第27話:ヴァレンたちの目的と俺の想い

無事プレゼントを渡すことができた俺を迎えたのは、いい匂いのするテーブルを囲うみんなだった。ヴァレンとライヒはすっかり顔色が良くなっていて、服装も整っている。心なしか、その二人以外はニヤニヤしているように見えた。



「ただいまー、お腹すいたー」


「ユウト、どうだったか!?」


「無事渡せたよ。はぁ〜緊張した」


「む!それは良かったぞ!」



ヴェラの隣りに座ろうとすると、何故かティオナに別の席に誘導された。しかもお誕生日席。なんで?


俺がそこに座れば、ティオナは今度はセシリアを右に、ラフィを左に案内。ラフィの隣りはキュルケーで、ティオナはセシリアの隣りに座った。



「全員揃ったし、食べようか」


「いっただっきまーす!」



ヴァレンがそう言った瞬間、目の前の香ばしい香りを放つキッシュにかぶり付いた。周りの部分がサクサクホロホロと口の中で溶け、そこに卵やベーコンや野菜の旨みが躍り出てくる。



「うーん!美味い!」



鼻を抜ける香ばしい香りが、キッシュの味をさらに掻き立てていく。



「いい食いっぷりだな!」



真っ先に料理に飛びついた俺を見て、ヴェラが豪快に笑った。ヴァレンはニコニコと笑みを浮かべている。



「ユウト君は卵の皿焼きが好きなのかな?」


「皿焼き?ああ、キッシュのことね。美味しいものはなんでも好きだよ」


「そうなんだ」



のほほんとした雰囲気の中、宿屋の料理に舌鼓を打つ。いろいろな料理を楽しむうちに、いつの間にかお腹はいっぱいになっていた。



「ごちそうさま!」



食べ終わって合掌をすれば、何故か左右から視線を感じた。交互に見ればセシリアとラフィがこっちを見ていた。



(なんだろう?)



疑問に思ったが、なんとなく聞かないことにした。



「さて、そろそろ寝る準備に入ろうか」


「まずはお風呂!」



ヴァレンの解散の合図を元に、男性陣、女性陣に別れて席を立つ。



「ユウトさん、ありがとうございました。一生大切にしますね」


「ええ、本当にありがとうございます」



別れ際、セシリアとラフィがそう声を掛けてきた。心底喜んでくれているような笑顔の二人。人生初のプレゼント。頑張って良かったなと思える。



「こちらこそ、受け取ってくれてありがと。おやすみ!」


「「おやすみなさい、ユウトさん」」



みんなとおやすみの挨拶をして、俺もお風呂に向かおうとしたとき、先に出たライヒが目の前にいた。



「相談がある。少し時間をもらうぞ」


「いいよー」


「助かる。場所を変える。あまり聞かれたくないんでな」



俺はライヒと一緒に、再び裏庭に出た。さっきと違って、今度は脇に逸れて木々の中へと向かう。よっぽど聞かれたくないらしい。


歩いていると、足音の数がおかしいことに気がついた。ワンテンポ遅れて後ろから聞こえてくる。



「ライヒ」


「なんだ?」


「誰か付けてきてるよ」


「気にするな。ヴァレンだ」


「いいんだ…」



どうやってヴァレンだと気がついたのか。一度も振り向いていないのに。



「さて、この辺でいいだろう」



そう言ってライヒは振り向くと同時に、俺の腹に一振の短剣が突き刺さっていた。



「え…?」



月光が注ぐ中、剣身を伝い、血が流れる…ことはなかった。当然傷も痛みもない。



「な、な、何これ!?すげぇぇぇぇ!!」



俺は眉間に皺を寄せるライヒと腹に刺さった短剣を交互に見る。



(刺さってるのに刺さってない!どういうことなん!?)


遡情栄寿そじょうえいじゅ



テンション爆上がりの俺を無視して、ライヒが小さく呟く。しばらく眉をひくつかせたり、険しい顔をしたりした後、俺からその短剣を抜いた。



「疑って悪かった。貴様は白のようだな」


「それよりもっと見せて!てかソジョウエイジュってその剣の名前!?」


「あ、ああ、そうだが」


「ライヒが戸惑うなんて、珍しいものが見れたね」



いつの間にか後ろに立ってたヴァレンが言った。



「改めてて僕からも謝らせて。ユウト君を疑ってごめんね」


「うん、どうでもいいからソジョウエイジュ見せて」


「どうでもいいのかい!?」



俺がそういえば、ヴァレンは大袈裟なくらい驚いた。それはもう、俺の最初の俺の叫びに並ぶんじゃないかってくらい大きな声で。



「遡情栄寿は真銘だ。普段は遡情と呼んでいる」



ヴァレンが来たことにより、動揺が少し減ったライヒがソジョウエイジュを説明しながら見せてくれた。よく見ると、短剣というよりはランボーナイフに近い形。グリップにはいくつかの黒の小さな魔石が入っている。



