第25話:トレジャーハント

ヴェラが手に持っている魔石ランタンが、進む先を照らす。俺たちは今、縦穴をロープ伝いに降りていた。ダイヤは下に行った方が採れる理論はこっちの世界にもあるらしい。



「む?ここが一番下のようだな」


「ようやくかぁ。これ帰るの大変そうだね」



ヴェラがロープから手を離し、下に飛び降りた。俺もそれに倣って下に降りる。


そこには四方に長く長く伸びる横穴があった。暗すぎてどこまで続いているのか全く分からない。



「よし、こっちにしよ!」


「そっちにするのか。おおけえだぞ!」



俺から見て背中にある方の穴を進む。こういう時に重要なのは勘、フィーリング、第六感。当たるかどうかは知らんけど、とりあえず進む。



「ユウトはどんなものを渡すつもりだ?」


「うーん、決めてないんだよねー」



歩きながら、考える。



(ネックレスは動く時に邪魔そうだし、腕輪足輪はバランスが崩れる。ピアスは難しいしなぁ)



考えていると、ヴェラの方からアイデアが飛んできた。



「指輪はどうだ?」


「指輪はダメでしょ。ちゃんとした人から受け取るものだし」


「む、そうか。ならば耳飾りはどうだ?」


「悪くはないけど…作るの難しそう」



俺たちが悩んで唸る声が、このトンネルのような横穴で反響する。ちょっと面白い。



「あ!髪留めとブローチにしよ!」



思いついた記念に一発、ツルハシを青灰色の岩壁に叩き込む。なんとなく、この先にありそうな気がした。



「む?ぶろおちとはなんだ?」


「なんて言えばいいんだろうなぁ。服に付ける装飾品って感じ」


「勲章のようなものか?」


「たぶんそんな感じ」



話しながら、ひたすらツルハシを振る。ヴェラも何も言わずに手伝ってくれるから有難い。




掘り始めてから体感一時間。月も星も太陽もないから、時間感覚が狂いそうだ。時折、俺について聞かれるから、それに答えながら作業を続ける。


不意に、煌めきが俺の目に映った気がした。ツルハシを振り下ろそうとしていたヴェラを慌てて止める。



「ヴェラ、待って!」


「む?どうした?」


「今なんか光った気がする」



光った辺りを丁寧に削っていく。表面の土を手で払えば、俺の両拳よりも二回りも大きい透明な石が顔を出した。



「これ金剛石じゃない!?」


「む!確かに似ている!」



俺とヴェラは、さっきよりも丁寧に周りの石を削っていく。小一時間ほどかけて、俺たちはそのダイヤらしき石を掘り出した。



「凄まじい大きさだな!」


「いや、デカすぎでしょ!?」



そこには俺の顔よりも大きいダイヤらしきものがあった。希少とはと疑問を投げかけてくる存在だ。



「目的達成だ。戻るぞユウト!」


「お、おおー!」



俺たちは来た道を引き返す。その途中で、俺の耳が違和感を捉えた。



(なんで俺たち以外の声が聞こえるんだ?)



遠くから聞こえるそれの主は、おそらく二人。どちらも男だ。片や爽やかで明るい印象を受ける声。片やクールだが静かな熱を感じる声。どちらも疲労の色を感じる。



「ヴェラ、ちょっと寄り道していい?」


「む?構わんぞ。明日も休みだからな」


「ありがと」



微かに聞こえる声を頼りに、入り組む穴を進んでいく。どうやらこっちの方はだいぶ掘られているらしい。



「む?この声はまさか…」


「ヴェラにも聞こえた?」


「聞こえたぞ。悪いが先を急がせてもらう。掴まってくれ」


「はーい」



ヴェラの背中にぴょんと飛びつく。ヴェラは一瞬グッと姿勢を低くしたあと、飛ぶように駆け出した。



(そういえば全然関係ないけど、こんだけのスピードが出てるのに、なんで風を一切感じないんだろ?)



