第26話:贈り物

夜の尋問こいのはなしを乗り越えた次の日、唐突にヴァレンティーア様とツァールライヒ様が訪れてきました。ちなみにラフィさんとシュッツさんは日が昇る前に既に出かけて行きました。



「やっぱり生きてたわね」


「二人こそ無事でよかった。ヴェラから聞いてはいたけど、やっぱり実際に会った方が安心するね」



私はポカンとしているのに、キュルケーはいつも通りのままです。さすがというかなんというか。



「ユウト君とヴェラがいなければ僕たちはここに居なかったかもね」


「そうだな。それよりいくつか聞きたいことがあるんだがーー」



私が固まっている間に、魔族襲撃のことやユウトさんのことなど、サクサクと情報共有が行われていきます。



「ーーふむ、理解した。しかし炎虎の魔族か。厄介だな」


「ラフィさんの血を確かめてたんだよね。なんでなんだろう?」


「わからないわ。肝心のユウトが気絶して、追跡のしようもないし」



三人がそれぞれ思考を巡らせている間に、ようやく私は驚愕から戻ってきました。



「その証言の真偽はさておき、奴らの拠点を見つけない限りどうしようも無いな。この件に関しては騎士団に任せよう」


「そう言うと思って連絡しておいたわ」


「手際が良くて助かる」



話がひと段落したところで、ヴァレンティーア様が申し訳なさそうに言いました。



「食堂に行っても良いかな?お風呂は入ったんだけど、お腹は空いたままなんだ」


「それならユウトさんとヴェラスケス様も呼んできますね」


「あいつらならまだ戻らないぞ?」


「「え?」」



私とキュルケーの声が重なります。困惑しながらも、キュルケーが目線で続きを促します。



「特訓だのなんだのと騒いでいたな。今も鉱山にいるはずだ」


(怪我しないと良いのですが…)


「大丈夫だよ、ヴェラがいるんだから」



私の不安を察したのか、ヴァレンティーア様が優しく言いました。



「とりあえず飯だ。早く行かないとこいつが餓死するからな」


「なんだ、ライフだってお腹空いてるんだ」


「うるさいな。とっとと行くぞ」



なんだか懐かしいこの雰囲気に、私は思わず微笑んでいました。




朝食を済ませた後、私たちは騎士団の堂舎に来ていました。目的は今後の動きを決めることです。


ティオナの執務室に入ると、ティオナが忙しなく手を動かしていました。捜索隊の成果報告や解散指示を含め、様々な仕事があるのでしょう。私たちに気づいたティオナが立ち上がろうとしますが、ツァールライヒ様が手でそれを制します。



「ティオナの仕事が終わり次第、会議を始める。それまで俺たちがここに来るまでに見たものを話しておこう」



椅子に深く腰を下ろしたツァールライヒ様が語り始めたのは、あまりにも衝撃的なことでした。





ーーーー





刻は遡り、半年前。殿しんがりを買って出た俺たちは、奴の城でおかしなものを見つけた。はヴァレンの攻撃の余波で抉れた壁の奥にあった。


幾重にも絡まり合っている巨大な管。その先から漏れ出す赤紫の光。常に心臓の鼓動のような音が鳴り、それに混じって叫び声のような、産声のような、言葉にし難い気色の悪い音も聞こえていた。


大量の雑魚を捌き終え、余裕が出来た俺たちはその管の先へと向かってみた。そして言葉を失った。


そこでは人間の死体を擦り潰し、永遠とどこかへ送り続ける謎の機械があった。管のもう一方がどうなってるかまでは確認出来ていない。その時はただただ、その空間に満たされた人の血と肉の匂いに圧倒されていた。


あまりの悍ましさに、死の匂いに俺たちですら、吐いた。吐いてしまった。決して彼らを冒涜するつもりはないがな。


何故魔族がそのような装置を作ったかはわからない。ただどこからか運ばれてくる死体を擦り潰す機械があっただけだからな。


しばらくして、衝撃から立ち直った俺たちは管の反対を探ろうとしたが、新手が来たため断念した。


今回の襲撃の時、血を確認していたことはこれに関わっているのかもしれない。





ーーーー





「ーーあくまで推測だがな」


(なんて惨いことを…)



重たい雰囲気が執務室を包みます。キュルケーは怒りに肩を震わせ、ヴァレンティーア様も拳を強く握っています。ティオナの手も完全に止まり、私も口を動かすことすら出来ませんでした。



