の救助はまだーー」


「それは諦める」


「おい、どういうつもりだ?」



ライヒの迷いをスパッと片付ければ、鋭い視線が俺に集まった。もちろん苛立ちと驚きがたっぷり乗っている。



「ライヒが言ってた機械に擦り潰された死体って、たぶん救助が間に合わなかった人でしょ?だから諦める」



そう言い放った瞬間、俺の体は宙ぶらりんになっていた。いつの間にか目の前にいたライヒが、俺の胸倉を掴んで持ち上げていたのだ。その表情にははっきりと怒りが表れていた。



「貴様、それ以上はーー」


「許さない?ごめん、でも俺クズだから言うね。ほぼ死んだのが確定の人を助けるよりも、今生きてる人を救う手段を手に入れた方がいいと思う。合理的でしょ?」


「…チッ!」



思いっきり舌打ちされた。そしてベッドに投げ捨てられた。



(ごめん、俺はこんな言い方しか出来ないんだ)



申し訳なくなるが、それはそれとして割り切る。体を起こして座り直せば、今度は二人に撫でられた。だからなんで?



「他に異論は無さそうだし、俺の案でいくよ。じゃあティオナ、ラフィ、早速頼み事してもいい?」



二人の顔を見て聞けば、二人は静かに頷いた。



「ありがと。じゃあ、魔族が国に侵入していないかの確認と、いたら追い出すのをよろしく。なるべく人数は多め。期限は空間転移対策が完成するまでで」


「「分かりました」」



これで時間稼ぎの障壁一個目はクリアとする。技量とかわからんけど、俺より圧倒的に強いのは確実だし、大丈夫でしょ。



「あ、あと冒険者に対する依頼は俺名義で。お金は頑張って用意する」


「だ、大丈夫なんですか?」


「もう一回鉱山行ってくるよ」


「え、ええ…?」



俺は困惑するラフィを置いて、次の指示を出す。



「セシリア、キュルケー、ライヒ、ヴェラで物質の買い出しをお願い」


「はい、わかりました」


「む!おおけえだ!」


「はぁ、分かったわよ」


「…」



ノリがいい二人と微妙な二人。まあ、そんな反応が返ってくると思ったけど。



「僕は?」



最後になんの指示もされてないヴァレンが言った。



「ヴァレンは今も働いてるシュッツの手伝いをお願い。豪邸は焼け落ちちゃったけど、まだ庭とかに手掛かりがあるかも」


「いいけど、何で僕なの?」


「なんとなく」


「そっかぁ」



本当に特に理由はない。強いて言うなら、立ち位置が勇者っぽいから。



「じゃあ、明日からお願いね。出発の日は今日から十日後の朝。目的地はーー」



そこまで言って、言葉に詰まる。



(しまった!修行場所を考えてなかった!)



誰にも悟られないよう、言葉を溜めている風を装って地図を見る。そして何だか良さげな地名が目についた。それは最初の方に気になった、気候が厳しいと噂のあそこだ。



「ーーここ!」


「「「はぁ…」」」



そこを指差した瞬間、女性陣全員からため息を吐かれた。なんとなく察していたのだろうか?



「そうなると思ってました。ユウトさんですから」



そう言うセシリアの方を見れば、苦笑いを浮かべていた。ラフィもティオナもキュルケーも、同じような表情を浮かべている。だけどヴェラは俺の意見を前向きに受け止めてくれた。



「む!良いではないか!灼熱の火山とは、鍛錬が捗りそうだ!」


「あ、火山だったんだ」


「む?」


「え?」


「はい?」



俺の呟きに、それぞれ困惑の声を上げる。セシリアだけ、あーっと小さく言いながら、納得した表情を浮かべた。



「もしかして、あんたインフェルティオ霊山を知らないわけ?」


「うん、初耳」


「ユウトさん、ラグバグノス樹海も知りませんでしたからね…」



セシリアの呟きに、みんなが驚愕の表情を浮かべた。



「私はなんでこんなやつを魔族と思ったのよ…」


「ユウト君、結構有名な山なんだけど…」


「わからんものはわからん!」


「それはそうだけどさ…」



キュルケーは変なところで自戒をして、ヴァレンは苦笑をするしかなくなっていた。



「ユウト様、実はですね、その山にはとある伝説があるのですよ」


「伝説!?なになに!?」



ティオナが俺の厨二心を刺激した。山にある伝説といえば、ドラゴン、秘宝、剣、その他諸々…。どれを取っても最高なロマンなことに違いはない。



「あらゆる力を受け流せる魔剣が眠っていると言われているのです」


「おお〜!!それ欲しい!!よし、今すぐ行こう!!」


「せめて準備が終わるまで待ちなさい!?」



キュルケーの鋭いツッコミが炸裂。うん、良い切れ味してる。それはさておき、具体的な場所を想像する。



(さっき火山って言ってたし、火口の奥にあるんじゃね?)



問題はどうやってマグマの海を進むのかということ。近くにマグマがない洞窟があれば良いんだけど。



「ちなみに詳しい伝承とかはあったりする?」


「一旦それから離れなさい。もう夜も遅いし解散よ、解散」


「ええ〜?」


「ええ〜?じゃないの!」


「しゅん…」


「しょぼくれてもだめなものはだめ!」


「わかった…寝る…おやすみなさい」



キュルケーにぼっこぼこにへし折られたところで、俺はのそのそと立ち上がった。そして部屋から出ようとしたら、何故か左腕をラフィにギュッと掴まれた。結構強く掴まれてるから、ちょっと痛い。



「ユウトさん、約束しましたもんね?」


「ここラフィの部屋なの?」


「そうです」


「わかった。じゃあここで寝る」


「え…」


(なんで驚いてるの?)



ラフィとの約束通り、ラフィの隣りに座り直せば、ラフィは驚いた表情を浮かべた。



「抵抗とか…しないんですか?」



指をいじいじしながら、ラフィが聞いてきた。質問の意図がわからんけど。



「なんで?約束したでしょ?」


「そう…ですね」



しばらく目を白黒させるラフィ。するとティオナが立ち上がり、どこか不満気なセシリアを連れて立ち上がった。



「さて、私たちはささっと退散しますね。良い夜をお過ごしくださいね」


「僕も眠くなってきたよ。ライヒ、戻ろうか」



ヴァレンがあくびをしながら言った。



「ヴァレン一人でも戻れるだろう?」


「鍵を持ってるのライヒだよ」


「そうだったな」



ライヒとヴァレンも、セシリアとティオナに続いて出て行った。キュルケーとヴェラはというと、いつの間にか居なくなっていた。



(あれ?俺の宿代ってどうなるんだろう?)



夕食といい宿といい、奢られることがもはや習慣化していることに気づき、背筋がぞっとした。たった数日でここまでになってしまうとは…以後気をつけよう。



「とりあえず、寝よっか」


「は、はい!ユウトさん」


「あ、敬語じゃなくて良いからね」


「う、うん、ユウト君」



俺は妙に緊張したラフィと一緒に、ふわふわのベッドでぐっすり寝たのだった。

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