たぶんヴェラの魔法だろうとは思うのだが、どんな風に心の在り方ネスティを調整しているのか全く想像がつかない。


うんうん唸っている内に、急ブレーキが掛かった。



「ヴァレン!ライヒ!生きていたか!」


「うるさいぞヴェラ。そんなに騒がなくても生きている」


「久しぶり、ヴェラ。無事で良かったよ」



灯りに照らされた先にはボロボロの男二人がいた。



「紹介する!俺の恩人、ユウトだ!」



ヴェラの声と共に、背中から飛び降りる。



「久城悠人だよ。ユウトって呼んで。よろしく〜」


「僕はヴァレンティーア・クラミツハ。ヴァレンでいいよ。よろしくね」



ヴァレンはニコッと笑みを浮かべて、俺と握手を交わした。


クリソベリルに似た金のような、緑のような瞳。明るいオレンジの髪。全体的に爽やかな印象を受ける、まさに好青年といった人だ。薄手のアーマーを纏い、カイトバックルとブロードソードを持っている。



「ツァールライヒ・クシフォス・グラディウスだ」



ムッとしているのか真顔なのか。ライヒは握手してくれなかった。


ライヒは黒に近い深緑の髪をした、冷たく鋭い氷剣みたいな印象を受ける人だ。金混じりの茶色の瞳は、俺を探っているように見える。背中にはロングソードが二本で、鎧の類いは装備していない軽装だ。



「ヴェラ、ここまで来たのならここの出口も分かるな?」


「む、問題ないぞ。こっちだ」



俺たちはヴェラの先導に続いて歩き始めた。元気よく前を進むヴェラとは対称的にヴァレンとライヒはふらふら歩いている。



「はい、これ」



俺はこっそりローブに突っ込んできたお菓子を取り出した。もちろん袋に入っているから汚れてはいない。



「どういうつもりだ?」



ライヒが元々鋭い目をさらに尖らせて聞いてきた。



「お菓子。腹の足しにはならないけど、無いよりはマシでしょ?」



肩を竦めて言えば、ライヒはため息を吐いた。



「それは助かるな。ありがとう」


「おい、無警戒に…」


「大丈夫だよ。ちゃんと袋に入ってたから」


「そういう問題ではない…」


(ライヒって苦労してそうだなぁ)



二人のやり取りがひしひしとそれを感じさせた。




一緒にお菓子を食べたり、金剛石の話やらここに来た経緯やらを話したりしていたら、行きに降りてきた縦穴に着いた。



(これから登るのかぁ)



改めて降りてきた深さを考えると、思わずため息が出る。



「む!ユウト、登るのが陰鬱という顔をしているな!」


「うん」


「ならば上まで連れて行ってやろう!」


「いや、いいよ。頑張って登る」


「だが落ちたら危ないのでな!悪いが強制だ!」


「え?ちょっ、ヴェラ?」



いきなり俺は、ヴェラに片手で担がれた。チラッと視界に映ったヴァレンが、ファイトって感じで握った拳を見せてくる。


ヴェラが準備運動のように軽くとジャンプ。穴の真下に立つと、脚に力を込めて姿勢を低くした。



(まさか…)



ヴェラの次の行動が予測できた俺は、壁にぶつからないよう体を縮め、落とさないようしっかりとダイヤの塊を抱いた。


次の瞬間、俺の視界が青灰色一色に染まった。



「わあああああ!!」



上昇による浮遊感を感じるのに、空気抵抗を全く感じないという歪な感覚に襲われる。僅か数秒足らずで、必死に降りてきた縦穴を登りきってしまった。



「着いたぞ、ユウト」



ヴェラが俺を降ろしてくれた。まだ心臓がバクバク鳴っている。正直、凄く楽しい。あの速さはすごくすごいクセになる。



「ヴェラ!もう一回!もう一回お願い!」


「む?何をだ?」


「俺背負って跳んで!」


「む、いいぞ!だが外に出てからだぞ!」


「やったー!!ありがと!!」



新アトラクション、ヴェラジャンプのおかわりの許可が降りたところで、ヴァレンとライヒも縦穴から飛び出してきた。



「ここって…レサヴァント鉱山?」


「そのようだな。あの看板には見覚えがある」


「む、よく分かったな。その通りだ!」



周りをキョロキョロと見渡した二人が、見事この場所を言い当てる。



「ということは、僕たちがいたのは金剛石採掘路だね」


「ああ、随分複雑に掘ってくれたものだ」



ライヒはため息を吐くと、洞窟の出口に向かって歩き始めた。ヴェラとヴァレンもその後に続く。ちなみに俺は、ヴェラの背中にくっついてスタンバイ済みだった。





ーーーー





それから外に出て、三十回くらいヴェラジャンプを楽しんだ後、俺たちはレサヴァントへと戻ってきた。今向かっているのは、ファブロのお店だ。そこでダイヤの加工をする。シュッツが事前に連絡をしててくれたらしい。