「死体の処理をするならば、焼けば済むことだ。わざわざ機械を作ってまで擦り潰すなど非効率にも程がある。かといって、奴らは人間を食うわけでもない。食材に加工するというのも現実的ではないだろう」



ツラツラと、冷静に語っているように見えるツァールライヒ様ですが、雰囲気からは少し怒りが漏れています。仲間が殺される景色も、死者を冒涜するような景色も、いつだって気分を害するものです。



「もう一度行くのが手っ取り早いわね」


「ああ、だが行ったところで再び負けるのは目に見えているぞ」


「でも問題を先送りにも出来ないよ」



いろいろな意見を出し合いますが、良い策は浮かんできません。その状況は、お昼になっても変わりませんでした。


橙色の日が差す頃、三度目の休息を取っていた私たちの間で、ふとユウトさんとヴェラスケス様のことが話題にあがりました。



「あいつら、まだ帰って来ないわね。どれだけはしゃいでるのよ」



頬杖をつきながら、キュルケーが言いました。



「僕が最後に見た時は、ヴェラがユウト君を上に放り投げてたよ」


「何やってるのよ…」


「分からん。が、楽しそうだったのは事実だ」


「ユウト様は子供っぽいですから。小さい子が高いたかーいってすると喜ぶのと同じではないでしょうか?」



ティオナの言葉通りの情景を思い浮かべてみます。太陽のような笑顔を浮かべるユウトさん。



(可愛い…ですね)



正直、もの凄く母性をくすぐられます。ぎゅーっとして、頭を撫でてあげたいです。そんなことを考えていると、こそこそと隣りにきたティオナが、小声で耳打ちしてきました。



「セシリア様、何を妄想してるのですか?」



心臓がドキリと跳ねます。熱が徐々に上がってきて、鼓動も速くなってしまいました。



「あ…うぅ…」



誤魔化そうとしても、動揺が大き過ぎて口が上手く回りません。もじもじとしながら縮こまっていると、執務室の扉が、勢いよく開け放たれました。バンッという大きな音に、私は飛び上がってしまいました。


振り返ると、ヴェラスケス様が扉の前に立っていました。



「聖女殿!ユウトが呼んでいるぞ!宿屋の裏庭で待っているそうだ!」


「え…?」



ユウトさんがよんでる…?やどやのうらにわ…?


衝撃のあまり、私はヴェラスケス様の言葉を飲み込むことが出来ませんでした。



「セシリア様、すぐに参りましょう」



ティオナがパッと剣を手に取り、外へ行く準備を済ませます。その顔は真剣そのものでした。



「ティオナ、待ちなさい。準備が必要よ」


「隣りの部屋に用意してあります」


「さすがね。行くわよ、セシリア」



キュルケーに手を引っ張られ、私たちは執務室の隣りにある部屋に入りました。




月光が照らす中、私は宿屋の横を歩いていました。



(うう…本当に似合ってるのでしょうか…)



最近は袖を通すことすらなかった礼服。レサルシオン王国を象徴する色、青と白を基調とした、優雅で美しい服です。まさに清楚な淑女の服という感じで、正直着られている感が否めないです。



(キュルケーとティオナは似合ってるって言ってくれましたけど…ユウトさんはどう思うのでしょうか…)



悶々としているからか、それとも慣れない服だからか。動かす足がすごく重たいです。


宿屋の裏口に差し掛かったとき、ガチャッという音と共に誰かが出てきました。



(綺麗な人…)



美しい金の髪が、そよ風にサラサラと揺られています。庭園の奥を見つめる瞳は大海のように深く青く、優艶な美しさを纏う彼女は、その格好も相俟あいまってまるで月の女神のようです。



「セシリア様?」


「ラフィ…さん?」



思わず彼女に見惚れていた私は、話しかけられてようやく彼女がラフィさんであることに気が付きました。



「もしかして、セシリア様もユウトさんに呼ばれたのですか?」


「は、はい。ラフィさんも…?」


「え、ええ…」



私たちは、揃って困惑してしまいました。貴族の結婚で、正妻以外に娶るというのはよくある話です。しかし、二人同時に…というのは聞いたことがありません。


そもそもユウトさんと私たちは平民と貴族、私に至ってはこれでも王族です。ユウトさんの態度から、その辺りは全く気にしていないのは分かりますが…



「とりあえず、行ってみましょうか」


「そう…ですね」



ラフィさんに言われ、再び歩き始めます。ただ少しだけ、足取りが軽くなりました。きっとラフィさんと困惑のおかげで、少し不安が取り除かれたのでしょう。


庭園を進んでいくと、中央の噴水の側にユウトさんがいました。いつも通り、レサルシオン王国騎士団の魔術師の服に、大剣を装備している格好。違うのは、手には二つの小さな箱を持っていることぐらいです。