「能力は刺した相手に孤独感を植え付けること。真銘能力は裏切りの判別だ」


「真銘?能力の二段解放があるってこと?」


「知らなかったのか?貴様の剣も魔剣だろう?」


「初めて知った…」



意外だと言わんばかりの表情のライヒ。知らないものは知らないし、しょうがないだろ。



「まあいい。これで満足か?」


「うん、ありがと」


「ならば、俺が聞く番だ。まずは俺が見たものの話をする」



ライヒは真剣な表情を浮かべると、変な機械の話を始めた。曰く、人間の死体を擦り潰すものらしい。そしてドロドロになった死体を何処かへ送っているとのこと。これを聞いて、どんな目的を想像するかと聞かれた。


俺が想像した可能性は三つ。


一つ目は加工肉。ソーセージってたしか血とかミンチ肉とかを腸に詰めて作るから、そんなイメージ。あとは練り物もそうか。


二つ目は素材。金属に練り込めばなんか効果出そう。呪術はそういう体の一部を触媒にするってよく聞くしね。


三つ目は燃料。なんかの機械を動かすための液体燃料。フィブリン固まって詰まっちゃいそうだけど、そこは魔法で解決。



「素材に燃料…か。その発想はなかったな」


「ユウト君…結構残酷なこと考えるんだね」


「そう?」



ヴァレンの表情に苦い色が混ざる。厨二病なら普通に思い付くことだと思うけど。



「助かる、参考にする。次の質問だ。今後の動きをどうするべきだと思う?」


「ええっと…目的によると思うんだけど…」



あまりにも突拍子もない質問に答えに詰まる。



「なんだ、てっきりセシリアから聞いているものだと思っていたが」


「いやー、あんまり深入りしない方がいいのかなぁって思って聞いてなかったんだよねぇ」



頬を掻きながらそうい言えば、ライヒは軽く頷きながら言った。



「懸命な判断だな。これに関しては、風呂の後に話すことにしよう」



歩き始めたライヒを追って、俺たちは宿へと戻ってお風呂に入る準備を始めた。




お風呂から上がり、ライヒに言われた部屋に入ったんだけど、目の前には何故か修羅場が展開されていた。その中心にいたのは、ラフィ、セシリア、ライヒだ。



「ユウトは連れて行く。これは決定事項だ」


「ユウトさんをあんな危険な目にもう一度合わせろというですか!?絶対にだめです!!」


「そうですよ!ツァールライヒ様は知らないでしょう!?魔族との戦いでユウトさんがどんな傷を負ったのか!」



もう真夜中だというのに、そんなことは露ほどにも気にせずに激昂する二人。対するライヒはすごく冷静だ。



「あ、あの…さ。一旦落ち着こ?」


「「ユウトさんは黙っててください!」」


「あ…はい…」



仲裁に入ろうとした瞬間に黙らされた。俺が何も出来ないということだけは分かったので、部屋の隅っこに耳を塞いで縮こまっておくことにした。



「ごめんね、ユウト君。でも気を悪くしないで欲しい。彼女らに悪気はないんだ」


「あ…うん。わ、分かった」



隣りにきたヴァレンが、優しく頭を撫でてくれた。なんというか…温かい。



「ねえ、ユウト君」


「な、なに?」



恐る恐るヴァレンを見れば、これから戦場に向かう兄のような、ひどく優しく顔をしていた。



「僕たちはね、民を魔族から取り戻すために戦っているんだ」



人のために魔族と戦う。ゲームやラノベに出てくる勇者と同じ目的。



「少し、昔話をするね。退屈かもしれないけど、最後まで聞いてほしいなーー」



少し遠いところを見て、ヴァレンは語り始めた。





ーーーー





六年前に起こった、レペンス・トルフォリウム事件を知ってる?キュルケーさんの故郷、リディマギア王国が壊滅的な被害を受けた、痛ましい事件だよ。そして、人類が初めて魔族という存在を知った日でもあるんだ。


あの日、魔族によって多くのリディマギア王国の民が消えた。亡くなったんじゃなくて、消えたんだ。残っていたのは、抵抗した人々と魔族が争った跡、それと一部の強者だけ。きっと連れて行く余裕がなかったんだろうね。


その情報はすぐに他の王国にも伝えられた。そしてすぐに民奪還のための臨時騎士団が結成されたよ。


とはいえ、いきなり大人数で行くのは無謀が過ぎる。だから限られた目撃証言を元に、少数の先遣隊が調査をすることになったんだ。先遣隊に抜擢されたのは五人。


大魔導師リディマギアの家系、リディマギア王国第一王女のキュルケーさん。


剛拳士ヴァウトフシャの家系、ヴァウトフシャ王国第一王子のヴェラ。


万剣士グラディウスの家系、グラディウス王国第一王子のライヒ。


聖女レサルシオンの家系、レサルシオン王国第二王女のセシリアさん。


そして僕。


僕たちは魔族領とレサルシオン王国を何度も往復したよ。情報を持ち帰っては、騎士を連れて民を救助してを繰り返した。全部が全部、上手くいったわけじゃないけどね。魔族との争いも起こって、犠牲者も出てしまった。


