第24話:男の相談と女の談話

ガチャッという音と共に、ユウトさんとヴェラスケス様の賑やかな声が遠ざかりました。それと同時に、部屋の中に嫌な雰囲気が満ちます。この感じは、大抵ティオナが悪戯を仕掛けているときのものです。



「狸寝入り二人、さっさと起きなさい」



キュルケーの呼びかけに思わず体が震えます。



「ふふふ、観念することです。全てわかってますから」



ティオナが嬉しそうに笑って言います。私とラフィさんは、ぎこちなく起き上がります。ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる二人が、私とラフィさんの前に立っていました。



「どうでした?」


「「な、何がですか?」」



ティオナの聞きたいことはわかりますが、私はおどけてやり過ごすことを試みます。奇しくもラフィさんも同じ作戦のようです。



「だ、か、ら、ユウト様に甘えた感想は?と聞いているのです」



ティオナは悪戯好きで色恋沙汰が大好物。こういうことになると、根掘り葉掘り聞いてくるのはいつものことです。前はキュルケーとヴェラスケス様が尊い犠牲になっていました…。そのときに私もキュルケーを揶揄っていたのですが、改めてこっち側になるとその…



(恥ずかしいです…穴があったら入りたいくらい…)


「いい眺めね、セシリア」


「ううっ…」



根に持っているのか、ここぞとばかりにつついてくるキュルケー。あふれんばかりの笑顔を浮かべた彼女が、今は悪魔にも見えてしまいます。


隣りを見れば、色白の肌を真っ赤に染め上げたラフィさんが縮こまっていました。正直私もそうしたい気分ですが、ティオナの手前、あまり弱みは見せられません。必死に羞恥心を隠します。



「二人とも耳まで真っ赤じゃない。私もこんな感じだったのね」


「ええ、林檎とは比べ物にならない方ほど赤くなってました」


「今ならあの時のあんた達の気持ちが分かるわ」



そう言ってキュルケーは肩を竦めました。



「それはそれとして、どう思ったのか話してもらうわよ」



閉鎖された空間で、出入り口はキュルケーの後ろ。完全に逃げ場はありません。


夕食が運ばれてくると共に、尋問こいのはなしが始まりました。





ーーーー






カポーンっと桶を置いた音が響いた。



「あったかーい」



満天の星空を仰ぎ見ながら、チャポチャポと温もりに浸る。最高だ。



「御満悦のようですね、ユウト殿」


「む!完全に溶けているな!がははは!」



貸し切りの露天風呂にヴェラの豪快な笑い声が響く。



「そういえばユウト、お前の身の上話を聞いてもいいか?」


「それは私も気になりますね」



ヴェラとシュッツは興味津々な様子。



「面白い話じゃないよ?」


「それでも構わん。聞かせてくれ」


「いいよ。じゃあーー」



ダラダラふにゃふにゃとしながら、今まで生きてきたときの出来事を話す。周りに比べて頑丈だったこと。それが原因でずっとハブられてたこと。それの延長で街から追放されて森で暮らしてたこと。それでも俺と遊んでくれた友達がいたこと。でもそれは勘違いだったこと。


そこまで話したところで、シュッツから待ったの声がかかった。



「両親に助けを求めなかったのですか?」


「うーん、一年くらいで諦めたかなぁ。今思えば、いないものとして扱われてたし」


「ならば、教師や騎士団は?」



騎士団をここで出すということは、治安維持もやってるのだろう。つまり前の世界あっちなら警察だろう。もちろん目を付けられてたよ?悪い意味で。



「どっちも取り合ってもらえなかったなぁ。学校通えてたのが不思議なくらいだよ」


「そう…ですか…」



露天風呂の雰囲気が重い。笑って話す俺だけが浮いているのが自分でも分かった。というか気まずい。



「ユウト…辛かったな」



ヴェラが優しく言ってくれた。けど生憎俺は普通と違う。



「大丈夫だよ、別になんとも思ってないし」


「そうか…なんだ、今は俺がいるし何かあれば相談のるぞ!」


「私も微力ながらお力添えを致しますよ」


「ありがと、ヴェラ、シュッツ。じゃあ早速、相談があるんだけど」



二人の表情が真剣なものに変わった。気のせいじゃなけれな、喉をゴクリと鳴らしていたような。本気になってくれるのは嬉しんだけど。



「ラフィとセシリアに何かあげたくて。何がいいかな?」



何を想像していたのか、続きを聞いた瞬間に、二人揃って大きく息を吐いた。表情の硬さも消えている。



「平和な悩みで良かったです」


「む!全くだ!」


(俺ってそんなに物騒な生き物かなぁ?)