こちらに気がついてユウトさんが、私たちに手を振った後、手招きをしました。私たちはお互いに頷き合うと、一緒にユウトさんの元へ向かいました。



「わざわざ呼び出してごめん。時間とか大丈夫だった?」


「は、はい」


「ええ、問題ないですよ」



私は緊張で強張っているというのに、ラフィさんは普段通り。ここまで緊張を隠せるなんて、素直にすごいなと思います。



「良かった」



ユウトさんは私たちの返事にニコッと笑います。そして、手に持っている箱を、一つは私に、もう一つはラフィさんに差し出しました。



「「これは…?」」


「頑張って作ったんだー。昨日のお礼になればいいんだけど。受け取ってくれる?」



私たちはその箱をおずおずと受け取ります。



(一体何が入っているのでしょう?)


「あの…開けてもいいですか?」


「どぞー」



さすがに緊張を隠せなかったのか、ラフィさんの声が少し震えます。ユウトさんは変わらず、軽い感じです。


私とラフィさんは、目を一瞬合わせて同時に頷くと、ゆっくりとその箱を開けました。



「「わぁ…!」」



私たちは同時に感嘆の声を上げました。そこにはたくさんの小さな花に囲われた、大きな金剛石の宝飾装身具がありました。ラフィさんの方をチラッと見れば、銀と金剛石で作られた、大きな花の髪留めが入っていました。



「これを作ったのですか!?というか、これ金剛石ですよね!?」



ユウトさんにずいずいと詰め寄って、興奮気味のラフィさんが言います。するとユウトさんは少し嬉しそうに言いました。



「徹夜で作ったよ。金剛石はレサヴァント鉱山で採ってきた。ヴェラが手伝ってくれたんだ〜」



ユウトさんの答えに、私は唖然としてしまいます。ラフィさんもポカンとした顔をしていました。


しばらく固まったあと、今度は何故か笑いが込み上げてきました。ユウトさんの凄さもあるでしょうが、きっと本当の原因は、私たちの勘違いに気づいたからでしょう。



「ユウトさん、ありがとうございます。すごく嬉しいです」


「そう?なら良かった」



私が正直な気持ちを伝えれば、ユウトさんは肩を撫で下ろしました。そんなユウトさんを見て、私は少し悪戯心が湧いてきました。



(せっかくですし、なるようになれです!)



自身を鼓舞し、ユウトさんに一歩近づきます。そして上目遣いで、をしてみました。



「ユウトさん、これをここに着けてくれませんか?」



そう言って私は、服の胸のところを示します。これでユウトさんが恥じらっているのを見れると思ったのですがーー



「いいよ」



ユウトさんはあっさりと承諾。愛する我が子に触れるような、優しい手つきで着けてくれました。



(むぅ…少しくらい意識してくれたっていいじゃないですか!)



モヤモヤ半分、嬉しさ半分で情緒が掻き乱されます。


そんな時、横からラフィさんが声を上げました。



「あ、あの!私も…その…」



だんだん小さくなっていく声と共に、ラフィさんも俯いて縮こまっていきます。ユウトさんは言いたいことを察したのか、髪留めを持つと、ラフィさんの後ろに周り込みました。



「痛かったら言ってね」



ラフィさんは俯いたまま、こくりと頷きます。耳まで真っ赤になっているのは見なかったことにしましょう。


ゆったりとラフィさんの髪を掬ったユウトさんは、一束に纏めて髪留めで止めました。



「はい、できた」


「あ、ありがとうございます…」



ラフィさんが、消え入りそうなほど小さな声で言いました。


再び悠人さんは、ラフィさんの前へ周り込ます。そして、私たちをじっくりと見て、無邪気な笑顔を浮かべました。



「うん、似合ってる」


(ふ、不意打ちはずるいです!)



唐突な裏も表もない褒め言葉に、熱が込み上げてくるのを感じます。きっと今の私は、ラフィさんとそう変わらない表情を浮かべているのでしょう。



「か、体が冷える前に戻りましょう!」



空回りした調子でラフィさんが言いました。



「そう?そんな寒くないと思うけど」


「いいから戻りますよ!ほら、美味しいご飯もあるから!」


「やったー!戻ろ戻ろ!」


(ふふっ、相変わらずですね)



嬉しそうに笑うユウトさんに続いて、私たちは宿へと戻りました。

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