ファブロは魔剣や魔槍といった、魔石を用いて特殊な能力を扱えるようにする武具も作っている。そのため、魔石加工用の道具を持っているとのこと。


ど素人の俺が加工を出来るわけないと思っているのだが、その辺はどうなるんだろう。とりあえず、お店に突撃。



「やっほー。夜遅くにごめんね、ファブロ」


「来たか、坊主。準備なら出来てるぞ」


「む、今日も世話になるぞ!」


「らっしゃいって、ヴェラスケス様、ツァールライヒ様、ヴァレンティーア様じゃないか。久しぶりだな、元気そうで良かったよ」



後から入ってきた三人に、旧友に話しかけるノリのファブロ。どうやら顔見知りらしい。



「貴様は相変わらずだな、ファブロ」


「ファブロこそ、元気そうで何よりだよ」


「見ての通りだよ。しかしあの餓鬼どもが随分大きくなったもんだ。あれからもう五年は経つか」



ファブロは少し懐かしむような表情をした後、スッと真剣な顔になった。



「とりあえず、後でそいつらの手入れをするから持ってこいよ」


「分かっている」



ライヒは言いたいことを言い切ったのか、踵を返して扉の方へと向かった。扉に手をかけたところで、動きを止めた。そして思い出したかのように言った。



「そうだ、こいつらの面倒を見てくれるんだってな。迷惑をかけるだろうが、よろしく頼む」


「ああ、任せておけ」



今度こそライヒが出て行った。ヴァレンは「またね」っと言って、慌ててライヒの後を追った。これから帰還報告をするんだと。



「さて、始めるか。工房に行くぞ」


「はーい」



俺たちはカウンターの奥の扉を潜って、工房へと入った。



「おおー!」



工房はお店の何倍も広かった。大きな炉が三つも並んでいて、壁には様々なサイズの鎚がぶら下がっている。他にも金床やあかがねなど、鍛治に必要な道具がたくさんあった。



(すげぇ!これが武器を造る空間かぁ!)



魔法とはまた異なるロマン、武器。それはそのものの歴史や造形だけでなく、持ち主の技量によっても変化する、千差万別の熱だ。例えば、美しい反りとを持つに日本刀は、手首の返しにより、刃を背景に溶け込ますことができる。これを使えるか否かだけでも、剣筋の見え方が変わるのだ。



「坊主、こっちだぞ」



俺が工房に見惚れていると、ファブロに呼ばれた。俺は慌ててファブロの方へに向かう。そこには、不思議と惹かれる紋様に囲まれた扉があった。



(これ、魔方陣に描かれてるのと似てる)



魔方陣が展開されるとき、いつも最初に現れる紋様。一体どんな意味があるのだろうかと考えそうになるが、とりあえず呼ばれているので、その扉を開けて中に入った。



「よし、来たな。時間が惜しいし、さっさと始めるぞ」


「はーい」


「む!頼むぞ!」



入った先は、お店とさほど変わらない広さの空間に、机と椅子がある部屋だった。屋根には天窓が付いていて、そこから月光が差していた。机の上には、緑銀や緋金の色をしたのみと小鎚が置いてあった。



「まずはブツを見せてくれ」



俺はファブロに採ってきたダイヤモンドこと金剛石を見せる。するとファブロは、喜色混じりの驚愕の表情を浮かべた。



「こいつはすごいぞ!よくこの大きさの金剛石を見つけたな!」


「む!まったくだ!ユウトが急に掘り出したものだから驚いたぞ!」


「勘が当たって良かったよ」



ファブロは興奮気味になりながら、机のよくわからない装置の上に、金剛石をセットした。



(作業用の固定器具かな?)


「これだけの大きさ、輝き、純度。相当良い魔石になるぞ!よし、坊主!この鑿と鎚を持て!」


「はーい」



ファブロに指示された緋金の色をした小鎚と鑿を持った。そしてセットされた金剛石の前に立つ。



「いいか坊主。魔石作りに一番重要なのは勘だ」



隣りに立つファブロが、言い聞かせるように言った。



「勘?」


「そうだ。魔石は作る方法自体は単純だが、良質なものを作るのは難しい。その原因は、魔石の在り方そのものにある」



ファブロの解説によると、魔石とは、いわゆる宝石と呼ばれる綺麗で頑丈で希少な鉱物に、心の在り方ネスティを記憶させたものだという。ネスティを伝播する特殊な鑿と鎚で叩くことのより、宝石は魔石になるのだ。