今までの周りからの印象を鑑みれば、疑う余地もないくらい危険な奴だった。よって二人の反応も真っ当なものである。



「ユウト殿、装飾品は如何でしょう?」


「それは考えたんだけど、お金ないからなぁ…早く自分で稼ぎたい…」



アクセサリーをプレゼントするシーンはよくアニメにあったけど、現実はそう簡単には行かないのだ。相場は分からないけど、とりあえず低級冒険者が手を出せるようなものではないだろう。



「いえ、問題ないですよ。話を聞いたところ、ユウト殿は手先が器用な印象を受けました。よって、自らお作りになればいいのではないでしょうか」


「そりゃ、作れないこともないだろうけど…喜んでくれるかなぁ」


「それは保証いたします」


「む!問題ないぞ!」



シュッツの提案に不安は残るが、二人を信じることにしよう。なんせ即答だったから。



「じゃあそうしようかな。まずは宝石が取れるところを探すか」


「それならば問題ありませんよ。近くに鉱山がありますから」



シュッツの対応が早い。流石ここレサヴァントを治める主。地形把握くらいお茶の子さいさいというわけだ。



「あそこならば強い魔物もいないだろう。まあ、俺も行くがな!」


「キュルケー様にお渡しになるのですか?」


「む!そうだ!」


「あ、やっぱり付き合ってたんだ」


「む?なぜわかった?」


「キュルケーの反応と二人の雰囲気で」



俺がそう言うと、二人は顔を見合わせて、目をぱちくりとさせた。



「驚いたぞ!そんな素振りを見せたはずはないのだがな!」


「ええ、素晴らしい観察眼ですね」


「それはそれとしてさ、なんか特別な宝石とかない?夜しか採れない奴とか」



シュッツとヴェラはふーむと唸りながら、考え始めた。



「確か金剛石が採れたよな?」


「ええ、少量ですが」


「いいね!それで行こう!」



金剛石。またの名をダイヤモンド。ギリシャ語で征服されざるものを意味する"アダマス"が由来の世界一硬い宝石。純潔、永遠の絆、純愛といった石言葉を持っている。



(俺とは無縁のものだなぁ)



石言葉なんか特にそうだ。



「では後で地図をお渡ししますね」


「ありがと〜」


「いえ、お力になれたようで何よりです」



それからも俺たちは話しながらお風呂を楽しんだ。





ーーーー





「だ〜か〜ら〜、まら気になってるらけらって〜」



すっかりお酒が回ったラフィは饒舌じょうぜつになっていたわ。



(まったく、ティオナは随分と手慣れているわね)



夕食と共に運ばれてきたお酒を、あの手この手で飲ませては本音を引き出すティオナの技術に恐れ入ったわ。


ちなみにセシリアは酔い潰れて寝たわ。あまりお酒に強くないのは相変わらずね。



「らしかに〜、ユウトさんはかわいいよぉ?れもれも〜、まら会って一週間らし〜」


「いいじゃないですか。セシリア様は一目惚れですよ?」



すっかり敬語が抜け落ちたラフィは、机の上にだらーっと伸びている。一つ結びの髪もだらしなく垂れているわ。



「セシリア様は特別らよぉ。らってあんなに綺麗で、一途で、その上レサルシオン王家なんらよぉ?」


「ラフィさんだって綺麗だし、名家テラトゥリィの令嬢ではないですか」


「そうね。正直その長髪は羨ましいわ。綺麗な金色だし、サラサラだし」



自分の髪を弄ってみるけど、前ほど艶も出てないし、髪質も悪くなってる。分かってはいたけど、やっぱりここ五年くらいまともな手入れが出来なかったせいね。一応気をつけていたのだけれど。



(そういえば、セシリアが髪の手入れをしているのを見たことがないわね)



寝床でスヤスヤ寝息を立てているセシリアの隣りに行き、扇のようにふわっと広がっている髪を触る。艶も、色も、質も全く変わらず良いまま。なんで何もしてないのにこんなに綺麗な髪なのよ。



「あーあ、いいなぁ、キュルケー様は好きな人と両想いで〜」


「は、はぁ?ちょ、なんでそこで私が出てくるのよ」



慌ててラフィの方を見れば、その隣りにいるティオナが悪戯っぽく笑っているのが見えたわ。



「ティオナ?やってくれたじゃない」


「もう正式に発表されるのは決まってますし、それに公然の事実ではないですか」


「職務怠慢で解雇してもらいたいわけ?」


「キュルケー様も素直ではないですね」



こうなったらティオナ相手に勝ち目はないので、無視を決め込む。ティオナのニヤニヤは収まらないけど、まだいい方だわ。



「ふふふ、皆様可愛らしいですね」



結局いつも通り、今日の女子会こいのはなしもティオナが一人楽しんで終わったわ。





ーーーー





真夜中、宿の全員が寝静まった頃、俺とヴェラはこっそり宿を抜け出していた。シュッツ曰く、金剛石ダイヤモンドは希少なので、狙うなら出来るだけ早く探しに行った方がいいとのこと。



「作戦は完璧だね」


「む!あとは隠し通すだけだ」



俺は今、ヴェラに肩車をしてもらっている。何故ならヴェラの方が走るスピードが圧倒的に速いからだ。速すぎて、周りの景色は下手な撮り方をしたパラノマ写真になっている。


あっという間にレサヴァントから離れて、目の前には大きな山がそびえ立っていた。


ここはレサヴァント鉱山。レサヴァント近くにある唯一の鉱山だからレサヴァント鉱山なんだと。そのまんますぎでしょ。


さらに突っ走ること十数分。目の前には山の口のような洞窟があった。



「む!ここだな!」



地図を見ると、確かにシュッツに教えてもらった場所だった。今までで一番ダイヤが出た場所らしい。つまり狙い目はここということだ。



「よーし、早速採掘だー!」


「行くぞ、ユウト!」


「おおー!」



俺たちはツルハシ片手に洞窟に突入した。

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