いつの間にかその争いは激化して、魔族と人類の戦争になっていたよ。血で血を洗う、凄惨で残酷な日々。魔族の襲撃により、どの国も甚大な被害が出た。そんな戦争に終止符を打つため、僕たち五人は魔族を統率する王、魔王の討伐に打って出ることにしたんだ。


結果は惨敗。散り散りになって逃げて、ラグバグノス樹海を彷徨うことになったんだ。





ーーーー





「ーーそれで今に至るって感じだよ」



俺は言葉が出てこなかった。画面や文字列を見るのとはまた違う、。きっと俺には想像もつかないくらい辛い日々だったんだろう。



(ヴァレンは…どれくらいの死に触れてきたんだろう…)



頬に何か温かいものが伝う。俺は慌ててそれを拭った。



「ごめん、すごく重い話になっちゃったね」


「いや、大丈夫。聞かせてくれてありがと」



今できる精一杯の笑顔をヴァレンに向ける。ちゃんと笑えてるだろうか。



「ねえ、ヴァレン」


「なに?ユウト君」


「これからの目的っていうのは、魔族との戦争を終わらせるっていうことでいいの?」



俺の問いに、ヴァレンは静かに頷いた。



(目的は戦争終結。魔王は超強い。残りの民の行方も探さなきゃ…)



俺は思案に耽る。幾つかのプランが出てきたが、どれを選ぶにせよ各国の現状がわからない以上決めきれない。



「ねえ、ヴァレン。各国のーー」


「ユウトさん!!」



いきなり名前を叫ばれ、思わず体が飛び跳ねる。叫んだのはセシリアだった。



「お願いです。これ以上関わらないでください」



声からも、表情からも本気なのが伝わってくる。



「な、なんで?」


「どうしてって、危険だからに決まってるではないですか!」



目尻に涙をため、顔を赤くしたセシリア。肩も震えている。


そこで俺は、ある当たり前のことに気付いた。気付いてしまった。セシリアたちに付いて行くのは危険。つまりセシリアたちは危険に飛び込むということ。


止めなきゃという衝動に全身が駆られる。守らなきゃという想いが内側から溢れ出す。


理由はわからない。でもきっとこれも勘なんだろう。



「ライヒ、作戦を立てたい。現状分かっていることを全部教えて」


「ユウトさん!!どうして!!」


「ごめん、セシリア。でもさ、セシリアだって危険なところに行くんでしょ?」


「それは…でも私には…!」


「うん、セシリアは強いもんね。キュルケーも、ヴェラも、ヴァレンも、ライヒも。だけどさーー」



俺は真剣にセシリアを見つめる。そして大きく息を吸って、言った。



「ーーもう、失いたくないんだ」


「…え?」


「嫌なんだよ!のうのうと生きてるうちに、セシリアが死んだって聞くのが。キュルケーも、ヴェラも、ヴァレンも、ライヒも!」



湧き上がる想いを、ひたすらに吐き出す。



「だったらせめて、近くにいて何かしたい。させて欲しい」



息が荒い。胸が苦しい。でも言いたいことは言い切れた。


セシリアは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。胸の奥がざわつく。車に踏み潰されてるみたいに痛い。



「わかり…ました」



セシリアが涙声で言った。



「私が、ユウトさんを守ります。ずっとそばにいて守り続けます」



俺の手をぎゅっと掴んで、セシリアが言った。俺の手に、ポタポタと涙が落ちる。



「ありがと、セシリア」



俺がお礼を言うと、小さく頷いたセシリアは手を離し、スッと傍に逸れた。キュルケーに背中を撫でられながら、静かに涙を流しているのが見えた。



「ユウトさん…ずるいですよ」



セシリアに代わり、俺の目に前に立ったのはラフィだった。ラフィもその青い瞳から涙を流している。



「残る側の苦しさを分かってて言ってるんでしょう?」


「うん」



俺は小さく頷いた。その瞬間ラフィは俺に飛び付いて、強く強く、俺を抱きしめた。



「冒険者は常に自由。受付嬢でしかない私には止められない」



ラフィの声が、耳元で聞こえる。体の震えが、直に伝わってくる。



「ユウトさん、お願いがあるの」


「なに?ラフィ」


「ここにいる間だけ。ここにいる間はずっと一緒にいて」


「わかった」



修羅場だった部屋には、一転して悲しみの涙と嗚咽だけが小さく小さく響いていた。

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