ただし、叩く場所、力加減、想いの純度によって、記憶されるネスティが変わってしまう。しかも、加減や場所は全く決まっていないため、経験と勘がものを言うんだと。


なお、想いと宝石には相性があり、相性が悪いと全く定着しないこともある。こっちに関しては既に法則が決まっているため、作りたい魔石に合わせて宝石を探すことができるとのこと。



「鎚と鑿の使い方は、羽筆と同じだ。さあ、やってみろ」


「わかった」



鑿を左手、鎚を右手に持つ。込める想いは、意思の自由。ラフィが、セシリアが、キュルケーが、どんな時でも他者のエゴに縛られることがないように。


勘に任せて、鑿を振り下ろす。月光に沿うように振り下ろされたそれは、金剛石の一端を綺麗な六角柱状に切り取った。これはヴェラの分かな。


もう一度鑿を振る。今度は半分に割れた。



「はい、ヴェラ」


「む!感謝する!」



六角柱の方をヴェラに渡す。そのときファブロが苦笑しているのが見えた。疑問の目線を投げれば、あっさり答えが返ってきた。



「坊主、よっぽどこの石と相性がいいんだな」


「なんで?」


「素人の刃があっさり通るモンじゃないんだよ、ふつう」


「そうなん?まあいいや。加工もやり方は一緒?」


「あ、ああ」


「わかったー」



再び目の前の金剛石と向き合う。とりあえず固定装置が邪魔なので外した。


まずは一つ目。じーっと見ていると、頭の中にイメージが湧いてきた。月下美人をモチーフにしたバレッタ。削り方は…全部勘に任せよう。


カンカン、カンカンと心地良い音が響く。鑿を当て、鎚で叩き、形を作っていく。重なる花弁を丁寧に描き、でも着けやすいよう少しデフォルメして。美しく輝くように、月光に当てながら打つ角度を変えて。


月が沈む頃に、ようやく宝石部分が完成した。


お日様が顔を出し、天窓から黄色の光が差し込む。徹夜しているが、不思議と眠気も気だるさもなかった。


早速もう半分の金剛石を置き、二つ目に取り掛かる。次に湧いてきたイメージは、フレームにアラセイトウの花を散りばめたブローチだ。もちろん勘任せで作る。


さっきのバレッタよりも、細かく、小さく作っていく。細かすぎて目がしばしばするけど、集中を切らさず作っていく。陽光が照らす中でひたすら手を動かす。


あっという間に時間が過ぎて、出来上がった時には昼が迫ろうとしていた。



「よし!あとはフレームだけ!」


「ふれえむ?なんだそれは?」


「これをめる金属の型かな」


「それなら俺が作ろう」



ファブロがそう言うが、これは俺の作品。俺が最後まで作りたいという、謎のプライドがある。



「俺にやらせて。大丈夫、前に包丁を作ったことがあるから」


「そうか。ならあっちの工房の隅にある、精錬済みのやつを使うといい。かなり高純度に仕上がっているはずだ。それと机の上に大体の道具は出してある。それも使って良いぞ」



その申し出は凄くありがたい。今から鉱山に行って掘るのは時間がかかりすぎる。その上、製錬もしなきゃいけないからどうあがいても今日中に終わらなくなってしまう。それをまさか、純度を上げる精錬までしてくれているなんて、どんなサービスだよ。



「いいの?お金ないよ?」


「代わりに金剛石の破片をくれ。それでいい」


「これでいいの?」


「ああ、むしろ俺が釣りを払わないといけないくらいだ」


「それは場所代と指導代ということで」


「わかった」



俺は早速月下美人とアラセイトウを持って、炉がある部屋のほうへと向かった。ファブロが言った通り、部屋の角っこには、様々な金属のインゴットが種類ごとに積み上げてあった。


なんとなく手に取ったのは金。錆びないし、色的にもちょうど良いと思う。それを持って近くの机に行けば、ファブロが準備してくれた、様々な道具があった。


インゴットを固定装置にセットし、柄頭に緑の魔石の付いたナイフを持つ。たぶんこれで金属を切っているんだろう。


ナイフ…いや、斬鉱ざんこうが高速振動を始めた。刃をインゴットに当てれば、予想通りあっさり切れた。手に当たれば間違いなくぶった斬れるだろうから、慎重に作業を進めないといけない。


俺は斬鉱でインゴットの加工を開始した。

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